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シアワセ  作者: 真里貴飛
6/58

《5》

「疲れましたね……」


「歩き通しだったからな」


智花の言葉に首肯する。隣を歩く智花は言葉通りの疲れた笑みを浮かべている。かくいう俺も徒歩と電車移動の往復で若干足が棒のようではあるが。

今日は智花と朝から出先回りだった。計5社を歩き渡り、あとは会社に戻るばかり。

時刻は既に18時を回っている。日も暮れて辺りは薄闇が張っているが、日中容赦なく照りつけていた太陽熱が残っているのか、後を引くような暑さが居座り続けている。9月とはいえ、まだまだ夏は終わっていないみたいだ。


「本当に暑いですね……」


智花は手でぱたぱた自分を仰ぎ、持っているハンカチで顔を拭いながら歩いている。


……何か飲み物でも奢ってあげるべきだろうか?


ふとそんなことを考える。あとは会社に戻るだけなので、特に時間を気にする必要はない。智花が一刻も早く帰りたいとか、俺と行動するのが嫌じゃなければ、少しくらい寄り道をしても問題はないと思う。


……別に、他意はないけどな。


誰ともなく心の中で断りを入れる。先日の草野との一方的な勝負のことを思い出す。


『お前が智花ちゃんと付き合うのが先か、俺が鬼塚を捕まえるのが先か。負けたら、勝った方の言うことをひとつ何でも聞くこと』


ったく、勝手に変な賭けを吹っ掛けてきやがって。馬鹿げている。そもそも、賭けにする事案が対等じゃないし、意味が分からない。しかも、負けたら勝った方の言うことをひとつ何でも聞くとか……。気が滅入るったらない。


「先輩……?」


智花が心配そうに声を掛けてきて我に返る。

しまった、考え事をしすぎだ。もしかしたら、顔に出ていたのかもしれない。


「ごめん、何でもない」


反省しつつ、俺は辺りを軽く見回す。駅が間近に迫ったところ、アイスクリーム屋の店舗を認めた。


「花澤」


「はい、何ですか?」


「アイスクリームって好き?」


「ぇ?好き、ですけど……」


「寄ってくか?」


前方にある店舗を指差しながら尋ねる。


「え!?いいんですか?食べたいです!あ、でも……会社に戻るのが遅くなってしまうのは……」


ぱっと笑顔がはじけた智花だったが、まだ職務中だということを思い出してか眉根を寄せて困惑した顔になる。


「大丈夫。あとは会社に戻るだけだから。何も心配する必要はないよ」


「そう、ですか……?……では、お言葉に甘えてもよろしいのでしょうか?」


おずおずと智花が上目遣いで尋ねてくる。


……真面目だな、本当に。


俺は思わず苦笑する。そんな畏まらなくたっていいのに。たぶん、智花にとっては『帰るまでが遠足』みたいな考えなのだろう。俺もどちらかといえば智花寄りの考えだから、智花の気が引ける気持ちはよく分かる。俺も普通なら、どこにも寄り道などしないで真っ直ぐ会社に戻るタイプで、こんなことは初めてだ。ほんの気まぐれ。だろうな、きっと。


「先輩?」


「ああ、ごめん。よし、行こうか?」


「はい」


気を取り直して、俺は智花と店舗へと向かった。



「美味しいです……」


アイスクリームをスプーンで一掬いして口に運んだ智花は蕩けるような幸せそうな顔をした。至福の時、とでも言わんばかりの表情に見ているこちらも癒されるような気がする。微笑ましい気持ちで智花のことを見つつ、自分もアイスクリームを一口頂く。

うん、これは美味い。濃厚なバニラ味は甘すぎず上品な味わいで、熱く火照った身体を優しく冷やしてくれる。二口目、三口目と口に運びアイスクリームを堪能していると、不意に智花が口を開いた。


「ありがとうございます」


「ん?」


「こんな気を遣って頂いて」


「ああ、別に、そんな……。俺が食いたかったから。むしろ、付き合わせちゃってごめんな」


「いえ!そんなことないです。私は先輩とご一緒できて嬉しいです」


「ありがとう」


嘘でもそんな風に言ってくれるのは嬉しい。


単純(バカ)だな、やっぱり……。


智花に上手く〝よいしょ〟されて気分を良くした俺は更なる会話を試みる。


「仕事はどう?慣れた?」


「そうですね、まだまだ分からないことがいっぱいで、ついていくのに精一杯なところもありますが、だいぶ慣れたように思います。皆さん、すごく良くしてくれますし」


「そっか。……けど、この間はごめんな。品川に詰られちまって」


先日、智花は書類の記載誤りがあり、担当部署の品川にこっぴどく怒られてしまったのだ。その書類は智花が一度俺のところに持ってきてくれたもので、その際に記載事項で尋ねられた箇所があったのだが、俺と智花とで認識違いがあり、智花が叱られる羽目になってしまったのだった。


「先輩が謝ることじゃないです!私が確認を怠ったのがいけないんですから。私のミスです」


「いや、俺が悪かった。花澤は俺に確認しに来てくれたじゃないか。その時に俺が気づかなきゃいけなかった」


「いいえ、先輩は何も悪くないです。今思えば、私の言葉が足りてなかったですし……。先輩が気にするようなことは何もありません」


だから、大丈夫です、と一切の邪気のない笑顔で答える智花。


……駄目だ。このままいくと、話は堂々巡り。互いの(特に智花の)精神が摩耗していくだけ。後輩に気を遣わせっぱなしなのは俺の精神衛生上、非常によろしくない。俺は話を打ち切ることにした。


「んじゃまあ、この話はここまで。けど、仕事やってると色々と嫌なこともたくさんあるから。ストレスは溜め込まないようにな」


「はい、でも私は大丈夫です。私なりのストレス解消法がありますので」


「へぇ~、そんなのあるんだ。凄いじゃん」


「そんな大したものではないんですけどね。私、身体を動かすことが好きで、身体を動かしているとそれだけに集中できて、その時間は他のことを一切考えなくなりますから」


なるほど、と思った。日々の仕事中において智花の集中力は目を見張るものがあった。仕事の終盤、疲れがピークに達する頃でも、智花は一切だれることなく、仕事の手を休めたり抜いたりしているところを見たことがない。


……たまに、ちょっとだけ手を抜いても、なんて逆に思ったりするのは秘密だ。


「ただ、集中しすぎるあまり、たまに周りが見えなくなっちゃうこともあって、玉に瑕ですが……。先輩は何かスポーツとかやられないんですか?」


「俺は……特にこれといって何もやってないよ」


「そうなんですか?先輩、スポーツとか得意そうな雰囲気があるから、なんだかもったいない気がします」


智花は少し残念そうな顔を覗かせる。


「そうか?まあ、そこまで運動音痴でもなかったから、割と普通かな」


明るく返した俺だったけど、内心とても居心地が悪かった。嘘をついた。智花の〝雰囲気がある〟という言葉で、危うく言いかけてしまいそうだったけど、寸でのところで踏み止まった。

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