《49》
―ドンドンドンドン!
「な、何だ何だ!?」
金曜日、ぼんやり朝の情報番組を眺めながら智花の誕生会を断る言い訳を考えていたところ、突然部屋をノックする音が聞こえた。しかもその音は、ドアを叩き割ろうかと言うくらい尋常ではない激しいもので、何事かと思わず身体を退いた。
―ドンドンドンドン!
しばらく様子を窺っていたのだが、ノックが終わる気配は一向にない。
……その道の怖いお兄さんとかだったらどうしよう。
誰かに借金でもしてたか、などと思いながら、俺は腹を決めてドアを開けた。
「いるんじゃん、まーくん!!」
「確保」
「え、井口さんと小田さん……?」
ドアの外には真由と比奈子の姿があった。私服姿の2人。真由は可愛らしいポシェットを肩に掛け、比奈子はカメの甲羅にも見紛えるほど大きなリュックサックを背負っている。
「なんだよ、居留守使ってたのか~。危うく帰りそうになっちゃったじゃん!」
「包囲」
むくれっ面の真由といつも通りの無表情の比奈子。俺はただ唖然とする。
「どうして2人がここに……?」
「まーくんのこと迎えにキたに決まってんじゃん!」
「いやでも、俺ん家なんて教えてなかったよね……?」
「ふっふっふっふ、まーくん。ヒナのことナメたらダメだよ?」
「え……?」
「引率」
意味深に悪い笑みを浮かべる真由と、一言呟いて俺のことを指差す比奈子。
……まさか、いつの間にか尾行されてたんじゃ。あり得な……くはない。
もし、比奈子に尾行されていたとしたら、たぶん気づかない。持ち前の〝能力〟を活かして俺の視線をいなしていたのだろう。
……怖っ。
「ま、積もる話はさておき。じゃあ、まーくん。イクよ?」
「え?行くって、どこに?」
「……まーくん、ふざけてる?イクって言ったら、花ちゃん家しかナイでしょ!?」
いつイクの!?と問われたけれど、申し訳ないがご期待には添えられなかった。
「あ、いや、今日は、その……俺、あんまり運勢良くなくて、外に出たくない気分なんだよね……」
真由にぐいぐい引っ張られながら必死の抵抗。しかし、
「つべこべ言わない。為るようになれ」
「……はい」
比奈子の凄みにあっさり負けてしまい、俺は真由と比奈子に連行されてしまうのだった。
「はぁ」
2人に気づかれないように小さくため息をつく。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。気が滅入るったらない。何で自ら死地へと赴かなければならないのか。どう考えたって、俺が顔なんか出したら場の空気を凍りつかせること請け合い。歓迎されるなんて絶対にあり得ないと断言できる。
……きっと井口さんたちは知らないんだろうな、俺と花澤の間であったこと。
でなけりゃこんなお誘いするわけがない。
……ん?いや待て。
もし、万一、〝知ってる〟って可能性もあるのか?
……いやいやいや。さすがにそれは……。
……。
井口さんたちも一枚噛んでたら鬼すぎるだろう。そん時は泣くぞ。思いっきり。
……あーあ、帰りたいな。
『今日のいて座のあなた!今日のあなたは一生を左右してしまうくらい重大な決断に迫られちゃうでしょう!!え?迫られるなら可愛い女の子が良かった?人生はそんなに甘くないですぜ、旦那☆―っと、ちょいと脱線したので占いの続きね。
それが災厄となるか幸福となるかは、あなたの心意気次第♪周囲に流されることなく、あなたの意思で行動してください!YESマンなだけじゃダメですよー!!ちゃんとNOと言える日本人になりましょうね!ラッキーアイテムは忘れ物です♪』
……既に思いっきり流されてるんだが。
今朝のお目覚めテレビの占いコーナーで七尾優空が言っていたことを思い出して更にテンションが下がる。何故だか今日も早い時間に目が覚めてしまったため、何となくテレビをつけて眺めていた。
一生を左右するくらい重大な決断って何なんだろうな……。
〝たかが占い〟なのだが、お目覚めテレビの占いはけっこう当たるからバカには出来ない。
絶対に家から出ないって思ってたのにな……はぁ。
さっき真由に言った理由もあながち嘘ではなかったのだ。こんなこと言われたら、上手いこと今日をやり過ごそうと思うのは当然のことだろう。
まったくもう、勘弁してくれ……。
俺は陰鬱な気分で満たされていた。
道中、真由の会話を適当に付き合いながら智花の家へと向かった。何とか逃げ出せないものかと考えたが、考えるだけで止めておいた。
……井口さんはともかく、小田さんを怒らせたら何が起こるか想像つかないし。
「あ、真由ちゃん、比奈子ちゃん、高梨さん」
「来たわね」
智花の家の前には既に愛と陽飛が待機していた。2人の両手にはパンパンに詰まったビニール袋が提げられている。食材などを大量に買い込んできたようだった。
「ちゃんとまーくん捕まえてきたゼ!」
「連行完了」
敬礼する真由と比奈子。
「ふふ、ご苦労様。お久しぶりです、高梨さん。今日は無理を言ってしまってすみません」
「あ、いや……」
陽飛は俺へと向き直り、深々お辞儀する。俺は歯切れ悪く返すだけで精一杯。
そんな畏まられたら、嫌がりたくても出来るわけがなくなる。見事な牽制球だった。盗塁さえさせてもらえない。
「実は、高梨さんが来ること、智花ちゃんに伝えてないんです。サプライズにしようと思って。智花ちゃん、きっとびっくりすると思いますよ」
「そう、だね……」
無邪気100%の笑顔を向ける愛に俺は乾いた笑みしか返せない。
そりゃあ、知ってたら花澤、絶対願い下げだろうしな……。
「ねーねー、もうみんな集まったんだしさ、花ちゃん家に突撃しない!?」
「そうね。ちょっと早いけど、いいんじゃないかしら?」
「えへへ、楽しみだね!」
「うぬ」
「……」
真由の提案をみんな快諾し、いざ智花の家へ。
いよいよ、か……。
るんるん気分の4人とは裏腹に、俺はごくりと喉を鳴らし緊張と共に後に続く。
まるで、死刑執行へと臨む囚人のような気分だった。
智花の部屋【209】の前に4人+俺が並び立つ。
陽飛がインターホンを鳴らした。




