☆『一回目』『一日目』『夕方』☆ その1
「それは、流石に…………酷すぎますわ」
「あのクソデカい揺れってそれだったんだ」
『横暴だナー』『酷い話だニャー』
私達の次に拠点に戻ってきたクローネ・ルーズ姫ペアは、話を聞くなり顔を見合わせてそう言った。
二人は第三階層まで到達したところで、時間だからと引き返してきたらしい。随分進んでるじゃんか。
「わたくしには《使い魔》は居りませんが、ファラフ様がジーン様を大事にしていたのはよく知っておりますから……きっとつらいと思いますわ、お怪我の具合はいかがですの?」
「とりあえず部屋に寝かせてる……呼吸もしてるし、《魔力》も循環してるから、命に別状はないよ」
今はミツネさんが私達の部屋でファラフの様子を見てくれてて、メアは他のみんなが帰ってくる前に夕飯の下ごしらえ中だ。私も手伝おうとしたら『絶対に台所に入らないで、包丁を持たないで、鍋に触らないで、水も出さないで、座ってて』と死んだ目で言われたので、大人しく従っている次第です。
というわけでエントランスホールのソファでインスタントコーヒーを飲みながらお送りします。
コーヒーが溢れるギリギリまで砂糖をぶち込んだマグを、器用にマペットに掴ませたクローネは、ちびちびとそれを舐めながら、ふへー、と息を吐いた。
「よかったにゃあ、流石に人死にがでたら、流石のお嬢と言えどおしまいだもんね」
「《使い魔》だからいいってことにはならないけどね……」
どちらに否があるかと言えばクァトランが十割の加害者なので、この場で法が機能するならクァトランの罪を追及できるかもしれないが、現状は個々人のモラル以外に、私達を縛るものがない。
「クローネ、クァトランって普段もあんな感じなのかな、何ていうか、こう……」
「暴君?」『ガキ大将かナ?』『傍若無人ニャー』
「うんまあオブラートに包まないで言うとそう」
「や、お嬢は馬鹿じゃないからさー、自分が何を悪いことぐらいわかってるはずだよ? ただ人に頭下げるのが死ぬほど嫌いだから謝りたくないだけ」
「一番最悪だ……」
クァトランがファラフに謝罪する、それが本当に最低限のラインなんだけど、それすら難しそうで……なんというか、この空気のまま試験二日目に入るのはすごく嫌だ……。
「クァトラン様も、昔はもう少し、態度が柔らかかったと思うのですけど……」
「あ、ルーズ姫とクァトランって幼馴染なんだっけ?」
「ええ、リック家は《クアートラ王国》の貴族ですから。歳も同じなので、よく社交界で顔を合わせておりましたわ」
……今更だけど、クァトランは《クアートラ王国》の王様の四女、つまり正真正銘の『お姫様』で、ルーズ姫はリック家、高貴とはいえ一貴族の『ご令嬢』だから、お嬢と呼ばれるクァトランと、姫と呼ばれるルーズ姫って、本来は逆なんだよなあ……いや、庶民からみたらどっちも似たようなモノなんだけれども。
「《秘輝石》が色づき始めた頃合いからでしょうか、上の王女様方との折り合いも悪くなっていったようですわ。流石に詳しい事まではわかりませんが……」
話を聞く限り、いくら《魔法の世界》と言えど、王族がみんなクァトランぐらいにでたらめな魔法少女、というわけではないらしい。
「むしろ、黒い《秘輝石》は、その……魔王と同じ色ですから」
「そうそう、《秘輝石》が黒いとめっちゃいじめられるよー!」
『俺らもやられたナー!』『返り討ちにしたけどニャー!』
あはは、と笑うクローネだが、話している内容は結構洒落にならない。
私の知っている限り、黒い《秘輝石》を持っているのはクァトラン、クローネ、ニアニャの三人だ。
……うん、なんていうか、クラスの30%を占めているので、『強い《秘輝石》でいいなあ』ぐらいには思うけれど、私達地球組は、多分《魔法の世界》組ほど、黒い《秘輝石》に忌避感とか嫌悪感がないんだよね。
クロムローム魔法学園は世界中から才能の上澄みを集めて育てる教育機関なので(私が上澄みかどうかは議論の余地があるけれども)、必然的に希少な才能が一所に集まりやすいという事情もあるとは思うけれども。
「味方でいてくれる分には頼りになると思うけどな」
「あたし、リーンっちのそゆとこ好きだよ~」
『俺もだナー』『あたしはどうかニャー?』
褒められたと思っていいのかな、これ。
「でも、実際どうしたもんかな」
全員が顔を合わせることになるだろう、夕飯時のことを考えると今から胃が痛い。理想は、時間を置いて冷静になったクァトランが頭を下げてくれる事なんだけども……。
同じ《使い魔》持ちとして、私が心情的にファラフ寄りっていうのもあるけども。
「……クァトランって諭されたら話聞いてくれるタイプ?」
「逆ギレ上等!」『正論にブチギレ!』『わかっているのにドツボにハマる!』
