☆『一回目』『二日目』『朝』☆ その1
クァトランが死んでいた。
部屋中に内臓という内臓をぶちまけて、その分、腹部には血と黒の空洞が広がっていた。
表情はわからない、顔面の前半分が砕け散っているからだ。片方だけ残った眼球がこぼれ落ちて、虚空を見ている……いや、もう何も映ってないのか。
それを収める口腔がないので、舌はデロリと力なく曲がり、最強の魔法少女の象徴であった四本の角の内、髪の毛を結い上げていた一本が、無惨に解けていた。
朝起きた時点でファラフが部屋に戻ってきた気配がなく、メアを乱暴に叩き起こしてミツネさんの部屋に行ってみたけど、やっぱり心当たりがなく、食堂に集まった皆も、誰も見ていないという。
心配しながらも食事を終えて、九時を回ったところで、今度はクァトランが姿を見せないことに気づき、ニアニャが様子を見てくる、とくーちゃんをクァトランの部屋に派遣し――――その惨状を、発見した。
「え、あ、は?」
誰も理解が追いついてないに違いない、私だってそうだ。
クァトラン・クアートラが死んでいる。
それはもう、間違いなかった。こんな偽装ができる魔法少女は私達の中に居ないし、残留している《魔力》で識別できてしまう。
何より、爆ぜた顔面の側には、砕け散った黒い《秘輝石》の破片が、見て取れた。
それがクァトラン本人のものであることは明白で、つまりこれは現実で、何かの間違いとかではなくて、だから、もう。
「…………え、どうやって?」
それは私の口から出た言葉だったかも知れないし、違う誰かの言葉だったかも知れない。それすらもわからないぐらい、混乱と、困惑が、全員の間に広がっていた。
遺体に布をかけるとか、そういう事もできずに、エントランスホールに戻って……顔を見合わせた。
「…………ファラフは?」
最初に口を開いたのは、マグナリアだった。
いつも通りの仏頂面、いつも通りの石頭…………じゃあ、ない。
目が据わっている、この時点で私は理解してしまった――これは会話が通じる時の、頼りになる委員長ではない。
自分の中でもう答えが出ていて、何があっても考えを曲げることがない時のマグナリア・ガンメイジだ。
「ちょ、ちょっとまって、いいんちょ、何考えてる?」
それが理解できてしまっても、口にせずには居られない。
「一人が死んで、その死人に恨みを持つ一人が行方をくらました。なら一人が犯人に決まってるでしょう、探し出して吐かせるわ」
「アホ抜かせ、ファラフが何をどうやったらクァトランを殺せるねん!」
ミツネさんが即座に吼えたけど、私も同感だ。
確かにファラフには動機がある、行方をくらませている、疑いをかけるべきは誰かと言えば、そうなるのかも知れない。
だけどファラフ・ライラでは――いや、この中の誰であっても、最強の魔法少女、クァトラン・クアートラを殺すことは不可能だ。
寝込みを襲えばとか、罠にかければとか、そういう段階の話じゃない、それぐらい、マグナリアだってわかってるはずだ。
「だけど現実問題として、クァトランは死んでるじゃない。私達は警察でも探偵でもない、そんな事を議論するより、本人を問い詰めたほうが早いわ」
「っぐ…………」
そう言うとマグナリアは私に向かって…………私に向かって!?
鼻先が触れそうなぐらいの距離に顔を寄せて、マグナリアが左右で色の違う、私の眼球を覗き込む。
瞳にぼんやりと《魔力光》が灯っている……固有魔法で視力を強化している。
「語辺リーン、ファラフは本当に部屋に居ないのね?」
「――――――居ない、昨日、戻ってきてから、私はファラフを見てない」
恐怖で一度唾を飲み込んでから……私は答えた。
私は嘘をついていない……だけど。
「――――――――――っ」
振るわれた拳が私の顔面を捉える、それは本当に直前だった。
マグナリアの身体が後ろに向かって吹っ飛んだ――ミツネさんの固有魔法がマグナリアのコスチュームの襟をひっつかんで、引っ張ったのだと理解するまで、数秒を要した。
「何晒しとんじゃトチ狂ったんかアンタ!?」
背中から壁に勢いよくぶつかって、尻餅をついたところで、止まるマグナリアじゃない。私を凝視したまま立ち上がると同時に、全身に《魔力光》を纏った……完全な、戦闘モード。
「瞳孔の揺らぎ、血流の加速、鼓動の増加――私の質問に動揺したわね、リーン」
それはこうなる可能性が高そうだと考えて、怖かったからだよ!
私の瞳越しに、マグナリアは強化した視力で私が嘘をついていないかを探っていた。即席の嘘発見器みたいなものだ。
極度の緊張から来る鼓動と、嘘をついている時の緊張の鼓動を、マグナリアは同一視した――同一視されてしまった。
それが真実であるかどうかは、マグナリアを相手にする上で関係ない。
彼女の主観で間違っている、と判断されたら、決定的な反論を用意できない限り、彼女は絶対に考えを曲げない、石頭の魔法少女。
彼女は今、私がファラフの行方を隠していると思っている――もうちょい精度あげてからやってよそういうことは!
「ファラフが何処に居るか、答え――――――――」
「アホくさいことやってんじゃねーよ、メンドーだにゃー」
グギリ、と鈍い音がした。
「…………あ」
勢いよく走り出そうとしたマグナリアの身体が、その場でぐるん、ぐるんと勢い余って回転して、壁にもたれかかって、崩れ落ちた。
魔法少女は《秘輝石》を破壊されなければ、死なない――それは、生命維持に必要な機能を《秘輝石》が補ってくれているから、という話であって、肉体が致命的に損傷しても大丈夫、って意味じゃあない。
首を180度回転させて、頚椎をへし折られて、真後ろを向かされたら――そりゃあ、死んじゃうよ。
「思い込みが激しいのはいいけどよー、いいんちょー。リーンっちの言うとおりじゃん? 寝込み襲ったり不意打ちしたりでお嬢が死ぬんだったらさー、あたしらでとっくに殺せてんだよ――――」
一体のぬいぐるみが、びくん、びくん、と痙攣しているマグナリアの身体からぴょいと飛び降りた。
「――クローネ、何、して」
助けてもらっておいて何だけど、最後まで言い切ることが出来なかった。
もう彼女は、私を見ていなかった。いつも通りのおどけた態度で、両手のマペットを動かした。
「危なかったナー?」「無事で良かったニャー?」
「もうどうでもいいけどナー?」「お嬢も死んじまったしニャー」
いや……いつも通りじゃ、ない。
マペットが動いているのに、声を発しているのは彼らじゃなかった。
クローネが声色を使い分けての、一人三役、人形劇。
「ちょっとクロクロー、これはまずいんじゃないのー?」
ニアニャがいつも通りのテンションで、軽いいたずらを咎めるように言った。
その態度があまりにも、変わらなすぎて、逆に、それを理解できない。
「だってお嬢死んじゃったし、あたしたちも、もう終わりじゃん?」
「それはそうだけどさー、いきなりだからびっくりしてるよー?」
「えー、あたし友達思いじゃない? ちゃんとリーンっち助けたしさー、ね?」
ここで、私に振らないでほしかった。
だって、本当にこの娘達が何を言ってるのか理解できなかったから。
化物を見るような目で見ることしか、できないじゃないか。
「………………あー」
それが失敗だと、やってはいけない事だったと。
クローネ・クローネとの致命的な決別なのだと、私は彼女の表情を見て理解した。
おどけた態度、楽しそうな笑顔、それらが全部が抜け落ちた。




