《52》
「……〝砂時計〟の呪いはもう終わったんじゃなかったのかよ」
力なく呟く。ひよりとの一件が全ての元凶ではなかったのか。
〝視線の主〟はひよりの妹であって、一切の危険は過ぎ去ったのではなかったのか。
誰だよ、花澤を誘拐したやつは……。花澤の身にいったい何が起こったっていうんだ。
疑問は止め処なく溢れてくる。そして、疑問の後に後悔が顔を覗かせた。
このままいくと、智花は死ぬ。
……。
何やってるんだ、俺は。俺は宣言したはずだ。智花のことを守ってやると。
それなのに……俺の間違った見切りによって、智花はたった今、命の危機に瀕している。
自分が情けない。守ってやると約束しておいて守れないとか、どんだけ嘘つきだ、俺は……。
ほとほと自分の無力さに辟易する。
……どうしてだろうか。
ふと自責の念は一旦止み、俺は唐突な疑問に駆られた。
どうして、ここまでする?
約束は確かにした。だけど、そもそも絶対に守れるという保証はどこにもなかったはずだ。
例え智花のことを守れなくても、こればっかりは仕方がない。運命。この一言に尽きる。
〝砂時計〟の呪いなんて誰が信じようか。
それに、あれだけ打ちのめされたばかりなのに、何で俺はその張本人を助けようとこんなに躍起になっている?
曲りなりにも約束をしたから、その義理を果たさなければならないと思ってる?
……いや、それくらいで火中の栗を拾いに行くようなことをするか?
じゃあ、あの4人に頼まれた使命感から?
……『頼まれた』は違う。むしろ、俺が4人を制して飛び出して来たのだ。
〝砂時計〟を視てしまった責任感だろうか?
……それも違う。別に、〝砂時計〟を視ようが俺は正義感に溢れるヒーローでも何でもない。ただのしがない一般人でしかない。
じゃあ……どうして?
「……はぁ」
俺はため息をついた。分かっている。他ならぬ自分のことだ。どれだけ自分を偽り欺いて認めようとしなくても、どれだけ向き合おうとせず目を逸らし続けても、それは変わらずそこに居続けて待っている。
普通、デートの約束をして待ち合わせ場所に何の連絡もなしに3時間も遅刻したら、相手は間違いなく怒って帰ってしまっているだろう。それが見て見ぬふりをして待っている姿を観察していようものなら、愛想を尽かされても何の文句も言えまい。だけど、俺のそれは文句ひとつ言わず、ずっと待ち続けていた。
……いや、サインは送ってくれていただろうか。いい加減、素直になれよとそれは半ば俺のことを呆れて見ていたかもしれない。
……。
今になって気づく。いや、〝気づく〟はまた違うか。真正面から向き合う覚悟が出来た、だ。
本当に今更だけど。
「……やべえ、本当にもう時間がない」
時計を確認すると、〝砂時計〟を見て感じたリミットまで30分を切っている。おそらく、15時が正真正銘最後のリミット。もう待ったなしだ。〝砂時計〟の呪いに抗えるかどうか……全ての答えはもうすぐ出る。
「行くぞ」
目的の駅に着くなり、俺は一目散に電車を飛び降りた。
「……何か静かだな」
駅舎から出た俺は街の案内板にて美術館への最短ルートを確認していたのだが、漂う空気がどこか閑散としていた。確かに、このエリアは件の美術館があるくらいで他に目立ったアミューズメントパーク等がないらしく、人が目を惹くような物は無さそうだが、それにしても、だ。
「上の方は何だか賑やかそうだけど」
後方を振り返って呟く。この区域は丘を切り崩して建てられた街のようで、今俺がいる駅の辺りは街の中腹にあたるらしい。上の方を見上げれば、タケノコやキノコがにょきにょき生えるみたいに家々が建っている。ちょうど駅から10数メートル垂直に上がった場所。少し突き出たようになっているその場所は、転落防止のための柵で囲われ、幾人かの人たちが見えた。街の憩いの場所なのかどうかは分からないが、活気に溢れる声がうっすらと聞こえてくる、
「何かイベントでもやってるのかな……って、今はそんなこと言ってる場合じゃない!」
そんな悠長なことしている余裕などない。俺は段々畑を下っていくように、美術館に向けて脱兎の如く駆け出した。




