☆『二回目』『一日目』『昼』☆ その6
☆
さて。
ラミア曰く、前回のクァトランは『行き止まりと邪魔の多さに我慢の限界が来た』ことで、床そのものを破壊するという凶行に及んだという。
つまり私はクァトランがイライラして破壊活動を行わないように気をつけないといけなくて、そのためには速やかに正解のルートを見つけださないといけないわけだけれど。
「で、姉上が何をしたかって言うと、夕飯のパンの中に合鍵をねじ込んで――」
ぺらぺら饒舌に喋っているクァトランは、ご機嫌とは言わずとも不機嫌ではないように見える。
確かに行き止まりは多いし、今もまた長い通路の先にそびえる石の壁が私達の行く手を阻んだけれど。
「またぁ? カタリベ、これどこまで戻るの?」
どちらかと言えば怒りというよりは呆れの色が強い声で、クァトランはやることがなくてマッピング担当の私にそう聞いた。
「さっきの三叉路まで。まだ右ルートは行ってない」
「うっげ、結構戻るじゃない。何かいいアイディアないの? 景色に代わり映えがなくてそろそろ飽きてきたわ」
特別なギミックはないけど、広く、複雑で、そこに頑丈で強い魔物を継続的に送り込んで疲弊させる、というのがこの階層の探索者撃退法らしい。
「一応、魔物を作り出してるのは《階層の主》であることがほとんどだから、魔物が向かってくる方向にゴールがある、っていうのがセオリーだけど」
「んなもんいちいち確認してねーわよ」
「うーん……」
クァトランが全部やってくれるおかげで、私もじわじわ《魔力》は回復してるんだけど、前回のように《魔力光》を散布するやり方は、怪しい場所の目星をつけないとあまり意味がない。
「あ、そうだ、いいこと思いついたわ」
「……ん?」
じじじ、とクァトランの手の平に、《魔力》が渦巻いた。
「下に降りりゃいいんだから床を破壊して」
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!!」
あっぶねえこの女ノータイムで一番やっちゃいけないことやろうとしやがった!
「な、何でよ」
私の勢いに押されて、さすがのクァトランもちょっと引いていた。
「下に誰か居たらどーするんですかァーーー!」
「はぁ!? 私達より先に行ってるやつがいるっての?」
「迷ってた時間考えたら居てもおかしくないって! クローネとかいいんちょとか!」
「…………まぁ、確かにクローネの奴なら速攻でしょうね」
ぬいぐるみの群れを迷宮に放って、数の暴力で虱潰しにルートを決めていく様をありありと想像できたのか、クァトランは小さな舌打ちをした。
「それに、《階層の主》を倒さずに下に行っても意味がないと思う。入口の分岐があるってことは、それぞれのルートに役割があるはずじゃない?」
はずだ、というか、私はそれがあることを知っているので、自信満々に断言した。
態度に自信が伴えば、自然と説得力もついてくる。半分詐欺の手だけれど。
「わかったわよ、流石に短絡的だったわ」
クァトランはそう、納得してくれた。
あれ、これ、もしかして目的達成した?
少なくともジーンが押し潰されることはなくなったから、その後のトラブルも起こらないはず。後は私達が無事に戻れれば、それで――――。
「…………別に縦じゃなくてもいいのか」
「……ん? ん?」
クァトランは長い指を、今しがた行き止まりと認識した壁に向けた。
「横に壊すのは、別にいいわよね?」
「待」
ってくださいお願いしますと言う前に、放たれた《魔弾》が《迷宮》の石壁をえぐり抜いて、破壊した。
幸い、それで階層全体が崩落するようなことはなかったけれど。
「あら、通路があるじゃない。やったわね」
期せずした現れた新ルートへと歩みを進めるクァトランを止める言葉は、私の中にはなかった。
幸か不幸か、迷宮自体が破壊されるという異常事態に危機感を覚えたのか、通路の奥からここぞとばかりに、わらわらとマッドゴーレム共が湧いてきた。
「……あいつらが湧いてくる先にボスがいるんだっけ?」
「えーと、まあ、セオリーでは」
クァトランの口に、獰猛な害意が顕現した。
「じゃ、道案内してもらいましょうか」
災い転じてなんとやら。
私が言語学者だったら、きっとこの光景を見て多勢に無勢という名前をつけたんだろうな、とかくだらないことを考えてしまうぐらい、圧倒的に、徹底的に、マッドゴーレム達は暴君の蹂躙を受けていった。
《迷宮》が外敵に対するリソースを徹底的に吐き出し尽くした果てに。
「着いた……」
細い通路で形成されていた階層の、その部屋だけは大きな吹き抜けになっていた。
中央に鎮座するのは間違いなく《階層の主》――土の大巨人とでも呼ぶべきそいつは、十メートルを超える巨躯に加えて、あろうことか左右三本ずつ、計六本の腕を備えていた。
