☆『一回目』『一日目』『昼』☆ その1
さて、いきなりだけどクロムローム学園がある魔法製人工島の入場方法を説明しよう。
一つは船、定期便が数日に一度やってきて、食料や消耗品などの物資を届けてくれる。この時、一緒に島内の施設に勤めている一般人が出たり入ったりするけれど、魔法少女が船で島外へ行く事は滅多にない。
一つは【門】を通じて《魔法の世界》からやってくる方法。外国からの入国扱いになるので、パスポートが必要であることと、【門】の起動に魔法省大臣の承認が必要であることから、これも年に数回しか起動しない。
新入生や転校生を迎え入れたり、《魔法の世界》出身の魔法少女が長期休みに里帰りする時とかだから……年に四、五回くらい? 結構あるな。
で、最後の一つが空路だ。
クロムローム学園の屋上にはヘリポートがある。ヘリポートがあるということはヘリコプターが離着陸する。
魔法少女を大量に、迅速に輸送するのに最適化された、魔法少女輸送専用ヘリコプター“エスバット”が、学園には常に四台常駐しているのだった。その内の一台がものっすげぇ音と風を発生させながら、四つあるプロペラをぶん回し、離陸に備えている。
「これ見ると遠出するなーって感じすんねー……」
他の学園との交流試合だとか、里帰りをする時だとか、年に数度は乗る機会があるので、流石に慣れているけれども。
それぞれ手荷物を抱えた月組のメンツが、全員ヘリに乗り込むのを確認して、ハルミ先生が大きく手を振った。
「それでは~、皆さん、頑張ってくださいね~」
手を振り返す生徒もいれば、会釈する生徒もいる、私とメアは、軽く手を振り返した。
特殊な合金で覆われた最新の輸送ヘリは、中に入って扉が閉まりさえすれば、飛行中だとは思えないほど静かで、このまま自動運転で目的地まで向かってくれる。
機体がふわりと浮き上がる感覚、ええい、いいさ、腹をくくろう。
とりあえず、《魔力》の回復が第一だ、少しぐらいは寝れるといいんだけど……何も起きませんように。
……………………。
「……ゃん、リーンちゃん」
「……んぇ?」
「もうすぐ着くよ、起きて」
肩を揺すられる感覚、かすかに身体に伝わってくる振動。
ぼうっとしたまぶたを開くと、私の顔を覗き込むメアが居た。
「………………」
「おはよ、少しは休めた?」
「……え、私メアに起こされた……?」
「何がそんなにショックなのかなあ!?」
ヘリに乗ったところまでは記憶があるんだけど、なんか離陸したら速攻で寝落ちたらしい。おかげで《魔力》も……うん、消費した分の二割ぐらいは回復してる感じがする。
「私が寝落ちるぐらいなんだから、メアだって寝落ちてないとおかしくない?」
「寝れないよ、メェくんがいないもん」
文字通り『枕が変わると眠れない』メアは、こういう遠征の時、荷物の面積の七割を寝具が占める。抱き枕代わりにされているメェくんこと羊のぬいぐるみもその一つだ、今は貨物スペースのリュックの中で限界まで圧縮された状態で役目が来るときを待っているに違いない。
「もー、そんな事いってると、次は夢の中を見ちゃうよ?」
メアの固有魔法は《夢を覗き見る魔法》、文字通り、眠っている相手の夢を観測できる。
戦闘には役に立たない魔法ではあるのだが……万が一『メアと胸のサイズが入れ替わってる』夢なんかを暴露された日には社会的に立ち直れないダメージを受けてしまう。
「起こしてくれて感謝の気持ちしかない」
「立場をわかってくれたならいいよ」
親友に投げかける言葉かな? まあ普段は私より早く寝て私より遅く起きるメアだからあまり気にしてないけどイレギュラーに隙を見せるのは大変良くない事がわかったのでもう寝ないぞ私は。
「……うわっ」「ひえっ」「きゃっ」
馬鹿な決意を固めた直後、魔法少女たちが、一様に声をあげた。体中を虫が這い回るようなゾクゾクとした不快感と、氷水を脊髄に流し込まれたような悪寒で、体がブルリと震える。
不快感そのものは一瞬だったけれど、間違いない。
《魔界》の境界線を越えて、内部に侵入したのだ。
