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シアワセ  作者: 真里貴飛
52/58

《51》

っていうか、この赤……血、じゃないか!?


戦慄する。緊張に拍車が掛かる。本当にもう後がない。まざまざと実感させられる。

でも、この花丸と羊の文字は智花が残したものと考えてまず間違いない。誘拐事件を起こした犯人に傷つけられた中で、犯人に気づかれないように一瞬の隙をついて残した渾身のメッセージ。これを見た誰かに届けと、願いを込めたSOS。これは何が何でも読み解かなければ。


……でも。花丸と羊って、何なんだ?


考えてはみるものの、ピンとくるものがない。

まず花丸から連想できるものといえば……某朝のテレビ番組がいの1番に頭に浮かぶが、これはまず違うだろう。となると……う~ん。


みんなにも見てもらおうかと思ったが、すぐに考え直した。これが智花の血によって描かれたものだと分かれば、きっとみんな酷く動揺し精神的なショックを受けること必至だ。下手にこんな物を見せるわけにはいかないだろう。ここは、俺が答えを導き出すしかない。

俺は懸命に花丸に関する記憶を辿ってみる。


何か、何かないか……?


……花丸で思い出せるのは、小学校のテストくらいか。


やっとのことで思い当たったのが、俺が小学生だった時の記憶。あの当時、学校で催されるテストで満点を取った時には、担任の先生からピンクの蛍光ペンにて100点の点数と一緒に花丸を書いてもらった覚えがある。花丸も丸の一種なんだよな。よくよく考えると、子供を褒める時とかによく添えられてた感がある。おめでたい感じもあるな……。


それに、羊の一字。羊といえば、眠れなくなった時に数える定番だよな。現に俺も、智花の部屋に泊まらせてもらった時に数えたっけ。……結局、眠れなかったけど。


でも、これはさすがに違うか。羊=不眠の時に数える字。それと花丸って訳が分からん。


あと羊から連想出来るのは……干支?


羊は干支で言うところの8番目だけど……今年の干支は〝丑〟だったしな。8番目の〝8〟を羊の字が意味していたと考えても、花丸との関係がまったく結びつかない。

何か2つに共通項があるのか?


花丸と羊、花丸と羊、花丸と羊……。


それとも、花丸と羊を合わせることで、別の何かが見えてくる……というものだろうか。


……いや、全然分からん。共通点も何も、思い浮かびさえしないぞ……。


「うわっ!ヒドい……」


「どうしたの、真由ちゃん?」


しばらく思考に耽っていると、真由が何かを見つけたのか声を上げ、愛が寄り添う。俺も何事だろうかと移動する。


「コレ、花ちゃんが描いた球技大会で優勝した絵じゃん。せっかくの額縁が思いっきり割られてるよ。ヒドくない!?」


「ホント……どうしてこんなこと……」


真由と愛の顔が歪む。2人の手の中には、前に俺も見た智花の描いた絵があったが、表面に強い衝撃を与えられたようでガラス面が粉々に割れていた。


「でも、中の絵は無事みたいだわ。これなら、外の額だけ変えれば大丈夫じゃないかしら」


2人から絵を受け取った陽飛はじっと観察してから言った。


「ホントか、ハルヒー!?」


「嘘なんてつかないわよ。でも、真由の言う通り、これは酷いわね。何でこんなこと……。考えたくはないけど、これをやった人、智花に何らかの恨みでもあるのかしら?」


幾分、冷静さを取り戻したのか、陽飛は顎元に手を置きながら考え込む。


なるほど……。確かに、この部屋の荒れ方は異常だ。ただの物盗りの犯行であれば、こうまで部屋を荒らす必要性はない。でも、智花に対して何らかの恨みがある人物の仕業であれば、何もかもを壊す意味合いでやったことだと考えられる。


けど、あの花澤が誰かから恨みを買うようなことなんてするのか……?


……俺は例外としても。


言っておくけど、俺は立ち直ったわけじゃない。あれに関して、今はなるべく考えないようにしているだけ。本当ならこんなところ来るわけじゃなかったんだから―。


「ん?」


待てよ。そうか、俺は考え違いをしていた。あの花丸と〝羊〟の字はこの4人にあてて託したものだ。智花が誰かに襲われた後、この部屋に来ることになっていたのは、智花の誕生会を開催する4人だけ。俺は智花の中で最初から数に入っていない。俺が見つけることは想定していなかったはずだ。


ってことは、この4人をもってして花丸と羊に何らかの意味が―。


「けど、この絵、久しぶりに見たな。すごいよね、智花ちゃん。バスケも上手くて、絵だってこんなに上手に描けて」


「そうだよね~。〝天は荷物を与えず〟ってウソじゃん!花ちゃん、バスケは最強だし、可愛いし……ホント不公平だよね、世の中って」


「一応言っておくけど、〝天は二物を与えず〟だからね。荷物を与えてどうすんのよ……」


「こ、言葉のアヤじゃんか!ハルヒーの揚げ足取り!んでも、スゴくない!?この絵だって花ちゃん、賞獲っちゃったんだもん!表彰されて、展示されて……あーあ、あたしだって学校の卒業式以外でリボンつけてもらいたかったなぁ~」


リボン……?