一本一本が凄まじい重量を誇っており、魔法少女といえど直撃を受けたら床のシミになることが請け合いの、むき出しの殺意の塊。
もし私とメアが遭遇していたら、火力不足も相まって、相当の苦戦を強いられていたことは疑いようもない。
「《堕獄天》」
……なんだけど、私が身構える前に、土の大巨人はその体躯よりも更に巨大な、濃密な《魔力》の黒球に包まれていた。
クァトランが広げた手をぐっと閉じると、球体も連動するように圧縮され、そこにあったはずの質量は消滅していて、残っていたのは琥珀色の結晶――《階層の主》撃破の証にして、《迷宮》踏破の為の鍵だけだった。
「うわ、情けねーわね。技の準備段階で消えちゃったわ」
出会い頭に名前付きの技をぶっ放したクァトランは、左手に圧縮していた次弾の《魔弾》を拡散させながら、つまらなそうに吐き捨てた。
「今のは技じゃないのかよ」
「《魔力》を限界まで圧縮してから、相手にぶつけて解放する技なの。体内にぶち込んで内側から爆散させてやろうと思ったのに……ほら」
「うわっ」
結晶を拾い上げて、ひょいと私に投げ渡すクァトラン。
こっちに来ると思ってなかったから不意を突かれた。落とさなくてよかった。
「で、下にいきゃいいのね」
クァトランの興味は既に次の階層に移っているようで、ずかずかと現れた階段を下りていくのを、慌てて追いかける。
土造りから石造りへと変化した、第二階層の最初の部屋は、第一階層のいかにも迷路! って感じの細い通路ではなく、大きな広間だった。
中央には同じく石造りの、羽の生えた魔物をかたどった石像があって……あれ石人形じゃない? 近づくと動くやつ。
その向こうにはでっかい錠でガッチリと封じられた、同じく石造りの扉がある。
ラミアとクァトランは第四階層まで行ったんだっけ? 私が戦力にならないことを踏まえると、せめて第三階層には下りたい所ではあるけれども。
「クァトラン」
「なによ」
「先に言っておくけど、今度は横破壊も禁止ね」
「なんでよ」
「他のルートで行った娘達と合流する構造になってたら、壁の向こうに仲間がいる可能性がある」
「………………」
私に命令するなんて何様のつもり? とか、迷宮に入る前なら言われてたと思うけど。
クァトランは、筋さえ通っていれば、意外と冷静に話を聞いてくれる。
そもそも、最低限の好感度がないと会話自体が成立しないから、意見を聞き入れる以前の問題ってだけなのだ。いや、コミュニケーションの前提として、それは大問題なのだけど。
「…………はぁ」
不満四・納得六、ぐらいの塩梅の、味わいのある表情だった。
「同じ様な構造の階層だったらどうしてやろうかしら」
「地道にマッピングしていくしかないよ、それが迷宮探索ってもんだよ」
「せめて宝箱でも見つかんないとやってられないわね」
「クァトランでもほしいんだ、宝箱」
「そりゃそうよ。中身はどうでもいいけど、開ける瞬間は何が入ってるかわくわくするじゃない。このレベルの《迷宮》に質の良いアイテムが発生するとは思ってないけど」
「じゃあもし見つけたらクァトランにフルオープンしていただくということで」
「擬態箱混ざってたらどうすんのよ」
「クァトラン食べられる。私生き残る」
「決めた、アンタが開けなさい。噛まれたらアンタごと吹き飛ばしてあげるから」
馬鹿な会話をしながら石人形に近づくと、お察しの通りガタガタと揺れ動き始めた。
バヂヂ、と空間魔力が弾ける音は、クァトランが《魔弾》を構えた事で生じたが、あくまで警戒のためであって、即座にぶっ放す事はしない。
『…………侵入者ニ問ウ』
「お」
喋った。私にも理解できるのでちゃんと翻訳が効いてるみたいだ。
『コノ先、歩メル者、賢キ者、強キ者、美シキ者。汝ラ、ソノ資格ハ有リヤ』
「賢い、強い、美しい、私のことね」
「すごい自信だ……」
大きな胸を得意げに張るクァトラン。やる気満々だしとりあえず任せちゃおう。
「アンタもツラと髪の毛は綺麗なんだから、堂々としてなさいよ」
「え、あ、はい、ありがとう」
急に褒めないでよ、びっくりするから。
とにかく、石人形が出てきたら試練の合図。これは古今東西、あらゆる迷宮での常識だ。
試練に打ち勝てば先に進める。駄目だったら……再チャレンジできるかどうかはその迷宮の難易度次第。《魔界》未満のこの島で発生した《迷宮》だし、そんなに難しくはないはず……。
『汝ラニ問ウ』
要訳・第一問。
『イディリス・ブルムデード現象ガ、魔力境界閾値アブレムス-カロンニ達シタ時、生ジル事象ハ如何ニ』
「翻訳効いてないぞ!!」
いや、違うなこれ。問いかけのほとんどが《地球》の言葉に翻訳できない《魔法の世界》の固有名詞なんだな。
となると私にはお手上げだ、少なくとも授業で聞いたことのある単語ではない。
「赤い花が咲く」
「なんて?」
戸惑う私を尻目に、クァトランは小さく手を上げて解答を述べた。
