チャラ男剣士、「ウェ~イw彼氏君見てるゥ~? 今から君の彼女助けに行きま~すw」と悪党のアジトに乗り込む
王国の中心部から少し離れたところにあるラックの町。
栄えているともひなびているとも言い難い町ではあるが、この夜、酒場は賑わいでいた。
「ウェ~イ!!!」
酒場で最も大きなテーブルに、一人の剣士が居座っていた。
金髪で目は青く、耳にはピアスを十個以上付け、細面で整った顔立ちをしている。
身につけている鎧も、近くに置いてある剣も、派手な彩色や装飾が施されている。
町の娘を何人もはべらせ、酒と料理を大量に注文し、絶え間なく騒いでいる。
「みんな飲め飲め~! 騒げ騒げ~! オレのおごりだ~!」
そんな剣士に顔をしかめる二人の男女。
ラックの町の青年マルコと、その恋人サンディ。
騒ぎには加わらず、二人で静かにエールを飲んでいる。
「……なんだあいつ?」とマルコ。
「旅の剣士らしいよ。数日間滞在するんだって」サンディが答える。
「剣士? あんなチャラついた剣士見たことねえよ。遊び人が剣持ってるようなもんだ」
「まあね」
「名前はなんつうんだ?」
「ええと、さっき名乗ってたけど……エドウィル・ドンファンだったかな」
どことなく名前までチャラついてんな……とマルコは心の中で毒づいた。
そんな二人にエドウィルも気づき、高いテンションで声をかけてくる。
「ウェ~イ! そこの二人も、オレらと一緒に騒がない!?」
マルコはあえて冷たい言葉で答える。
「結構。俺らはもう帰るんで」
マルコとサンディは共に席を立ち、酒場を後にする。
しかし、エドウィルは全く気にする様子もなく、その後も騒ぎ続けていた。
この日、深夜までこの酒場は盛り上がった。
***
翌日の昼過ぎ、ラックの町で騒ぎが起こる。
昨晩の酒場での賑わいのような、決して楽しい騒ぎではなかった。
歓迎されない客の来訪である。
「集金に来たぜぇ~!」
傷だらけで鎧をつけた大男の剣士――ゾギム。
彼をリーダーとするならず者集団『ゾギム団』が町に現れていた。
ゾギム団は傭兵崩れが集まって結成されたグループで、ラックの町を始めとするいくつかの村や町から定期的に“みかじめ”料金を取る。
腕自慢が揃っており、国や領主も対策を取れず、野放しになっている状態だった。
彼らに目をつけられた者たちは金を払うしかない。
とはいえ、金さえ払えば無茶なことはしない。
そのはずだった――
「足りねえな」
年老いた町長が代表して銀貨や銅貨が入った麻袋を差し出すが、ゾギムが鼻で笑う。
「こんなんじゃ足りねえなぁ~、全然足りねえ!」
ラックの住民たちはざわめく。
「そんな……」
「これ以上取られたら……!」
「どうすれば……」
ゾギムは周囲を見回すと、ニヤリと笑う。
「女だ。女をよこしな。売ればいくらか金になるしよ」
そう言って、ゾギムは騒ぎを見守っていたマルコとサンディに目をつける。
「とりあえず、その女でいいや! そいつをよこしな!」
ゾギムがサンディにずんずん近づく。
「ふざけるな! 誰が渡すかぁ!」
マルコは勇気を振り絞り、恋人を守るために立ちはだかる。
――が。
「どけや!」
マルコの顔面に巨大な拳がめり込む。
この一発でマルコはのされてしまう。
実力が違い過ぎた。
周囲の人間もこれを見ては、とても助けになど入れない。
「こいつはもらっていくぜ」
ゾギムに腕を鷲掴みにされ、サンディは連れて行かれる。
「う、うぐ……」
「マルコ、マルコーッ!」
ゾギム団の連中は笑いながら馬を走らせ、アジトに戻っていった。
意識を取り戻したマルコは、すぐさま彼らを追いかけようとする。
「くそっ……サンディを取り戻す!」
「無茶だ! 殺されるぞ!」
知人らは彼を止める。
「殺されたっていい! このままじゃサンディが……!」
押し問答をしていると、場にそぐわないゆるい声が割り込んできた。
「ウェ~イ、みんな楽しそうじゃん。何してんの?」
エドウィルだった。
昨晩は浴びるように酒を飲み、太陽もすっかり上った今、ようやく宿屋で目を覚ましたとのこと。酒が残っているのか、頭痛も訴えている。
相変わらずチャラいエドウィルの姿に、マルコは怒りを向ける。
「お前には関係ねえ! とっとと宿に戻って寝てろ!」
「お~怖っ! ところで、あれ? 君の彼女は? ゆうべは一緒だったよね?」
「うるせえな、関係ねえって言ってんだろ!」
頭に血が上っているマルコに代わり、他の住民が起きたことを説明する。
エドウィルはそれをうなずきながら聞いていた。
「なるほど、なるほど……悪い奴がいたもんだねえ~。オレも酒癖と女癖は悪いけどさ」
