☆『一回目』『一日目』『昼』☆ その10
☆
孔を降りた先は、石と土が半々の、坑道のような階層だった。
声は断続的に聞こえてくる、それを追いかけて、私達は走る。幸い、途中で魔物に遭遇することはなかった。
やがてたどり着いた部屋の一つに飛び込んで……最初に目に入ってきたのは、存在しない天井だった。
マザーウッドを倒したあとに出現したような、《迷宮》が機能として空けた孔……にはとても見えない。上の階層と、途中の断層までがぽっかりと見えてしまっている。
力づくで、強引にこじ開けたのだろう……破壊の痕跡が見て取れた。なにせ砕け散った岩盤がそこらに散乱している。
そして、その穴の下に、四人の魔法少女がいた。
「何考えとるんやアンタァ!」
「…………………………」
「どこに誰がいてるか考えもせんかったんか!? あァ!?」
今までに見たこともないような形相で、マジギレしているミツネさん。
その足元に座り込み、何かを掻き抱きながら慟哭するファラフ。
壁にもたれかかり、眉をしかめて額を抑えるラミア。
そして……ミツネさんに怒鳴られながらも表情を変えず、無言で腕を組むクァトランだった。
「ちょ……っと、タンマタンマ!」
険悪極まる空気だが、今にも殴り合いが始まりそうで、とてもじゃないが放置できない。
ファラフの元にかけよって、何があったの、と口を開きかけて、『それ』が見えた。
一言で言うなら、半壊した人魂だ。顔が半分崩壊していて、断面が黒い《魔力》に汚染されている。いつもファラフの傍らで、髭をなでつけながらホッホッホ、と笑っていた面影はどこにもない。
「ジーンっ! 待って! お願いだから…………っ!」
ジーンの体を形成する《魔力》が、サラサラと砂のようにこぼれ落ちていく。空気中に散っていくそれを補うように、泣き叫ぶファラフが自分の《魔力》を注いでいるが……。
《使い魔》は、魔法少女が自分の魔力を使って創り出す存在だ。
生き物に《魔力》を付与したり、物体を媒介にしたりするのが一般的だが、一部の選ばれた魔法少女なら、《魔力》そのものに自我をもたせることができる。
ファラフはその、《使い魔》を作ることに長けた魔法少女の一人だった。
《使い魔》の役割は色々ある。うちのクラスで言えば、ニアニャの《使い魔》である黒猫のくーちゃんは、視覚や聴覚を共有して、遅刻しながらも講堂で行われた試験の説明を見聞きしていたように。
ファラフの相棒であるジーンは、それよりもさらに高度で優秀な能力を持っていた。ファラフのあらゆる魔力操作をサポートし、固有魔法を手助けし、何よりかけがえのない相棒だった。
同じ機能を有する《使い魔》は新しく作れるかもしれないが、同じ自我を有する《使い魔》はもう作れない。
《使い魔》は、定義としては生物には当てはまらないかもしれないけれど……身体の半分以上を失って、機能が停止してしまえば、それは死と呼んで差し支えない。
「…………えっと、ラミア、何があったか聞いてもいい?」
ブチギレのミツネさん、泣きわめきながらジーンを治療するファラフ、無言のクァトラン……もう尋ねる相手がラミアしかいない。
「……クァトランが穴を開けたんだよ」
その苦々しげな表情は、止められなかった自戒も含んでいるのだろうか。
「穴って…………え、これ?」
天井を指差す。まるまる迷宮の部屋一つありそうな、あの穴を…………?
「ああ、どうにも分岐が多くてね。マッピングとマーキングを繰り返しながら探索していたんだが……」
どうやら一方通行+隠し通路で構成されていた、私達とはまた違うタイプの階層だったらしい。
「……行き止まりと邪魔の多さに、クァトランの我慢の限界が来てね、この通りだ」
具体的に何をしたかは想像もつかないが、クァトランがイライラを《迷宮》に直接ぶつける姿は、ありありと想像できた。
ただ……。
「……下にファラフちゃん達が居たの?」
メアの問いに、ラミアは頷いた。
「《使い魔》君が先に気づいて、ミツネとファラフを逃したらしい、だが、本人は逃げ切れなかったみたいでね」
最悪の誤爆じゃんか。
クァトランだって巻き添えを出すつもりはなかったはずだけど、いくらなんでも。
「クァトラン、これは……これに関しては私達に非がある、謝罪すべきだ」
もし、ここで素直にクァトランが謝っていたら、もしかしたらもっと違う結末があったのかも、知れない。
同行者であるラミアも、『止められなかった』という一点で責任を感じている様だけど、同級生に諌められて止まるくらいなら、クァトランは問題児扱いされていない。
「………………っる、っさいわねえ! 誰に口利いてるわけ!? くだらねー《使い魔》一匹でガタガタ言ってんじゃねーわよ! 役立たずがくたばったから何? また作ったらいいじゃない、得意なんでしょ? 自分たちが下敷きにならなかっただけありがたいと思いなさいよ!」
