☆『一回目』『一日目』『夜』☆ その3
☆
「あれ、ファラフは?」
最悪の空気で夕食会が終わり、身動きの取れずにいたミツネさんを部屋まで送り、自室に戻ってきた私とメアが見たのは、ファラフが眠っていたはずの、もぬけの殻になったベッドだった。
「入れ違いで食堂に行っちゃった、とか?」
「いや、流石にすれ違ったらわかるでしょ……外に行ったのかな」
タイミング的に、私達が食堂でドンパチやってる間に、部屋を出ていったのは間違いなさそうだ。問題は、どこに行ったかなんだけど……。
「……ちょっと待ってようか、外の空気を吸いに行ったのかもしれないし。メア、先にシャワー浴びてきちゃいなよ、疲れたでしょ」
「リーンちゃんほどじゃないと思うけど……それじゃあ、お言葉に甘えて」
メアがシャワー室に入ってくのを確認してから、私は自分の課題が書かれた便箋を開いた。
忘れていたわけじゃないけれど、さりとてどうして良いかわからない。
私にとって、個別課題はそういうものだった。
大前提として、《迷宮》を攻略しても、自分の課題をクリアしない限り、私は進級できないのだから。
他の娘達には条件を満たすなり何なりすれば他人と相談できる余地があるっぽいのだけど、私の課題にはその手の文面が一切ない、つまり、他人に助けを求めることができない。
この内、『課題』として解釈できそうな文面は、五つ。
あなたの魔法を活かしましょう。
あなたの正義を見せましょう。
あなたの覚悟を試しましょう。
皆が嘘をついています。
ハッピーエンドを目指しましょう。
……やっぱわかんないなあ、ハルミ先生、時々頭おかしいからなあ。
ファラフの課題も、聞いた限りだとふわふわしてたもんな……とにかく具体性がない。
私の固有魔法が活かせる場面なんて、それこそカツサンドが落下したのを受け止めるくらいの、些細な事にしか使えないんだけどなー……。
けど、このままマグナリアのプラン通りに《迷宮》を攻略できました、よかったね、で終わったとして、それをハッピーエンドと呼ぶことは、私の中の魔法少女が許してはくれないことを、自分で一番よくわかっている。
「いっちばんわかんないのは、やっぱこれだなあ……」
皆が嘘をついています、と言われても。
そりゃあ魔法少女である前に人間だもの、嘘の一つや二つくらい、つくともさ。
嘘を暴け、と言われてるならまだ行動指針の決めようもあるんだけど、この書き方は別にそういう意図もなさそうで……どちらかというとヒント的な感じ?
それを言うとハッピーエンドを『目指しましょう』だから、頑張ったら努力賞を貰えるのかな? って話になってくるし、うーん。
……いや、でも少なくともクァトランをあのまま放置は、課題のことを考えなくても、できないよな。
「リーンちゃん、シャワーあがったよー」
ぐだぐだと考え込んでいたら、メアがでてきた。
ナイトドレス風のコスチュームから寝巻きへ……つまり見た目にあまり変化はないけれど、髪の毛が湿って、身体から湯気がほかほかとあがっている。
隣のベッドに腰掛けて、ドライヤーで髪を乾かしながら、メアは首を傾げた。
「それ、個人の課題?」
「そ。ちなみに相談禁止……メアのは?」
「ボクのも相談していいとは書いてなかったなー……こほん、リーンちゃん」
「ん?」
「課題のことは、ボクは手伝えないかもしれないけど、他に考えてることがあるなら、一人で抱え込まないで、どぉーんと頼ってくれても、いいんだよ?」
メアは気配りがでてきて、優しくて、包容力のある良い子だ、それは間違いない。
けど、それは悩んでいる時、何も言わず隣にいてくれたり、愚痴をこぼしたらうんうんと聞いてくれたりする優しさであって、こういうわざとらしい言い回しをするタイプではない。
……これ、あれだな。
メアの個別課題、困った人を助けましょう、とか、悩みを解決してあげましょう、とか、そういう奴だな。
だって顔にちょっと申し訳無さが出てるもん、自分の課題を進めようとしちゃっていいのかなあ、みたいな罪悪感のようなものが。
「とりあえずクァトランを謝らせたい」
でもまあ、それがメアの課題であるなら、私は素直に相談するだけだ。別に誰も損するわけじゃないし。
「ん……でも、難しいよね、あの感じだと」
何が厄介って、クァトラン自身が悪いのは自分だとわかっている上で、プライドが上回って下げる頭を持たない、ってなってる所だ。その状態で外野から正論を説いた所でなんにもなるまい、自分が理解していることを人に改めて言われることほど頭に来ることってないし。
「ボクは《使い魔》を作れなかったから、わからないんだけど……ジーン君を、復活させるのはやっぱり無理なのかな」
《使い魔》を作れる魔法少女は、実はかなり少ない。
自分の《魔力》を霧散しないよう定着させ、機能を持つように変質させ、それを固定し、思考を別にして独立させて動かす、というのは、生まれ持ってのセンスもよるところが大きい、とはハルミ先生の弁だ。
《魔力》の色が薄いほど、《使い魔》が作りやすい傾向もあるらしいけど、そもそも《使い魔》に頼らなくていい魔法少女になるのが一番なのであって……や、居たら居たで便利ではあるんだけどね。
何にせよ、気軽に作って気軽に取り替えたりできるものではない。
「現実的じゃないかな、見た目同じものを作れても、中身が違う」
《使い魔》は主人の《魔力》で構成される存在だが、それとは別に、記憶や経験を蓄積する為の『核』を必要とする。
その『核』ごと消滅してしまったジーンをもう一度作る、というのは、火葬した灰から同じ人間を作り出せ、と言っているようなものだ。
「仮にジーンを蘇らせられたとしても、クァトランがやらかしたことに代わりはないから、ファラフを元気つけられたとしてもクァトランから謝罪を引き出す事には繋がらないし……」
「それもそっか……というか、ファラフちゃん、本当にどこいったんだろうね?」
メアがシャワーを浴び終えて、私とぐだぐだ話すぐらいの時間が経過しても、戻ってこないというのは確かにちょっと気になるか。
「……一応、ちょっと見て回ってくるかな。メア、先に寝てていよ」
「え、や、だったらボクが行くよ、リーンちゃんもシャワー浴びなよ」
「せっかく温まったのに湯冷めしちゃうよ、外で冷えてからシャワーで温まったほうが効率的でしょ」
「そこは効率を求めるところじゃないと思うけど……」
「つーか明日も朝九時集合って事は、メアはもう寝ないと明日また寝坊しちゃうじゃん」
「ボクは何時に寝たって寝坊するよ!」
力強く言うんじゃない。
「ちょっと外を見て回ってくるだけだから、平気だって。それより私が寝るスペース空けといてよね」
「うう……」
睡眠欲と食欲に忠実なメアは、しばし迷いを見せたものの。
「わかった……でも、早めに戻ってきてね、リーンちゃん、おやすみ」
「ん、おやすみ、メア」