自分のジョークを我ながら面白いと思ったのか、ケケケと笑うエドウィル。
マルコはそれを睨みつける。
しかし、エドウィルは誰もが予想もしなかったことを言い放つ。
「よし、オレがちょっくら行って、そのサンディちゃんを助けてやるよ」
誰もが「ハァ?」と思った。
こんな酔いが覚めてない遊び人チャラ男剣士に一体何ができるというのか。
やめとけ、死ぬだけだ、と止める者も出る。
「だけどさっさとしないと、サンディちゃん、売られるか、ヤられるか、殺されるかしちゃうよ? こういうのはパパっとやんないと」
エドウィルが正論である。
こうしている間にもサンディの身に危険は迫っているかもしれない。
「つうわけで、オレが行くわ。誰かあいつらのアジト教えてくれる?」
散歩に行くような軽いノリで、エドウィルはゾギム団アジトに乗り込もうとする。
ここまでチャラいと、皆もエドウィルに頼もしさのようなものを感じていた。
ついさっきまで彼に怒りを覚えていたマルコも同様だった。
「……俺も行く!」
だが、エドウィルは右手で制した。
「悪いけど、あんたは連れてけない。足手まといだ」
「ぐっ……!」
「だけどさ……」
エドウィルは懐から水晶玉を取り出し、マルコに手渡す。
「これ、常にオレを映し出してる水晶玉ね。特別にあんたに貸してあげる」
「なんで、こんなものを……?」
「本来は女の子にオレの着替えシーンとかを見せる時に使うんだけど……」
どんな使い方だとマルコは眉をひそめる。
「今回はオレの戦いぶりを見ててくれよ。オレがかっこよくあんたの彼女を救うところをさ」
こう言ってエドウィルは愛馬にまたがって走り出した。
「お、おい! あまり揺れるなよ!? オレ、ゲロっちゃうから……」
その姿にマルコや住民たちは「ホントに大丈夫かな……」と思うのだった。
***
ラックの町で、マルコや町の住民は水晶玉を眺める。
水晶玉には馬に乗るエドウィルが映し出されている。
チャラい剣士は「うげぇ~」「吐きそう~」などの言葉を吐きながら、どうにかゾギム団アジトへと向かっていく。
ちなみにこの水晶玉、本来は敵地に赴く騎士等が仲間に情報を伝えるためのものであり、非常に高価なものであるという。
なぜそんなものをエドウィルが、という疑問が湧くが今はそれどころではない。
馬を走らせること20分、ようやくアジトが見えてきた。
アジトは石造りの建物だった。
かつてこの地に住んでいた商人が倉庫として築いたものだが、その商人が都に河岸を変えるタイミングで捨て置かれることとなった。
今ではならず者の巣窟となっている。
ゾギム団の総数はおよそ五十人。それも腕自慢揃い。
並みの戦士では挑んだところで、彼らを一人も倒すことなく死体に変わるだろう。
そんな死地に乗り込む直前にもかかわらず、エドウィルは――
「ウェ~イ、彼氏君見てるゥ~? 今から君の彼女助けに行きま~す!」
水晶玉を通じ、軽いノリでマルコに呼びかける。
マルコは苦笑いするしかない。
だが、もうこの男に賭けるしかないのだ。エドウィルがしくじれば、サンディの“幸福な女性”としての人生は終わりを告げる。
頼む……!
マルコは祈った。神ではなく、エドウィルという剣士に。
アジト内では、ならず者たちが盛り上がっていた。
たっぷり金は奪えたし、女も手に入れた。上々の悪事といえるだろう。
ゾギムも瓶に入った酒を飲みながら、ニヤニヤしている。
部下の一人がゾギムに顔を向ける。
「ゾギムさん、さっきさらった女ァどうしますぅ?」
壁際には縛られたサンディがいた。
ゾギムはより一層下卑た笑みを浮かべる。
「手ェつけんなよ。“中古”じゃあ、高く買わねえぞって人買いから言われてる」
ゾギムは顎を撫でる仕草をする。
「だが……別に“中古”でもいいかァ! 楽しんじまいな!」
男たちの目が一斉にサンディに向けられる。
色欲にまみれた下劣な眼光が注がれる。
「や、やめて……!」
サンディの悲鳴と同時に――
「オレも楽しむゥ~! ウェ~イ!!!」
ゾギム団の誰でもない声が飛び込んできた。
皆が振り向くと――そこにはエドウィルがいた。
必要以上に派手でチャラついたエドウィルの出で立ちに、ゾギム団の面々には「新入りか?」「俺らと同類か?」と考える者もいた。
ゾギムがエドウィルを睨みつける。
「誰だ……てめえ?」
「オレ? オレは……エドウィル・ドンファン! シクヨロ! ウェ~イ!」
チャラついた自己紹介をする。
「ふうん……で、何しにきた?」
「今言ったじゃん? 楽しみに来たって」
「ふん、もしかして俺らがこの女をさらうところを見てたのか? で、おこぼれに預かりたいと」
