☆『二回目』『一日目』『昼』☆ その3
ミツネさんはファラフ、ニアニャはマグナリア、クローネはルーズ姫、ラミアが残ったメアを選び……つまり一回目とはメアとクァトランが入れ替わった五組のペアが決まり、私達は《迷宮》へと突入した。
これが良い影響を及ぼす事を期待したいんだけど……ラミアは前衛、メアは後衛を勤められるペアだから、戦力的な面では心配はないはずだ。
木のうろから入ったルートは樹皮と枝の迷宮だったが、正面ルートは岩と土の迷宮だった。《空間魔力》は茶色、灰色辺りの彩度が低い〝濃い〟色彩に満ちていて、私としては居心地が悪い。
天井は前ルートより随分と高い……のはいいけど、入って数十メートルで、いきなり左右に道が分岐した。
「ふーん」
相談もなければ躊躇もない、迷わず右を選び、ずかずかと進軍するクァトラン。その数歩後ろを着いていく私。
『GOOOOOOOOOOOOOO!』
《迷宮》を歩けば魔物にあたる。
道を塞ぐように壁や地面の土が盛り上がって、全長2mにもなる巨人に変化する……土人形とでも言うべき魔物が、私達の前に立ちふさがった。
ウッドマンより鈍重なぶん、重くて強そうだ。一回目でこっちに来る事になっていたら、私とメアはもうちょっと苦戦していたかも知れない。
「邪魔」
「GOAAAAAA!?」
……そんな魔物のはずなんだけど、クァトランが《魔力光》をスプレーを吹きかけるみたいに浴びせただけで、マッドゴーレムはあっという間に粉々になって消滅した。
《魔弾》ですらない、ただ《秘輝石》から取り出しただけの《魔力光》だと言うのに、圧倒的な殺傷力。
この階層の魔物が、クァトランの相手になるはずもなかった。
虫をはらうようにマッドゴーレムを消し飛ばすクァトラン、後ろを何もせず歩く私。
おおよそ二十分ぐらい、そんな感じで《迷宮》を探索していった。そこそこの分岐にそこそこの敵、襲い来る魔物、流れ作業で消滅する魔物。
……気まずい。
いや、私自身はクァトランに含むところは何一つ無いはずなんだけど、ねえ?
「………………」
「………………」
会話なしで、黙々と《迷宮》を歩いていくのがもう、息が詰まると言うか……。
どっちにしても、このまま歩いてたら先に進むルートを見つけられなくてキレたクァトランが岩盤を破壊し始めてしまうわけで。
「ね、ねえクァトラン」
意を決して話しかけてみる。
「何よ」
しかしいざこうしてみると、うーん、まだクァトランは何も問題を起こしてないわけで、何から会話を始めたものか。
「その、疲れてない? 《魔力》大丈夫?」
「はぁ? 1%も使ってないけど?」
さいですか……目分量だけでも、既に前の『一日目』でメアが使った《魔力》の総量より多そうな感じなんだけど……。
圧縮しない、というのは言い換えるなら《魔力》を非効率に運用をしている、という事なんだけど……規格外の容量と規格外の出力を持つクァトランにとっては、誤差ですらないらしい。
「何、急に。気色悪いんだけど」
「や、戦闘を全部任せちゃって申し訳ないなっていうか」
「わざとらしいこと言ってんじゃねーわよ、その為に私を選んだんでしょうが」
「ん?」
……ああ、そっか。クァトランからすると、戦闘能力に乏しい私が、戦力としてクァトランを選んだ、って見えるのか。
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
「ユメミを選ばずに私を選んだ理由が他にあるわけ? アンタが私を指名した時のあの娘の顔、そりゃもう凄かったわよ」
「それは本当に申し訳ないと思ってるんだけどさぁー……」
なんて説明したらいいものか、まさか放っておいたらお前が床をぶち抜いてファラフとミツネさんを潰しそうになってジーンが死んじゃうからだよとか言えないし……。
はっ、と鼻で笑いながら、クァトランは続ける、口の端はつり上がっているのに、目は全く笑っていない。
「いっつもベタベタしてるオトモダチを切り捨ててまで、安全を買うその図々しさは嫌いじゃあないわよ。浅ましくて」
見下し、嘲り、嫌悪している、という感じの口ぶりだった。
「いつも斜に構えて平然としてるから、欲なんて無いのかと思ってたら、意外と俗物的なんじゃない」
「私そういうキャラだと思われてたの?」
はん、と鼻で笑うクァトラン。
……どう考えても好意的なリアクションではないのだけれども、ガン無視を想定していた身の上からすると、身構えていたよりは会話が成立しているような気もする。
「あ、あのさー」
「なによ、まだ話すことあんの?」
現れる魔物をざっぱざっぱとなぎ倒して行くクァトラン、とにかく立ち止まらないし、高いヒールなのに早足でぐいぐい進んでいくから、後を追いかけるだけで一苦労だ。
私は正規ルートで《迷宮》を進めるようクァトランを誘導すればよいので、嫌われたり見損なわれたりしても極論問題はないのだけど、まあ仲良くできるに越したことはないし……っし、もうちょっと努力をしてみようか。
「ご、ご趣味は?」
決意とは裏腹に言うことが思いつかなくて、話すことがないお見合いの第一声みたいな感じになってしまった。
「は?」
一段高いトーンの声が返ってきた、そりゃそうか。
「なんで、アンタに、私の、趣味を、教えないと、行けないわけ?」
「ほ、ほら、仲良くなるには共通の趣味からって言うし」
その瞬間、クァトランはぴた、と突然足を止めた。
「うわっ」
長い脚の大股早歩きに合わせて小走りだった私は急停止……かといって危ないな、と文句を言えるわけもなく。
「何か見――――」
見つけたの? と言い切る前に、体が浮いた。
衝撃が背中を突き抜けて、視界が回る。頭の中がチカチカと明滅する感覚。
抵抗どころか反応も出来ない早業、魔法少女の膂力で首を掴まれて、壁に叩きつけられたのだと理解するまで、十秒ぐらい必要だった。
「ぐぇっ」
……え、ええ、何で暴力が出てきた?