「あんたは今一歩に欠けるのよ。何でもかんでも中途半端。それじゃあ、いつまで経っても賞なんか獲れないでしょうね。せっかく才能はあるのにもったいない。ま、珍しくバスケは続いてるからもしかするかも、だけど」


「な、何だよ、その上から目線は~!っていうか、けなすのか褒めるのかハッキリしろよなー。怒ってイイのかわっかんないじゃん……」


……ちょっと待て。


この4人と智花を繋ぐのは〝バスケ〟を置いて他にない。バスケが繋いだ仲間たち。みんなに託したこの花丸は……きっと、称賛の証。


1つ、失念していた。このメッセージを残すのに、智花に時間はそう無かったはずだ。これだけ部屋を荒らされるほどの事態が起きて、血が流れるような目に遭って、悠長にメッセージを考えて書ける時間なんてどう考えたって無いに決まってる。これは突発的に、ノータイムで残したメッセージだ。


そう考えれば……この掠れた〝羊〟の字はもしかして書きかけだったんじゃないのか?


……たぶん、智花は〝羊〟じゃなくて〝美〟って書きたかったんだ。


そのバスケを認められた、表彰された絵にはきっと、賞と一緒に花丸然としたリボンが添えられたはずだから。……あの美術館しかない!


「あ、どこ行くの!?まーくん!!」


当たりをつけ、部屋を後にしようとして真由に声を掛けられる。陽飛がはっとして訊ねた。


「もしかして、智花のことで何か分かったんですか!?」


「ああ、何となく、だけどね」


「ホントですか!?」


「じゃあ、私たちも―」


「いや、ここは俺に任せてくれないか?」


ぱっと笑顔を見せる愛と頷き合い、後に続こうとする陽飛の言葉を遮って俺は言った。


「えぇ~!!何でさ!?あたしたちだって、花ちゃんのことメッチャ心配なんだよ!?まーくんだけイクとかズルいよ!」


「……ごめん。みんなの気持ちは分かる。だけど、駄目だ。もしかしたら、これから行く場所には危険なことがあるかもしれないから。みんなを、みすみす危険なことに巻き込みたくないんだ」


真由の不平をしっかり受け止め、俺は切実に言葉にして返した。

本当は俺だって心細い。だけど、相手は〝砂時計〟。待つのは〝死の運命〟だ。100%危険だと分かっていることに、何も知らないみんなを巻き込むだなんて、どう考えてもあり得ない。ここは俺だけが行くべきだ。


―つん。


「え……?」


「勇者の宝刀」


俺の背中を突いたのは比奈子。硬い棒のような感触があり、振り返ってその手にしていた物を見て思わず目を見開いた。


どうして俺のラケットがここにあるんだ……?


「比奈子、そのラケット……まさか、高梨さんの……」


……え?


「なにぃ!?まーくんのラケットだって!?」


「え、でも、比奈子ちゃん、何で高梨さんのラケット持ってるの?」


「家のトイレ借りた時、勝手に拝借」


あの時か。今比奈子が言った通り、真由と比奈子が俺の家に俺を迎えに来た際、いざ出発となって比奈子はトイレを借りたい素振りを見せた。俺は快く貸したが、まさかあの時、そんな物を探してるだなんて夢にも思わない。


……と言うより―。


「ヒナ、それちょっと貸して」


「くるりんぱ」


比奈子はラケットを一回転させて真由へと手渡す。


「ちょっと真由、大切に扱いなさいよ?高梨さんの大事な物なんだから」


「分かってるよ!ハルヒーはいちちうるさいなぁ……。……むむむむむ!っと」


「何やってるの?真由ちゃん」


ラケットを手に、眉間に皺を寄せてきつく目を閉じ、唸り声を上げる真由に愛が訊ねる。


「なにって……見て分かんない?まだまだだな、シーナイ。念を込めてたに決まってんじゃん!!」


「念?」


「だってまーくん、花ちゃん救出にあたしたちを連れてってくんないんでしょ?ショージキ不満だけどさ。でもだったら、せめてあたしたちの気持ちを持ってってもらうしかナイじゃん!!」


「真由ちゃん……」


「真由、あんた、たまには良いこと言うじゃない」


「〝たまには〟は余計だろ!ホラ、ハルヒーもシーナイもヒナも念込めて!」


「ふふ、了解」


真由に促され、陽飛がラケットを譲り受ける。


「……」


陽飛は目を閉じ、言葉さえ発しないが真剣な面持ちで想いを注いでるようだった。


「智花ちゃんがどうか無事でありますように……」


陽飛からラケットを渡された愛も同様に目を瞑り、祈るように一言呟く。


「パワー注入」


比奈子も前3人に倣うようにしてラケットを手に言葉と想いを込めた。そして再び、ラケットは真由へと戻ってくる。ラケットというバトンは俺へと差し出された。


「ハイ、まーくん。あたしたちが一緒に行っちゃダメなら、このラケットは持っていって!んでもって約束!花ちゃんのこと、絶対に救い出すって約束して!!」


真由には珍しく(と言ったら失礼だけど)真摯で真剣な眼差し。


……熱いな。


確かな熱が俺へと伝わる。正直言って熱すぎる。俺は力強く頷いた。


「ああ、約束する!ラケット、ありがとう。みんなの想いは確かに受け取った。花澤とみんな、また絶対に会わせてみせるから!」


「絶対だかんね!」


「くれぐれもお気を付けて!」


「お願いします!高梨さん」


「運命を信じてます」


4人の声援を背に、俺はラケットを握り締めて智花の家を飛び出していった。

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