☆『一回目』『一日目』『夜』☆ その1
魔法少女は《秘輝石》が破壊されない限り生命活動を維持できる。
身体を維持するのに必要な《魔力》は《秘輝石》自身が生み出す、それでも足りなければ周囲に満ちる《空間魔力》を取り込もうとする。
例えば私のクソザコ透明《秘輝石》とて、別に周囲の《魔力》を取り込めないわけではないのだ。戦闘中や移動中には違う色の《魔力》を処理する余裕がないってだけで、時間さえかければちゃんと《秘輝石》がろ過してくれる。
かといって食べたり飲んだりしなくてよいかと言われると別問題で、人間らしい生活を損なえば《魔力》の生成量と速度は低下し、肉体的にも精神的にもパフォーマンスに大きな影響が出る。
美味しいご飯が肉体と精神に健全な影響を与えるのは、カツサンド笑顔でもぐもぐ星人を見ればわかるだろう。
というわけで、学生を含む魔法少女の衣食住は、人道的な配慮を鑑み、どのような状況下であっても可能な限り整えなければならない、みたいな感じのことが、日本国憲法にも明記されている。魔法少女って自衛隊と同じカテゴリの国家公務員だからね。
「メア特製無水カレー! 材料残していっていいかわからないから、全部使っちゃった」
だからといって深さ30cm近くある寸胴鍋が三つ、カレーでなみなみと埋まっているのは流石に想定外なのでは?
二泊三日で十人分の朝夜分と考えたら適量……? 加減がいまいちわかんない……。
「あ、大丈夫、一個はボクの分だから」
「何が大丈夫なのかわかんないけど……」
やがて時間になると、一人また一人と食堂にクラスメート達が現れた。
詰めれば二十人は座れそうな長テーブルだが、特に席を決めていたわけではないので、各自適当な場所に座っていく。
ラミアとマグナリアが、一番角の席で何かを話していたり、ルーズ姫は当然のようにラミアと一番距離が離れる反対側の一番遠くに居たり、間を埋めるようにクァトラン、クローネ、ニアニャが固まって…………ひっ、くーちゃんがこっち見た。
テーブル大きいし配膳手伝おうか? と聞いたら『何もしないで座ってて』と言われたし、メアが給仕を楽しんでいるのでそのまま任せることにして、私はミツネさんの隣の右席に座った。
「おつかれ、ミツネさん、ファラフは?」
「まだ寝とる。ウチの《魔力》も注いだし、今日中には目ぇ覚ますやろ」
「…………大丈夫?」
ミツネさんの《魔力光》は薄めの黄色。ファラフの薄めの青緑とは、色相環で見ればそれなりに相性がいいとは言え、《魔力》を譲渡するときの変換効率は私のように100%とは行かず、ロスが出るものだ。
《迷宮》での消費も考えたら、結構カツカツじゃないだろうか……私の言えた義理ではないけれど。
「食べて寝たらなんとかなるよって、ちゃんと余力は残しとるし。それより夕飯の準備、任せきりにして堪忍ね」
「私は何もしてないから大丈夫、本気で」
そんな話をしている内に、メアがくるくる回りながら各人の前にカレー皿を配り終え、私の隣に戻ってきた。扉側の席にラミア、マグナリア、少し離れてクァトラン、クローネ、ニアニャの列。
壁側の列がメア、私、ミツネさん、かなり離れてルーズ姫、という並びだ。
「おかえり、ありがとね」
「ただいまー、どういたしまして」
いただきまーす、とメアが声を上げると、皆がそれに倣って、めいめいに食事が始まった。《魔法の世界》には食事の前の挨拶やお祈りと言った文化はないらしいけど、クロムローム学園の生徒は、郷に入っては郷に従えの精神で真似るのが大半だ。
「食べながらでいいから、ちょっと聞いてもらえる?」
福神漬けをどばっと皿に盛りながら、マグナリアが言った。
「全員の情報をすり合わせて、迷宮の大体の構造がわかったわ」
「マジ?」
私達、第二階層で戻ってしまったので全然貢献できてないな……。
「ゴールは恐らく五階層、入り口は五箇所だけど、下っていくほど階層が収束していくみたい、クァトラン組と五階層で合流できたわ」
タブレットを取り出したマグナリアは、画面に写真を表示した。
