☆『二回目』『一日目』『昼』☆ その5
「アンタ、《魔法の世界》における四大国家は言える?」
「流石にそれぐらいは授業でやったから……《ファシアン共和国》、《ツヴァイア帝国》、《トライス公国連合》、それと……《クアートラ王国》だっけ」
テストで穴埋め問題が出るから覚えてはいるものの、《地球》で言うとこう当てはまる、というだけで、厳密にはこっちの歴史でいう帝国や共和国制とは制度が違うらしい。まあそもそも王国と帝国の違いも私にはわからないんだけど。
「そ。歴史の浅いファシアン、腑抜けのツヴァイア、雑魚が群れてるだけのトライスだのとは違って、クアートラ王国は最も歴史が長く、最も古く、最も強い国家なワケ」
「ボロクソ言うじゃん」
「事実だもの。継承してる《秘輝石》の格が違うのよ」
ふふん、と得意げに語るクァトランだが、私は首を傾げた。
「《秘輝石》の継承って?」
「ああ、《地球》じゃあまりやらないんだっけ? 《秘輝石》は一定の条件が整えば他の魔法少女に譲り渡すことが出来るのよ、固有魔法もそのままにね」
「……そうなの?」
その本人にしか使えないし、良くも悪くも他者が利用できないからこそ固有魔法と呼ばれているはず……なのだけど。
「継承者と一親等以内の血縁であること、自身の《秘輝石》がまだ色づいていないこと。その《秘輝石》に適性があること――つまり親から子への継承が条件ね。世代を重ねて輝きを増した《秘輝石》は容量も出力も増すの、もちろん、渡した方は死ぬけどね」
《秘輝石》を失った魔法少女は死ぬ。
それは魔法少女の構造上、絶対不変のルールだ。
こればっかりは、最強の魔法少女であるクァトランだって、最優の魔法少女であるプレシャス・プリンセスだって例外じゃない。
「特に《クアートラ王国》はそう。王族を王族たらしめるのは、厳選を繰り返した血統がもたらす《秘輝石》の質。積み重ねた歴史を前に、十把一絡げの《秘輝石》なんて相手にもならない。王があまりに強く、誰も逆らう気にならないのよ」
強さが評価と順位で示される現代魔法少女の社会は、良くも悪くも実力主義だ。
強さは人気、人気は強さ。だから魔法少女達は研鑽と修行を怠らない。
本家《魔法の世界》でもそれは例外じゃないっぽい……というより、もっと顕著なのかも知れない。
「じゃあ、クァトランが強いのは代々クアートラ王国に伝わる《秘輝石》のおかげ、ってことか」
規格外の出力に、規格外の《魔力》の操作能力。最強の黒い《秘輝石》。
そうやって受け継いできたものがある、と言われれば、納得もできようってものだ。
「は? ちげーわよ。私の《秘輝石》は自前だもの」
「じゃあここまでの話なんだったんだよ」
しまった、内心だけで思うつもりが口に出しちゃった。
幸い、クァトランは私のノリツッコミを咎めて命を奪おうとはせずに、そのまま話を続けてくれた。
「フツーは上から適性があるか試していくものなのよ。幸い、クアートラ王国じゃ無事に一番上の姉上が継承できたから、大きな問題は起こらなかったわ」
何処か誇らしげなのに、何処か憎々しそうに、高い鼻をはっ、と鳴らして、嘲笑った。
「私が生まれる前まではね」
クァトランは、揺るぎなく、最強の魔法少女だ。誰もがそう認識している。
それはつまり、王国に代々継承される、王位を保証する強力無比な固有魔法を持つ《秘輝石》を差し置いて、単独でそれ以上の力を持っている、ってことで。
「……政治的な問題になったりするの?」
前を進むクァトランは、つまらなそうに呟いた。
「私がその気になったら、今この瞬間、クーデターが成立するわね」
「………………」
「だからいちいち沈黙するのをやめなさいって。会話にならないじゃない」
「私は一言動ごとに命がけなんだってば」