「だよねえ……」
クローネ&マペットズの、呼吸のあった同意だった。
「つーか、お嬢の課題的にもやばいんだよにゃー、現状」
「……クァトランの課題、知ってるの?」
個別の課題は暴露したらその時点で失格というナメたルールがあるから、私は現状どうしていいかわからないままここまで来ちゃってるんだけど……。
「いいんちょーだってペア決めの時に暴露してたじゃん?」
つまりクァトランの課題は相談オッケーで、もうクローネとニアニャに相談済みってこと? なんかずるい気がする……。
「なに考えてるか顔に書いてあるー」
「なんかずるい気がする……」
『ぶちまけたナー!』『嫌いじゃないニャー!』
マペットズがけらけら笑う中、肝心のクローネはげー、と顔を歪めていた。
「相談されてもどうにもなんないぐらい難しい課題なんだよにゃー。ぶっちゃけ、あたしとニアニャの課題はお嬢と連動してるから、お嬢がトチるとあたしらもアウトなんだよね」
『内容は言えないけどナー』『企業秘密だニャー』
三人一組、というか一蓮托生? クァトランが個人課題を落とすとクローネとニアニャも道連れで、しかもそれは従者二人が相談された所でどうしようもない事。
「ふーん……」
課題を考えたのはハルミ先生だろうから……なんとなく読めた気がする。
「クァトラン様は、デレのないツンデレなのですわよね……」
はあ、と頬に手を当てるらしい仕草をしながら、ルーズ姫。
「随分俗なこと言うね、ルーズ姫……」
「あら、わたくし、こちらのエンタメ大好きですのよ? コミック、アニメ、ドラマ……《魔法の世界》にはありませんでしたもの」
「そうなの?」
「はい、歌劇や人形劇などはありましたけれど、わたくしのお祖母様の代は、テレビのような映像媒体すらありませんでしたから……輸入した電化製品の類は、《魔法の世界》にとって革命だったそうですわ」
地球側にとって魔法という概念がそうであったように、こっちの文明もあっち側では空想で語られるような技術の数々だった、っていうのは授業で教わった。
特に《魔法の世界》が驚いたのは通信技術の類だったそうだ。地球と国交が生まれるまで、離れた相手と意思疎通を行う手段は一部の魔法少女が特権的に所有していた固有魔法だけだったらしく……誰でも安価で入手できて、片手サイズで持ち歩けて、どこに居ても会話できて、しかもそれが機能の一つにすぎない通信端末の存在は文字通りの技術革命だったとかなんとか。
「特に恋愛マンガは素晴らしいですわ……先週号のカリバー・サーガはもう、わたくし……わたくし……っ!」
感極まっちゃった。かように、地球製エンタメは《魔法の世界》においても高評価を受けている。
……肝心の地球人類は、魔法少女のリアルな戦いをエンタメとして消費している現状を考えると、なんか複雑なものを感じるけども。
「まあおかげで大混乱が起きたけどねー!」
『既得権益ズブズブだナ!』『ウケるニャー!』
「なんだっけ、それまで遠距離との会話ができるってだけで重役についてた魔法少女達が一気に解雇されて暴動になったんだっけ」
魔王に対処する為に手を取り合わねばならなかった二つの世界が、余計な戦争をする羽目になった最たる理由が、立場を守るために彼女らが行った妨害工作の結果で……と、また変に脱線してしまった。
歴史を振り返っても仕方ない、今大事なのは、既にもう大分がったがたになってしまった目の前の試験を、これからどうやって乗り切っていくかだ。
「皆で手を取り合って、足りない所を補い合えればよいのですが……」
「…………ラミアとも?」
これ言っていいのかなあと思ったけど、空気が悪いという意味ではルーズ姫とラミアがバチるのも相当なんだよね……。
「それはありえませんわ」
数秒前に『手を取り合おう』と言っていた同じ口で、きっぱり、バッサリと、ルーズ姫は拒絶の言葉を言い放った。
それまでは柔らかかった彼女の瞳が、何ていうか、もう、なんだろうね、完全に冷え切って……ハイライトがない……。
「わたくしのいう『皆』にあの女は含まれておりません、仮に巻き添えになったのがあの女であれば、わたくしはどれほど心が軽くなったでしょう」
ラミアも多分同じこと言うんだろうなあ……私はもう一般市民も一般市民、生まれも育ちもド庶民だから、家同士の確執という概念がピンとこない……。
「和を乱しているのは、重々承知なのですけれど……申し訳ありません、こればかりは。……帰ってきたあの女と鉢合わせてもあれですので、わたくし、部屋に戻りますわね。なにかあったら呼んでくださいまし」
たしかにその状況に居合わせるのは嫌だなあ、とルーズ姫を見送り。
あれこれクローネと二人きりか? と身構えた瞬間、ばたーん、とエントランスの扉が開いた。




