☆『一回目』『一日目』『夕方』☆ その2
「ただいまー…………」
「あら、早かったのね」
お時間はちょうど十八時。マグナリアとニアニャが戻ってきた。
さすが石頭の委員長、時間管理もカンペキだ……。
「おかえり、コーヒー飲………………ちょ、大丈夫ニアニャ!?」
「『『あははははははははははははははは!』』」
何故かマグナリアがニアニャをおんぶしていて、そのニアニャは全身から力が抜けていた。白を基調としたオシャレなタキシードのコスチュームは土と砂でぐしゃぐしゃに汚れきっており、目の中の歯車が高速回転している。
頭の上に乗った《使い魔》のくーちゃんがにゃあ、と鳴いた。
その有様を見て爆笑しているがクローネ。いや、ホント何があったんだ。
「夕飯前だから気持ちだけ受け取っておくわ、他の皆は?」
ソファにニアニャをおろしながら、マグナリア。
「えーっと…………クァトランとラミアがまだかな、メアが今料理中、十九時半には出来るって」
「そう。じゃあラミア達が帰ってくる前にシャワー浴びてくるわ」
「あ、ちょっと報告したいことが……」
「夕飯の時じゃ駄目? お互いの情報を出し合って明日のことを考えるなら、全員揃ってる時の方が効率がいいと思うのだけど」
確かにそれはそうなんだけど、夕飯のときにこの話題するの本当に嫌というか、クァトラン糾弾会場になっちゃって多分食事どころじゃなくなっていくというか。
概要をかいつまんで話すと、マグナリアは一言、
「そう」
とだけ言った。
「…………そんだけ?」
「他人の《使い魔》を故意に損傷するのは、学則違反だけれど、この場合は意図していなかったわけでしょ? これに関しての沙汰は私達生徒が決めることじゃないわ、戻ってから先生方が考える話よ」
ぐうの音も出ない正論なんだけど、ファラフがそれで納得してくれるかどうかは別問題なわけで……。
「二人の問題がこじれて試験が進まなくなる方が問題よ、迷宮を攻略できなかったら私達全員落第なんだから。クァトランが仮に頭を下げても、それでファラフの溜飲が下がるとは限らないし、すぐに解決する問題でもないでしょ。学園に戻るまでは二人を接触させないことに徹するべきだと思うわ」
正論に正論を重ねられたけど、うーん、まあ、私達がどう話し合っても、最終的にその結論に行き着くかぁ。
それで話は終わりとばかりに、自室へ戻っていくマグナリア。
あとに残されたのは……。
「『『ゲラゲラゲラゲラひーっひっひっひっひっひひゃはははっはははは!』』」
まだ笑いながら、マペットでつんつくと相方を突くクローネと、ソファに這いつくばって、座るというか横になるというか自重を預けているというか、全身を投げ出してぐったりしているニアニャだった。
「……で、なんでニアニャはボロボロ?」
「あのねえ……五階層まで行って来たんだけどー」
「五階層!?」
私とメアは第一階層でひぃひぃ言ってたのに!? 自分が優秀な魔法少女だと思ったことは一度としてないが、流石にちょっとショックを感じる……。
「マ、マグマグがー………」
「えっ」
「一秒たりとも停止しなかったよー……魔物が出ても絶対立ち止まらないしー……罠も全部踏み潰して、速攻攻略ー……」
ニアニャ曰く、究極の堅物、意見を曲げない石頭の魔法少女、我らが委員長が取った迷宮攻略方は虱潰しのノンストップ走法だったらしい。
「自分が……自分がこんなに遅いなんて思わなかったー……!」
「なんかヒロインみたいに苦悩してる」
『浸ってるナー』『ウケるニャー』
さすがのニアニャもついていくのが大変だったってことかな? いや、物理的にボロボロになってる理由がいまいちわかんないけど。
「はぐれないようにー、『迷宮の中では一緒にいようね』って約束したんだー」
「ヘえ?」
ニアニャの固有魔法は《約束を交わす魔法》。
ものすごくシンプルに言うとニアニャと交わした約束、またはニアニャが仲介した約束は、必ず守られる。
私自身はこの固有魔法の対象になった事がないので体感的なことはわからないが、ハルミ先生は『面倒な儀式や手順を踏まずに、契約を強制的に遵守させる〝呪い〟をかけられる最強の魔法の一つ』と評価していた。
ではそんな魔法で以て、暴走特急マグナリアと『一緒にいよう』なんて約束をした結果どうなったかというと、
「途中からマグマグの全速力に追いつけなくてー……ある程度距離が開いたら、ずざざざざざざーってひきずられちゃってー……」