「あーあーわかったわかった。アンタが何を言おうと、この《迷宮》の中にいる間はアンタに攻撃しないし、外にも持ち出さない。多少無礼な程度なら目こぼししてやるわよ」
えー……何その出血大サービス。
その気前の良さは、もっと大事な場面で出してほしかった。
「んー……じゃあ聞いちゃうけど、実際はどうなの? クァトランって王様になりたいの?」
「聞き返すけど、アンタ、私が王様に向いてると思う?」
「いや全然」
強さはあるけど横暴が過ぎて、人望がないのがクァトランという魔法少女だ。
クローネとニアニャには懐かれてるけれど、あれは群れの中で一番強い奴に従っている猛獣みたいなものだし。
即答した私に、クァトランは足を止めて振り向いた。
「奇遇ね、私もよ」
おかしそうに、笑っていた。
「姉上は立派な方よ。王族たらんと心身を鍛え、役目を果たそうと自らを律し、弱き民を守ろうと常に研鑽を怠らない。政にも精通してるし、民衆からの信頼も厚い。あの人が王なのだから、《クアートラ王国》はこれからも揺るぎなく一番であるに決まってる」
ルーズ姫は、クァトランはお姉さん達と折り合いが悪くなっていた、と言っていたはずだけど。
「…………びっくりした」
「何が」
「いや、クァトランがそんな顔してるの初めて見たから」
「そんな顔って、どんなよ」
一言で、それを語るのはとても難しい。
私は、クァトランの暴君的な側面しか知らない。
高圧的で、偉そうで、プライドが高く、生じる反感を、あらゆる敵対者を、圧倒的暴力でねじ伏せられる、暴君が。
ファラフの《使い魔》を殺めても、頭一つ下げなかったクァトランが。
「……優しい顔」
愛おしむような、慈しむような顔ができるだなんて思ってなかった。
もはや私に対して呆れの態度を隠さないクァトランは、怪訝そうな表情もそこそこに言い放った。
「はぁ? いつだって優しいでしょうが、私は」
「たとえ命を失ったとしてもそれだけは絶対に言わせねえ!」
言いたいことが文字通り死ぬほどあるけど、現状全部難癖になっちゃうから、くそっ、くそっ!
「冗談よ。私がどういう奴かぐらい、私が一番良く知ってるっての」
ぼんっ、と。
脈絡なく放たれた《魔弾》が通路の奥に吸い込まれていって、遠くで破砕音がした。
「私は暴君。従順であることを強いることはできても、心からの忠誠は誓ってもらえない。クアートラ王国はそういう国じゃない」
話しながら、身振り手振りを交えながら、くるくると回りながら。
現れる魔物達は何の障害にもならなかった。私が視覚で捉える前に、クァトランのセンサーに引っかかった彼らは、防御不能の《魔弾》を浴びせられてバラバラになっていく。
「そんなこともわからない馬鹿共が、私を持ち上げてくるわけ。強い《秘輝石》が生まれたなら、そちらを王に据えるべきだ、継承すべきはこちらのほうだ、とかなんとか」
王位簒奪の四文字がどれぐらいの意味を持つのか、私には測りかねるけれど……それが実現可能な『可能性』であること自体が、この場合は問題なんだろう。
クァトランがどう思っていようと、周りがそれをどう受け取るかはわからない。
「…………だからクァトランは《地球》に来たの?」
私の言葉に、クァトランは眉をちょっとあげた。驚きと、少しの喜色が混ざった表情。
「ま、そういうこと。権力争いの外側に出るには、留学ってのが一番都合が良かったわけ。だってのに――――」
不平不満がそのまま《魔弾》の威力に反映される仕組みらしく、次に現れたゴーレムは砂の一粒も残らなかった。
「――――擦り寄ってくる馬鹿共の多いこと。私に合わせて子女を留学させる貴族やら豪商やら。じゃあそいつ等を避けてこっちの人間と交流しようと思ったら、結局《魔法の世界》の息がかかってたり」
