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シアワセ  作者: 真里貴飛
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《4》

「……まあ、でも良かったんじゃね?」


「良かった?……おい、さすがに怒るぞ?」


明け透けに草野に言われ、カチンときた俺は静かな口調で怒りを伝える。

あんな目に遭わされて到底『良かった』などと思えるはずがない。


こいつ、俺にケンカでも売ってるのか?


草野は慌てて否定した。


「ちげーよ、勘違いすんなって!つーか、その拳を引っ込めろ」


草野に言われ、俺は右の拳がいきり立っていることに気がつく。

っと、危ない危ない。危うく俺の渾身の右ストレートが放たれるところじゃないか。

俺は何事もなかったように右手を引っ込める。草野はほっと息をついた。


「じゃあ聞くけどよ。お前、あのまま菜穂ちゃんと付き合えたら良かったのかよ?」


「それは……」


ない。菜穂のキャラクターは好きだったけれど、正体を知った今となってはこちらから願い下げだ。草野は畳み掛けるように続ける。


「下手したらよ、お前、もっとヒドイ目に遭わされてたかもしれないんだぜ?例えば、付き合った振りされて、金を巻き上げられて『はい、サヨウナラ』って」


「……」


そうかもしれない。草野の言う可能性は十二分に考えられる。菜穂ならそれくらいの芸当など朝飯前だろう。


「そんな大惨事になる前に分かって良かったじゃんか。そりゃあキツかったろうさ、特にお前はそっち方面の経験がゼロに等しいんだし。普通耐えらんねーよ。……お前はよくやってる」


「……ありがとう」


どんだけ上から目線だよ、と思わないではなかったが、励ましてくれている草野をありがたく思った。


「だから、そろそろいいんじゃねーの?菜穂ちゃんとのことがあってからもう1年くらい経つだろ。いい加減次にいったって」


「……分かってる。分かってるよ、俺だって。でも―」


歯切れの悪い俺の言葉を草野は盛大なため息で遮った。


「また出た、お前お得意の『でも』が。気持ちは分かる。けどだからって、いつまでもこのままってわけにはいかねーだろ。過去を幾ら振り返ったところで所詮『過去』なんだよ。過去は変わらない。変えることが出来るのは未来だけだろ。違うか?」


よくもまあ、こんな恥ずかしいことが言えるな、と思ったけど口には出さない。草野は俺のことを本気で想って言ってくれている。草野の言う通りだ。いつまでもこのままでいられるわけがない。理解はしている。

ただ、一歩を踏み出そうと思った時、ごちゃごちゃ思考がない交ぜになって、あらぬ不安や恐怖、緊張が俺のことを急き立ててくる。正常に頭が回っていかない。たぶん、俺の頭のネジは1本どころか何本も抜け落ちているのだろう。考えれば考えるだけ収拾がつかなくなる。頭に浮かぶフローチャートは無限に連なり終わりが見えない。段々と気が滅入ってきて、仕舞いには頭が痛くなってくる。


「ちっ、いい加減にしやがれ」


忌々しげに吐き捨てるように言った草野に、俺は慌てて謝った。


「ご、ごめん。草野が真剣に考えてくれてるのは分かるし、ありがたいけどさ。俺―」


「へ?お前、何言ってんの?」


「え?だってお前今、俺に怒ってたんじゃないのか?いい加減にしやがれって……」


「あ、ああ、悪い。お前のことじゃねーよ。あっち」


草野が親指を突き立てた方に振り向くと、少し古い型のテレビがあり、ニュース番組が流れていた。


『本日未明、戸松海浜公園で高校生とみられる少女が遺体となって発見された事件の続報です。犯人とみられる男の姿が現場付近のコンビニエンスストアの防犯カメラに映っており解析したところ、犯人は強盗殺人などで指名手配中の鬼塚永一だと判明しました』