理解が追いつかない私の眼前に、クァトランの顔が寄せられた。
氷のような、と例えるにしたって限度ってもんがある。
底冷えするような感情の無さ、形だけの笑みすら失った表情。
いつものクァトランが見せるような、わかりやすい直情的な怒りではなく。
私は何かしらの逆鱗に触れてしまったのだ、とその瞬間気づいた。
「試験を眼の前にして欲でも出た? デビュー前に私の覚えをよくしておこうって感じ?」
「いや、そういうわけじゃ――――」
この一言二言の会話でここまで状況が悪化することある?
や、でも、クァトランからしたら『今まで関わりのなかったクラスメートが、わざわざ自分をペアに選んですり寄ってきた』図に見えるのか。
「ほんっと……呆れる。なんでこんな所まできて、アンタみたいなのと二人きりで居ないと行けないの? ねえ」
だんだんと私の首を掴む手が締まっていく……あ、あれ、結構苦しいぞ。
「で、このアタシの機嫌を損ねたアンタは、ここから、どう命乞いするつもり? ここは《迷宮》で、どんな事故があって不思議じゃないワケだけど」
ギリ、ギリ、ギリ、徐々に締まっていく手。狭まる気道。
《秘輝石》が破損しない限り死なない魔法少女と言えど、生物である以上は呼吸をする。普通の人間と比べたら無呼吸で居られる時間は長いし、必要な酸素も少ないけれど、それは決して息を吸わなくても良いという意味ではなく、むしろ大丈夫な分、苦しみは長く続くわけで…………!
ただでさえ《魔力》枯渇状態の私がどんな抵抗をした所で、クァトランに通じるわけもない。
だとすれば、私にできることはもう……!
「…………っ」
クァトランからすれば、それははかない抵抗であると同時に、予想外でもあっただろうと思う。
「――――――きゃあっ!」
今の悲鳴は私のものではない、クァトランのものである。
「けほっ、けほっ……」
体を抱いて、飛び退いたクァトランによって解放された私は、尻餅をつきながら咳込んだ。
「ア、アンタ今……何、何を……!」
抗議、というよりは、理解不能なものを見る目だった。体を抱きながら数歩下がって、端的に言うとドン退いていた。
「いや……このまま死ぬぐらいならいっそ」
私は、抵抗の末、快挙を成し遂げた自分の手を見つめながら――言った。
「乳を揉んでやろうと……」
クァトランは、デカい。
メアは着痩せするタイプだが、クァトランは包み隠さずシンプルにデカい。
いや、勿論、基本的には衣服に包み隠されては居るけれども、そのサイズはクラス一、いや、ともすれば学園一かも知れないド級の巨乳。つまりド乳。
しかもコスチュームはその谷間を強調する為に作られたようなデザインなんだから、常日頃から、嫌でも目に入る。
「な、ななななな、何考えてんの!?」
「いきなり首絞めた側が言うことじゃなくない?」
「私は何したっていいのよ!」
うわあ、横暴の塊そのものだ。
「人の命を天秤に乗せてきたんだから、自分の胸だって天秤に乗せてよ!」
「乗せねーわよ! ちょっとまって、何、アンタ、変態だったの? 私はこれと三年間同じクラスにいたの?」
それを言うならこっちは三年間、挑発的にその胸を見せられてきたわけじゃないですか……いや、これは流石に口にしたら本当に殺されるかも知れないので止めとこう。
「私がクァトランのことを何も知らないように、クァトランも私のことを何も知らなかったってことだよ……」
「変態の方を否定しなさいよ!」
それもそうだ。
……いや、私は別に変態じゃない。
ただ、ちょっと魔法少女の胸部に一家言あるだけだ。
「すれ違いがあるみたいだから言っとくけど……私は別に、クァトランの立場とか地位には興味ないよ」
だが、場の熱が冷えた今がチャンスだとも言える。
真摯に伝えれば、きっと私の思いも通じるはず。
「私が興味があるのは、クァトランの胸だけだよ」
「死ね!」
頭をぶん殴られた。私が生きてるってことは《魔力》は籠もってなかったみたいだけれど、ただただシンプルに痛い。