「ウェ~イ! まぁね、オレ女の子大好きだから! 女の子、サイコーッ!」
エドウィルがけらけら笑う。
その姿にゾギムらは呆れ、敵ではなく、ただのバカだと判断する。
「だったら大人しく順番を待ちな。いずれお前にも回してやる」
「いや、そうはいかねんだわ」
「あ?」
「オレは女の子と喋ったり飲んだり騒いだりすんのが好きでねえ。動けない女の子をムリヤリってのは全然趣味じゃないんだわ。だから――」
エドウィルがド派手な愛剣を構える。
「お前ら倒すのを楽しませてもらうわ!」
戦いを挑むつもりのエドウィルに、ゾギムは大笑いする。
「この人数相手にやるつもりか!? おい、お前ら……楽しむ前にこいつで準備運動してやれ!」
ゾギム団は傭兵崩れであり、全員が腕に覚えがある。
まず一人のならず者がエドウィルに斬りかかってきた。
だが、その鋭い太刀を余裕でかわすと――
「ウェ~イ!」
間の抜けた掛け声とともに、このならず者の両腕に傷が入っていた。
「うぎゃあああああっ!?」
「肉の筋を斬った……もう剣は握れねえだろ」
集団に向き直ると、エドウィルはヘラヘラとした表情を浴びせる。
「さ、次はどなた?」
ゾギムのこめかみに血管が浮き出る。
「やっちまええええええ!!!」
号令と共に、ゾギム団が飛びかかる。
決してデタラメな突撃ではなく、チームワークが取れている。
だが、エドウィルのチャラい笑みは崩れない。
「ウェイ、ウェイ、ウェ~イ!」
まるで踊るような動きで、派手に、素早く、そして正確に一人一人戦闘不能にしていく。
多勢が全く役に立っていない。
元傭兵であるゾギムもその戦力に戦慄し、「格が違う」と悟る。
そして、悟った時には――
「は~い、あとはお前さん一人な」
ゾギム以外、全員が床に伏していた。全員命はあるが、腕か足を斬られ、戦士としての命は絶たれている。
「さぁ、タイマンだ」
エドウィルに迫られ、追い詰められたゾギムが動く。
「くそぉっ!」
ゾギムはその身の丈に相応しい巨大なサーベルをサンディに突きつける。
「剣を捨てろ! 捨てねえと……この女の首を飛ばす! お前は女好きなんだろ!?」
サンディは青ざめ、この戦いを観戦しているマルコたちにも緊張が走る。
だが、エドウィルはいつも通りの表情である。
「……やるな」
「へ?」
「オレの女好きって性質を生かした、見事な戦法だ。分かった、剣は捨ててやる」
エドウィルは両手を上げ、剣を手放した。
これを見てゾギムも安堵する。
――が、エドウィルはその剣を蹴り飛ばした。
「な!?」
蹴り飛ばされた剣は回転しながらゾギムに飛んでいき、その右肩に突き刺さった。
「うぐぁっ!」
すかさずエドウィルは間合いを詰め、剣を引き抜くと、ゾギムの両膝あたりの肉を斬った。
うめき声を上げ、床に倒れるゾギム。
「あがぁぁぁっ! 足っ! 足がぁっ……!」
エドウィルはまるで運動を終えた後のように伸びをすると、サンディを縛っている縄をほどく。
「大丈夫、立てる?」
「あ、はい、何とか……」
「じゃ、帰ろうか。君の彼氏君がいる町に。こいつらはしばらく動けないし、領主にでも連絡して兵をよこしてもらおう」
エドウィルはサンディを連れ帰り、ラックの町は救われた。
ゾギム団は連絡を受けた兵士たちによって捕縛され、牢獄のある王都へと厳重に護送される。
これをきっかけに彼らと付き合いのあった人買いなどの悪党もかなりの数が一掃されることとなる。
いよいよエドウィルが旅立つ日、マルコはサンディを連れて真っ先に挨拶を告げる。
「エドウィルさん、あなたには本当に助けられた。どうもありがとう!」
「いやいや、オレは好きでやっただけだから」
「お元気で!」とサンディ。
「あんたらもな。またこの町に来た時は一緒に飲もうや! ウェ~イ!」
見送りに来た町民らは全員が「ウェ~イ!」と返し、エドウィルは笑顔になった。
そして、馬に乗って旅立つ。
その背中を見ながら、町長がこんなことをつぶやいた。
「そういえば、彼のフルネームはなんだったかのう?」
マルコが答える。
「エドウィル……エドウィル・ドンファンです」
「ドンファン……。そういえばこの王国にはドンファン家という名家があり、代々優れた騎士を輩出しているという。そして、一族でも類まれな才能を持った青年がいるが、とんだ放蕩息子で……という噂を耳にしたことがあるのう」
「……え!?」
「まさか、彼が……!?」
マルコとサンディが驚く。
その場にいた全員がエドウィルの方を向く。
しかし、彼の後ろ姿はもう声が届かないほど遠ざかっていた。
完
お読み下さいましてありがとうございました。