決裂、という言葉が頭に浮かんだ。それはもう、絶対に言ってはいけない言葉だった。
間が悪く……魔が悪く。
バリン、とガラスが割れるような音がして、ジーンの形が崩壊した。
「ジー……!」
クァトランの黒い《魔力》に染まったジーンの残骸は、塵になって迷宮の床に落ちて、砂と区別がつかなくなった。《魔力》で編まれたものじゃなかったらしい、ターバンの残骸だけがファラフの手の中に残った。それだけだった。
「っ、おどれがどれほど偉いんや! 身内殺して逆ギレするようなボケが魔法少女になって誰を助けられんねん!? ふざけんなや!」
ヒートアップしたクァトランは止まらず、ミツネさんも止まらない。
それでも、直接やりあったら、絶対にクァトランが勝ってしまう。
「誰が身内ですって? はっ、有象無象共が随分と主張するじゃない。アンタ達なんて居ても居なくても変わらないっての! 大人しく目立たないようコバンザメやってりゃいいものを魔界生まれの分際で――――」
掴みかかろうとするミツネさんと、怒りに任せて言葉を吐き出すクァトラン、二人の間を割くように、《魔力光》が輝いた。
濃い《魔力》は淡い《魔力》と比べて加工をするのが難しい、という性質も理由の一つだけど、メアは《魔力》を圧縮して撃ち出すのは得意だが、形状そのものを変化させたり、《魔力》の性質自体を変化させるのは苦手だった。
仮にメアにファラフ並の器用さがあったら、《流星をみる人》はもっと凶悪さを増していただろう――ファラフの打ち出した五つの《魔弾》は、その形を大きく変化させていた。
弾というより矢に近い、細く鋭く絞り上げた三角錐。
「――――《船乗りを襲う蒼い嵐》!」
その形状は言うまでもなく、敵を貫き穿ち、殺傷することを目的としている。
気が弱く、大人しく、普段からおどおどしているから勘違いされがちだけど……ファラフ・ライラはクラス随一を誇る、変幻自在の《魔弾》使いだ。
「……あ?」
その殺意と技術は、少なくとも――クァトランの逆鱗に触れるには十分だった。
先端鋭い《魔弾》がクァトランの肌に触れて刺し貫く直前……ミントグリーンの光が、あたかも先程のジーンと同じ様に、黒い色に侵食されて、傷ひとつつけることなく吸い込まれた。
クァトランは何もしていない、防御のために《魔力》を放ったり、《防壁》を展開したわけでもない。
ただそこに立っているだけ、身体に薄く纏っている《魔力》の密度だけで、ファラフの《魔弾》を侵蝕し、取り込んで自分の《魔力》に還元してしまった。
濃い《魔力》は淡い《魔力》を侵蝕し吸い上げる、だから色の濃い《魔力》を扱う魔法少女は、戦闘においてあらゆる面で有利で、強い。
だからこそ、あらゆる色の中で最も濃厚な、純黒の《秘輝石》を持つ魔法少女は、最強と呼ばれている。
「返してよ」
それでも尚、ファラフは怯まなかった。
「…………ふざけるな、謝りすらしないで!」
相手がどれだけ格上で、どれだけ高貴な生まれだろうと、今のファラフには関係ない。
ただ、大事な友達を奪われた悲しみと悔しさ、それをくだらないと断じたクァトランへの怒りが、身体を突き動かしていた。
「返せ! 返してよっ、ジーンを……返せ!」
再び形成されていく《魔弾》、全《魔力》を注ぎ込んで生まれるそれは、槍とか弾とかそういう問題じゃない、巨大な魔神――――――。
「――――っるさいって言ってんでしょうが!」
バチンッ、と。
ファラフの《魔力》が、爆ぜて散った。
ファラフの頭が弾かれて吹き飛び、地面を何度も跳ねて転がって、遠くの壁にぶつかってから。
ようやく、クァトランの指先から、小さな《魔弾》が発射されたのだとわかった。
あまりの速度と勢いだったので、私の目には捉えられなかった。
「ファラフ!」
ミツネさんが慌てて追いかけて――命に別状は……ええと、ない……はずだよね。
遠目から見る限り、ぐったりしてるけど、首から上が物理的に吹き飛んだとか、そういうダメージはなかった。気絶してるだけだと、出来れば思いたい。
「……くっだらねーのよ、友達だとか何だとか、死なせたくないなら最初から連れてくるなっての」
吐き捨てるように言ったクァトランは、そのまま踵を翻して、《迷宮》の奥へと歩きだした。
「おい、クァトラン! ……ああもう、すまない、リーン、メア。ファラフ達を頼むよ、私はなんとかあの馬鹿を連れ帰ってみる」
ラミアは私達に向かって一礼すると、クァトランの背を追いかけていった。
結局、気を失ったファラフを外に運び出す為に、私とメア、ミツネさんの三人がかりで、一度迷宮の外に出ることになった。
本日のリザルト、第一階層、攻略完了。用途の分からない宝石の入手。
……これを喜べたら、どれだけよかっただろう。




