☆『一回目』『二日目』『朝』☆ その3
☆
ざざん、ざざん、と、波の音が聞こえる。
――――綺麗だ。
日が沈みかけて、濃厚な紫と、鮮烈な橙が、空を二色に分けている。
何をしてたんだっけ、ええと、ああ、そうだ、試験の最中だった。
《迷宮》を攻略して、試験を終えて、皆で凱旋するのだ。
底意地の悪いハルミ先生に、全員分の課題を突きつけて、合格してやったぞ、と胸を張って。
「……メア」
いつも抱きついて、抱きつかれていたから、よく分かる。
私の上に乗っている、メアの身体が、軽い。
そりゃそうだ、だって下半身がない。
臍から下が、全部ない、どこにもない。
中身を全部失って、それでも私の上に居た。
私を、守り続けてくれた。
それがわかってしまったから。
私は、もう駄目だ、と思った。
「……………ぁ」
だってこんなの、耐えられるわけがない。
だってこんなの、受け入れられるわけがない。
私はメアだったものを払い除けて、走り出した。
何処かに行きたかった、何処かで消えたかった。
涙を流したくなかった、その感情を受け入れなければ、まだ現実に抗える気がした。
ところどころに散らばるぬいぐるみの残骸を見ないふりをしながら。
どうして私は、洋館に戻ってしまったんだろう、クローネとニアニャが、まだいるかも知れないのに。
「…………ぁ、え?」
それを見た、見てしまった。
誰が管理しているのかもわからないのに、水が延々と湧き続ける噴水に、ファラフ・ライラが浮かんでいた。
「あ、は? え、あ?」
うつ伏せで、ぷかりぷかりと。
それは、命のあるものがしていい動きじゃ、なかった。
顔を背けて、建物の中に逃げ込んだ。
なかったことに、なっているわけがない。
捻じくれた首の、マグナリアと――――。
二階へ向かう階段の途中で、ミツネさんが事切れていた。
戦おうとしたんだろうか、逃げようとしたんだろうか。
ぎぃ、と、軋む音がした、食堂の扉が、半開きになっている。
「――――」
押し込められていた血の匂いが漂ってきて、喉の奥から込み上げてきたものを、なんとか飲み下して、中を覗き込んだ。
――――クローネと、ニアニャが死んでいた。
「……………………」
驚かなかったわけではなくて、もう何も、口から出てこないってだけだった。
胴から上下にちぎれたクローネが、テーブルの上に散らばっていて。
左右に真っ二つになったニアニャが、反対側に転がっていた。
「…………はは、え? 何、で?」
二人は血溜まりの中で、けらけら笑いながら生きていて、愚かにも戻ってきた私の首をへし折って、全部を終わりにしてくれるものだと。
そう、思って、居たのに。
「…………夢でしょ、こんなの」
これが悪夢じゃないなら、ただの地獄だ。
いや、そもそも、ここは、そうだ。
「《魔界》……だったっけ」
そういえば。
ルーズ姫と、ラミアはどうしただろう。
階段を上って、一度も踏み入れたことのなかった、屋上へと足を進めた。
何かの合図に使うんだろう、大きな鐘のたもとで、二人が死んでいた。
「…………はは」
首の細さが半分になるぐらい、強く締め付けられたラミアと。
心臓をラミアの剣に貫かれ、血溜まりに沈むルーズ姫。
「………………そりゃそうか」
憎しみあう二人が、あのタガの外れた狂った世界で、どうしてお互いを殺さずに居られるだろう。
クァトランが死んだ、マグナリアが死んだ、ミツネさんが死んだ、メアが死んだ、ファラフが死んだ、クローネが死んだ、ニアニャが死んだ、ルーズ姫が死んだ、ラミアが死んだ。
私だけが、生きている。
「………………あー…………」
屋上から見る水平線には、何もない。
この島だけが世界から切り取られてしまったかのように。
「ああ、ああああああ」
太陽が沈んでいく。光が遠ざかっていく。
行かないでくれ、と思った。置いて行かないでくれ、と叫んだ。
この暗闇に取り残されたら、私は、もうきっと耐えられない。
「あああああああああああああああああああああ!」
せき止めたものが溢れ出て、私は狂ったように叫んだ。
多分、本当に、狂っていたんだと思う。
……………………。
…………。
最後に、もう一度、皆の顔を見てから。
私も、逝こう。
魔法少女の死に損ないが、ちゃんと死ぬ。
それで、おしまい。
何も救えず、何も出来ず、ただ守られて、ただ助けられて。
繋いでもらった命を、粗末に投げ捨てた、自分が何者かになれるとうぬぼれて、何者にもなれなかった私が、ここで、終わる。
――――――なんて出来るわけねェだろ、ばァカ。