面倒な政治闘争にかかわらないように《地球》に来たのに、結局しがらみから逃げられない。確かにクァトランの性格上、不機嫌ゲージが溜まっていきそうな話だ。
「言っとくけど、ラミアやルーズもその類だからね」
「あ、そうなの?」
「そうよ。ジュリィよりリックを、いやいやリックよりジュリィを、ってやかましいったら。最初に思い切り痛い目見せて以来、そういうのはなくなったけど……その責任すら押し付けあってるんだから、見苦しいったらないわ」
じゃあ一回目の迷宮探索の時、クァトランとラミアのペアは、かなり気まずかっただろうな……この行き止まりだらけの階層だから余計に……。
まあ、そういう行き場のない政治的なやり取りの鬱憤がお互いを向いてしまったとしたら、クァトランからしてもかなり迷惑な話だろうなあ。
ラミアもルーズ姫も、個々人で見る分には付き合いやすいんだけど、二人揃った時の空気の悪さは割と他人事じゃないので勘弁してほしい。
「アンタも結局、その類だと思ってたわ。…………違うか。私にはもう、全員そう見えるの。どいつもこいつも、近寄ってくるやつはみんな、敵か、いずれ敵になる他人」
「それであんな全方位にトゲトゲしてるのはいくらなんでも極端過ぎない?」
「誰も近寄りたがらないぐらいでちょうどいいのよ、私は」
そう言うクァトランの表情は、普段の険が見られなくて、むしろ親しみやすさを感じるぐらいだった。
「アンタは、とびきり変わりモンだったわね」
「下心がないって分かってもらえたなら何よりだけど……」
「私のご機嫌取りたいやつが、セクハラしてくるわけねーでしょ」
それは本当にそう。
一分の隙もない、完璧なド正論。
……いや、結果的にそれがまともな会話のきっかけになったんだから、これはこれでありなのでは?
「二度目はないわよ」
「心得ております」
目がマジだった。自重、自重。
揺れるのを拝むぐらいにしておこう。
「クローネとニアニャは私が監視してないといけなかったから、ついでに連れてきちゃったけど、邪魔者を追っ払ったりする時は、あいつらも役に立つのよね」
ついでで連れてきていいメンツじゃねえだろ、という文句はなんとか飲み込んだ。
……飲み込んだ、けどちょっと顔に出たかも知れない。
それを読み取ったのか、クァトランは流石に苦笑を交えて言った。
「私が居る限りは大人しく学生してるっての。《地球》には申し訳ないけど、あの二人もこっちに来てからそれなりにいい子にしてるもの」
言い換えるならクァトランが居なくなったら大人しくはしていない、ということで。
実際にその果ての暴走を、私は見ているわけで。
返答に迷った数秒を不思議に思ったのか、クァトランは意地悪気に私の顔を覗き込んだ。
「余計なことしやがってって思った?」
「別に」
結局のところ、問題は一つに集約されるわけで。
「クァトランが居れば大丈夫なんでしょ? だったらそれでいいよ」
そう、クァトランさえ居なくならなければ、なんの問題も起こらないのだ。
そのためにも、ジーンを助けなければならない――あれ?
「…………」
なにかおかしいというか、辻褄が合ってないというか。
「…………ねえ、クァトラン」
「何よ」
「クァトランを――――」
――――殺すには、どうしたらいい?
多少心を許してくれたようには思うけれど。
流石に、これを聞けるわけがない。
「……クァトランに勝てる人って、どんな魔法少女?」
「何それ、話聞いてた?」
クァトランは呆れたように、私の額にデコピンを放った。
《魔力》のこもっていない細い指からは、軽いパチンという音がした。
「私に勝てる奴なんて居ないわよ、誰であろうと、何であろうと。当然でしょ?」