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
「いや間が長『外レェ!』外れなのかよ痛ッ!」
石人形の口から小さい石が勢いよく飛び出してきて私の額に直撃した。何でだよ。
「解答したのクァトランじゃん!」
『解答者ノ過チ。同行者ガ償ウベシ』
「先に言ってよそういうことは!」
『正シキ解答ハ、黄色ノ花ニ白イ蔦ガ生エル、ダ』
「くっ、引っ掛け問題ね……」
「どの辺が!?」
『次ナル問イヘト進ム』
「あ、クソ、ちょっと待って、何もかもに納得がいってないのに!」
「カタリベ、気を引き締めなさいよ」
「クァトランはもうちょっと申し訳無さそうにしてくんない!?」
『シフリス、テテス、コーレリス、コノ内、アディケロス神話譚ニテ第三帝国ノ六代目帝王ニ仕エシ者、選ベ』
「知らねえ単語と知らねえ固有名詞を羅列するな!」
「なるほど、この《迷宮》を形成してるのは魔法歴二〇〇年前後に生まれた『種』ってことね」
「勝手に納得しないでほしいんだけど要するに《魔法の世界》の歴史の問題ってこと?」
「そういうことね。さて、どれにしようかしら……」
「わからないんかい!」
「だってあのシフリスって奴、昔の歴史書に二桁以上顔出す上に、毎回仕えてるとこかわるのよ。流石にいちいち覚えてないわよ」
「じゃあ三択じゃん! 待って私が答える! 確率同じ!」
「はぁ!? 間違えたら私がペナルティ受けるじゃない!」
「どうせクァトランはノーダメじゃん!」
『後十秒……』
「うわー時間ない! シフリスシフリス!」
「あ! 答えやがったわね!」
「それだけコロコロ所属が変わるってことは逆にここが安牌と見た!」
『……………………』
「……………………」
『……………………』
「だから間が長『アタリィ!!』やったあ!」
ガーゴイルの身体にビシっと亀裂が走った。
正解を重ねると完全にガーゴイルが壊れて鍵が出てくる仕組みなのかな? この感じだとあと二、三問正解すれば行けそうだけど……。
「《魔法の世界》に詳しくないんだから黙ってなさいよ。私解答役。アンタペナルティ役。チームプレイでしょ」
「正解がわかるなら別にいいんだけどペナルティ受けさせる前提なのはどうなんだよ!」
「私を助けられるなんて光栄なことじゃない、名誉に思いなさい」
「王女の立場にすり寄られるのが気に食わないなら権威を振りかざすな!」
「はぁ? これは純然たる実力の差がもたらすただの圧政なんだけど?」
「暴力反対――――!」
『次ナル問イヘト進ム』
「くっそマイペースな試練だな!」
そんなこんなで結果から言うと、一部屋目の戦績は十戦四勝六敗だった。
最初は小さな石礫だったペナルティが、大きめの投石、吊り天井、上を警戒してたら棘つき落とし穴とどんどん殺意が上がっていくんだからもう。
「あー……流石に悪いと思ってるって」
誤答に誤答を重ねまくったクァトランは、流石にバツが悪そうだった。
「本当にそう思ってるなら誠意の一つも見せられるはずだろ……!」
「せい……い?」
「クァトランの辞書には載ってないの!?」
「冗談冗談、埋め合わせしてあげるわよ」
「具体的には?」
「役立たずのアンタをゴールまで連れてってあげる。破格でしょ?」
「正面から役立たずって言われた……」
いや、言い返せないぐらいに差があるのが現実なんだけど。
「そう気を落とさなくてもいいじゃない。私と比較したらこの世の誰であれ弱者なんだから」
何たる傲慢、何たる自信。数%でも私にこの胆力があれば、もうちょっと気楽に世の中を生きていけただろうに。
何にせよ、鍵を拾って扉に差し込めば、あっさりと開いて第一関門突破。
なんだけど。
「うーん、まあ、そうだよなあ」
扉の向こうには同じ様な石造りの部屋があり、今度は石人形が二体並んでいて、奥の扉は三つあった。
だんだん難易度と選択肢が増えていくタイプか……。
「ねえカタリベ」
「うん」
「これもうぶっ壊したほうが」
「私も同じこと考えたけど、あと一部屋分ぐらいは我慢しよう、せめて」
結論から言うと、結局二部屋の後、クァトランによって石人形及び扉の物理的な破壊が実行された。私も止めなかった。
『ペナルティー!』『ペナルティー!』『ペナルティー!』
そしたらもう、階層の至る所から戦闘態勢に入った石人形がわらわらと湧いてくるし、私はクァトランが張った《防壁》の中で応援する以外何も出来ないぐらいには、なんか異様に強いし。
そうして大量の残骸を生み出した後、ようやくラッシュは止まり、そして隣の部屋へ向かうと、全く同じ石像と全く同じ扉があった。
「…………」
「…………」
ありとあらゆる全てが、暴力で解決するわけではないことを学習した私達は、顔を見合わせて、大きく大きく息を吐いた。
第二階層を突破した時には、もう陽が沈みかけていた。