岩肌に食い込むように存在する鋼鉄の扉に、八つの細長い窪みがあった。
「第一階層に五体、第三階層に三体、それぞれ階層の主が居るんだと思う。こういうのを拾ったでしょ?」
次いでポケットから取り出した結晶が二つ。私達がマザーウッドを倒したときに拾ったものと同じだった。
比較してみると結晶と門の窪みの形が一致するので、マグナリアの見立ては、多分あってる。
私とメア、ミツネさん・ファラフペアは第二階層、ルーズ姫・クローネペアは第三階層へ到達したところで引き返しているのでそれぞれ一つずつ。
マグナリア・ニアニャペアとクァトラン・ラミアペアは第三階層を攻略済みなので二つずつ、合計で七つ……つまりクローネ達がルートを知っている第三階層を攻略してしまえば、コンプリート出来る計算だ。
「明日はチームを二つに分けて、午前中に残りの結晶を回収し、念のために他の未チェック領域を欲張らない程度に探索。午後になったら五階層で合流し、全員で迷宮の主を攻略、としたいのだけど、意見のある人は?」
それは合理的で無駄のないスケジュールに思えた、最深部の魔物がどれほど強かろうとクァトランがぶっ飛ばしてくれるだろうし……。
「……私達が通った第四階層は、迷宮が都度変化するタイプだった。最終的には突破できたが、三人以上で向かうと逸れる可能性がある」
ラミアの発言に、クァトランがチッ、と舌打ちをした。
……結構迷ったのかな。
「私達が通ったルートは道順の変動がなかったから大丈夫、全部覚えてる」
とんとん、と頭を指で軽く叩くマグナリア。
マグナリア・ガンメイジの固有魔法は《自分の力を強くする魔法》、シンプルながら強力で、この変わり者クラスの委員長を勤めさせるに至る(まあマグナリアも変わり者なんだけど)理由でもある。
魔法少女は《魔力》で身体能力を強化できるが、例えば迷宮の道順を覚える記憶力だとか、特定のウイルスや魔法的な呪いに対してピンポイントで免疫を働かせる抵抗力なんかはそうはいかない。
……持久力と走力を強化して駆けずり回った結果が、ニアニャのあの惨状だったと思うとペア組まなくてよかったなあ、うん。
「クローネ、ルーズ、そっちは道を覚えてる?」
猫マペットにスプーンを持たせて、服を汚さずカレーを頬張るという器用な真似をしていたクローネは、兎マペットにばたばた手を振らせて肯定を示した。
「あたしのぬいぐるみを目印に置いてきたからだいじょぶー、《魔力》追っかければわかるよーん」
『用意周到だナー!』『やられてなきゃいいニャー』
「魔物に見つかったら攻撃されない? それ」
真っ当にクローネが操るのであれば、ウッドマン百体よりクローネのぬいぐるみ一体の方が強い気がするけど、流石に本人が居ないところだとどうなんだろう。
「大丈夫ですわ、わたくしの魔法で隠してありますから」
小さなお口でちまちまと皿を食べ進めていたルーズ姫が言った。
ルーズ姫の固有魔法、《物の大きさを変える魔法》はその名の通り、任意の物体をルーズ姫の好きなサイズに変えてしまう。
ぬいぐるみを小さくして物陰に隠しておけば、たしかに魔物も見つけられないだろう、クローネは自分の《魔力》を追いかけられる。
「……皆凄いね、リーンちゃん」
「そうだねー……」
まあ第一階層が円形のループ構造だったこともあって、マッピングとか完全に考慮してなかったもんね。
固有魔法に応用が利かない組である私達は、もうちょっとアナログに頑張るべきだったか?
「では、方針はこれで決定とするわ。明日は朝九時までに準備を終えてロビーに集合、攻略開始とします。ミツネ、ファラフにもそう伝えておいてくれる?」
「………………」
マグナリアにそう問いかけられても、ミツネさんは無言で食事を続けた。
「ミツネ?」
何無視してんだこの野郎、という感情の揺れが、マグナリアの眉が上下にピクリと動くという形で表現される。
かちゃん、と食器を置く音がして、ミツネさんはようやく顔を上げた。
「なあ、やっぱ何か言う事があると違うんか、お嬢サマ」