「連続殺人……」


「ああ、ったくこっちに来て1年経たない内にこんな事件が起こりやがって」


草野は苦虫を噛み潰した顔をする。草野は警察官で去年まで神奈川県警に配属していたのだが、今年から千葉県警に異動となっていた。


「しかも、犯人は鬼塚永一だぁ!?ふざけんなよ、クソ野郎!」


よもや警察官とは思えぬ悪態をつく草野。

それにしても、この怒り様は草野にしては珍しかった。普段、草野はよほどのことがない限り、怒ったりなどしない。


「草野、そいつと何かあったのか?」


「何かあったどころじゃねーよ!あの野郎は俺の友達を殺しやがったんだ!」


飲んでいたジョッキを勢いよく置いて、草野はお代わりを注文してから続けた。


「そいつはまだ高校生の女の子で、俺が巡回中にたまたま知り合ったんだ。外見も可愛かったし、話してみると面白い子ですぐに仲良くなった。ただ、何度か会う内にその子が抱えている問題も色々見えてきて。家、というか家族のことだとか。1番悩んでたのは同級生の男のことだったけどな」


「それってつまり……」


幾ら鈍い俺でも察した。草野はこくりと頷く。運ばれた新しいジョッキを片手に草野は続けた。


「好きな男のこと。こんなことがあった、あんなこと話した、とか凄い順調そうで楽しそうだったんだけどよ。ある日を境に急にそいつと上手くいかなくなっちまったみたいで。それからどことなく元気がなかった。どんだけ励ましてやっても、空元気というか、無理して顔に笑顔を張っつけてるって感じ。クリスマスも近い時期でさ、『クリスマスパーティーでも開いてそいつ呼んでやれば?』って助言したら、俺の言う通り誘ってみたようだけど、それも駄目だったみたいでな。……その年末だったよ。その子は鬼塚に殺された」


「……」


言葉にならなかった。今の話を聞く限り、女の子は好きな男の子と上手くいかないまま殺されてしまったことになる。それは、余りにも可哀想すぎる。


「相当の無念だったろうぜ。そんなの未練がありまくりだっての。せめて最後に1度だけでも好きな男に会わせて話でもさせてやりたかった」


「でも、2人の仲はあんまり良くなかったんじゃ……」


そんな状態で2人を会わせられたとしても、堂々巡りどころか、更に辛い別れにでもなってしまうのではないかと思った。……もし、そんな機会が持てたら、の『たられば』仮定の話ではあるが。

草野は大きく首を横に振った。


「いんや、2人はマジで仲良かったね。男もその子のこと好きだったと思う。女の子が話してくれた内容を鑑みても120%そう感じた。俺は2人が疎遠になっちまった原因は何らかの勘違いとかそういう類のことなんじゃねーのかなって思ってる」


「……それは辛いな」


「辛い。辛いし、悔しいし、やりきれない。何とかしてやりたかったって、今でも思うもんな」


草野はグビッとビールを口に注いだ。寂しげな表情を覗かせた草野はどこか意外だった。イメージが変わる。もっとおちゃらけて、チャラチャラ能天気に明るく、ふざけ調子の男だったのが、情に厚く真面目な模範的な警察官の男に見えてくるから不思議だ。

不意に「だからよ」と草野が言った。


「お前も後悔しないように頑張れよ。人間なんていつ何が起こるか分かんねーもんだから。下手したら、明日死んじまう可能性だってなくはない。お前の中で燻ってるもんがあるなら、諦めないでぶつかってみろって」


「草野……」


不意打ちだった。草野の言葉は思わず心の中を熱く滾らせ、溜め込んでいた何かが溢れそうになる。


「明日死んじまったらもとも子もないけどな」


悟られないように、皮肉っぽく返すので精一杯だった。


「素直になれよ、このへそ曲がりめ。……よし、じゃあ勝負しようぜ?」


「勝負?」


「お前が智花ちゃんと付き合うのが先か、俺が鬼塚を捕まえるのが先か。負けたら、勝った方の言うことをひとつ何でも聞くこと」


「はあ?お前な……」


警察官がなんつー賭けを持ちかけてくるんだ。ていうか、勝負の内容が不公平だと思う。草野の場合、完全な仕事であるわけで。


「絶対負けないからな!」


「……不戦勝も覚悟しとけよ」


嬉々としてジョッキを向けてくる草野に、俺は渋々自分のコップを合わせた。

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