「うわあ」
『一緒にいよう』という約束は、『お互いが一定の距離にいる状態を強制的に保つ』という形で解釈されたらしい。
「下層に続く穴とか見たら、ノータイムで飛び込むからー……」
「こんなヘロヘロなニアニャ、久々だにゃ」
『今なら殺れるナー?』『トドメを刺すニャー!』
「こらこら」
べしべしとニアニャの頭を叩き始めるマペットズ、もちろん本気ではなさそうだけどかなり左右に揺れている。
このコミュニケーションが彼女たちにとって正常なのかがわかんない……元が異常だから。
「ぐえー、クロクロー、上まで連れてってよー」
「えー、めんどくさ」
「持ってきたチョコわけてあげるからー」
「猫にチョコあげちゃいけないんだよ、知らないの?」
「クロクロは猫じゃなーい!」
「にゃはははは」
楽しそうじゃんかよ、と思ってたら、クローネのスカートの中から、継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみが二つ落ちてきた。手のひらサイズで、両手のマペットズのちっこいバージョンというか。
「じゃああたしらも一回おぐしを整えてくるねー」
『元気でナー』『またニャー』
そんでもってそのぬいぐるみが、ニアニャをえいやっと担いで、部屋に戻るクローネの後を追いかけていった。
「あだっ、いたっ、クロクロー! いたーい!」
階段の高低差を乗り越えられるほど大きなぬいぐるみではなかったせいで、ニアニャがさらに殴打ダメージを受けてるけど気にしないでおこう、なんだっけ、カテドラルコテージ?
そんなわけで一人取り残された私、絶対にキッチンに立ち入るなと言われている以上、メアの手伝いはできないし……かといっていやでもここにいるとラミアはともかくクァトランと今遭遇するのすっげぇ気まずい……でもご飯出来たら集合ーくらいは伝えておかないとまずいか、メモでも置いとこうかな……。
「にゃー」
「うぇあ!?」
心臓が口から出ると思った。
猫の鳴き声、何かと思ったらくーちゃん……ニアニャの《使い魔》がソファの下からのそっと這い出してきた。いつの間にそんなとこに。
「えっと、ご主人さまは部屋に戻ったよ……って、ニアニャが聞いてるかこれ」
くーちゃんは五感を共有してるタイプの《使い魔》だから、一緒にいるより別行動するほうがいいのか……クァトランが帰ってくるまで待ってるのかも。
ひょい、ひょい、猫らしい二度のジャンプで、ソファ、私の膝の上と移動した。小さな生き物の暖かさと重みがスカート越しに伝わってくる。
うーん、目がちょっと怖いけどこうやって触れ合うと可愛いなあ、私の《使い魔》もこれくらい可愛ければな……。
膝の上で丸まるのかな? と思ってたら、おすわりしたままじぃっと顔を見てくるので、軽く頭をなでてみる。ニアニャはボロボロだったがくーちゃんは迷宮に帯同していたとは思えないほどきれいで、体毛にも埃一つ着いていない。
「ぞる」
「………ん?」
なんだ今の音。音というか、声?
「ぞぞるれるむげるいるみいいるぞぞるがるばぞぞるぞるにににいるぞるたそひぞる」
それが、膝の上の《使い魔》から発せられていると理解するまで、私は十秒を要した。
「ひっ」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
くーちゃんの瞳の中の歯車が、高速で回転している。
え、何何何何何何待って怖い。
何が怖いって猫の形状をしてるものから低くて濁った人語が聞こえてくるのが怖い、生理的に受け付けない。さっきにゃーっつってんのはなんだったんだよ。
「ぞぞるぬるぞるぞぞるたやるりるばばるたるぞるぞぞるぞるなる? やるやががぞるはるさざざざざにるぞるぞぞる」
何かを訴えている? 聞かれてる? 首を傾げられても困る。
「ニ、ニアニャ、聞こえてる? なんかくーちゃんバグってる感じ……」
「ぞる」
くーちゃん越しにニアニャにこの声が届いているのを願ったが、果たして届いているかどうか。
それ以上は声を発さずにしっぽを揺らしながら、階段の手摺にひょいと登って、器用に二階に上がっていった。
何だ今の、トラウマになるわ。魔物と戦うのはいいけど、ホラーは駄目だよ。泣きそう。
三十分後、クァトランとラミアが戻ってきて、声をかけてくれるまで、私はソファの上から動けなかった。