『ご搭乗の皆様、快適な空の旅はいかがでしたでしょうか。快適でしたか? 快適でしたよね? 快適でなかった場合の苦情は如月塚重工のホームページからお願いします。ポジティブな感想も大歓迎、本日のアナウンスは私、如月塚ヴァルプルギスがお送りしました。グッドラッグ~』
ホスピタリティのないアナウンスが、目的地への到着を告げる。
十人の魔法少女が全員降りたことを確認すると、無人のヘリが砂を巻き上げながら離陸して、あっという間に遠ざかっていく。
「……別に待っててくれても良くない?」
「もしヘリが壊されてもうたら、ウチら帰れんようになってまうからやない? ウチら外と連絡取れへんさかい」
「なるほどなあ……ところでミツネさん」
「なあに?」
とりあえず事前に渡されたしおりの案内に沿って歩き出しつつ言うと、ミツネさんの特徴的な狐耳がぴくぴく、と動いた。
「気のせいじゃなければ空気最悪なんだけど」
もうね、皆仏頂面なの。笑顔なのはクローネとニアニャぐらいのものだ。
「ああ、別に普段と同じやよ? ラミアとルーズ姫が喧嘩するやろ? 空気悪くなるやろ? マグナリアが注意するやろ? クローネとニアニャが煽るやろ? ファラフが慌てるやろ? そんでクァトランがイライラするやろ? 刺激せえへんように皆黙りこくってん」
講堂であったことがほぼそのまま再現されてたらしい、つまりいつも通りだ。
……よく私その空気の中で眠れてたな。
「神経太いのはええことよ、こういう時は気負わんほうがええもの」
「別に気負ってないわけじゃないんだけど……《魔力》枯渇状態で死地に挑みたくなかっただけだよ」
このメンツで迷宮攻略に行く私の《魔力》なんてあってないようなものだけどさ。
「…………ふふ」
「なにさ」
不意にミツネさんが、口元を隠して笑った。耳のぴこぴこが更に早まり、ただでさえ細い目が更に細められたそれは、いたずらがまだバレていない子供がほくそ笑んでいるような……。
「リーンちゃん、リーンちゃん」
隣を歩いていたメアが、ちょいちょい、と私の肩の辺りを指し示した。
「え、何、髪? …………うわみつあみになってる!」
私のくせっ毛ツインテールが! かなりしっかり編み込まれている! 全然気づかなかった!
いえーい、とハイタッチするメアとミツネさん、え、何、共犯?
「暇やったさかい、ちょいちょいとな?」
人差し指と小指を立てて、中指と薬指を親指にくっつける、『狐のサイン』を両手で作りながら、ミツネさんはコココ、と笑いを隠さない。
よく見たら左右でみつあみの精度が違うから、片方はメアで片方はミツネさんか……!
ミツネさんは離れた席に座っていたが、視界さえ通っていれば彼女の固有魔法である《遠くにある物を動かす魔法》で私の髪の毛を弄ぶことが出来る……!
「練習させてもらったわ、いじくり回すの楽しいわあ」
「めちゃくちゃ細かく編み込んであるじゃん……解くの大変だよこれ」
「なんで解くん?」
「解いちゃ駄目なの!?」
「あんなぁ……女の子はみつあみがいっちゃんかわええねんて?」
知らない、知らないよそんな性癖の発露、ファラフの髪をみつあみにしてよ。
「ファラフにはやりすぎてやりすぎて癖がついてもうて、次やったら三日は口利かへん言われてるんよ」
……うん、ファラフは私やメアと違ってサラッサラのストレートヘアなので、そりゃ気にするでしょうよ、むしろよく魔法少女の髪の毛に癖がつくまでやり込んだな。
「自分の髪の毛をみつあみにすればいいじゃん……」
「何言いはるの、巫女さんはな、ここのもふもふが大事なんよ?」
頬の横あたりで膨らむようにリボンで結ばれた自分の髪の毛を持ち上げるミツネさん。
バッチバチにスリット開いた袴履いてるなんちゃって巫女のくせに……。
「あまりよろしくないこと考えとったらあかんよ、ウチは相手が気づかぬ内にスカートのファスナーを下げることも出来るんやから……」
「脅しが最悪すぎる……!」
とりあえずみつあみ解きチャレンジのお時間だ……や、別に髪型にこだわりがあるわけじゃないから、ほっといてもいいんだけどね?




