《48》
―ジリリリリン、ジリリリリン!
草野との電話の後、変わりなくだらだら1日を浪費した俺は、そろそろ寝ようかと思っていたところ、けたたましい音に思わず飛び退く。携帯電話の着信らしいのだが、こんな音を設定した覚えはまるでなかった。ディスプレイを見ても、登録されていない番号が表示されている。
誰だ、これ……。
「……もしもし」
俺は恐る恐る電話口に出た。数コール様子を見たものの、相手が諦めてくれる気配がまったくなかったため、仕方なく出てみることにする。
『おっそいよ!まーくん!電話に出るのにどんだけ時間掛かってんの!?』
「え……もしかして、井口さん?」
予想さえ出来なかった相手に驚くばかり。電話の向こう側からあのテンションを引っ提げた他ならぬ真由の声が聞こえてくる。
『ヒドいよ、まーくん!もしかしなくてもあたしだよ!まさか、あたしの声を忘れちゃったの!?』
「い、いや、忘れてはないけどさ……。知らない番号だったから、出るのにちょっと躊躇しちゃって。井口さんはどうして俺の番号を?」
『知らない番号?あれ?おっかしいなぁ~。打ち上げの時、あたしの番号ちゃんとイれといたはずだったんだけど……』
「打ち上げの時?」
真由に言われて思い出した。先週の土曜日、〝シューティング・スターズ〟と〝ムーン・ドリップス〟の試合後、両陣営は揃ってファミレスで打ち上げを敢行した。メンバーたっての希望で俺も参加したのだが、途中、俺の携帯電話が見当たらなかった時間帯があった。そうか、井口さんが持ってたのか。
『あっれー?忘れたハズないんだけど……ま、いっか。んじゃ気を取り直して、愛しの真由タンだよん♪』
「はは、久しぶりだね。どうしたの?」
相変わらずのテンションに笑みが溢れる。
それにしても、今日は電話がよく掛かってくるな。と言っても3件だけど。
草野との電話の後、夕飯時になって実家からも掛かってきていた。どうせ「彼女はできたのか?」「いつになったら結婚するのか?」などといつも通り経過報告を迫られる電話だろうと思って、俺は電話を取りもしなかった。今はそんなこと話す気にもならない。また折りを見て掛け直そうと思う。
『まーくんにお願い、っていうか、命令があって!』
〝お願い〟が〝命令〟って……強制力が一気に跳ね上がった気がする。真由は勢いそのまま本題へと突入。
『明後日の25日だけど、まーくん絶対に予定空けておくように!!』
「25日?何かあるの?」
かなり強い真由の念押しに、俺は何事かと思い内容を訊ねる。すると、真由はため息交じりに答えた。
『なぁに言っちゃってるのさ!〝何か〟どころじゃないってば。誕生日だよ、誕生日!』
「誕生日?へぇ、井口さん25日が誕生日なんだ。おめでとう」
なるほど、それで誕生日会でもやろうってことなのかな。などと思っていると、真由にばっさり否定される。
『違うよ!あたしは2月11日。その時はちゃんと招待するから絶対キて!死んでもキて!』
「あ、そうなんだ……。え、じゃあ誰が―」
『花ちゃんに決まってんじゃん!!』
訊き終える前に真由が答えを教えてくれる。がその答えに思考がフリーズする。訊き返すのに数秒を要した。
「……花澤の?」
『そーだよ!そう言ってんじゃん。まーくん知らないとかあり得ないよ、まったくもう!!』
何故だか真由に怒られ「ごめん」と一言謝るが、思いもよらない展開に一瞬何が何だか分からなくなる。
えっと……つまり、何だ?
井口さんの命令って、花澤の誕生日会に俺が来いってこと、か……。
いや、無理だろ!?
「あの、井口さ―」
『花ちゃんの誕生日会にまーくん来ないとか100%ナイから!もうね、アレだよ?〝イチゴの乗ってないショートケーキ〟みたいなモンなんだから!!』
「いや、その、えっと」
断固断りを入れようとするものの、俺の言葉は真由の勢いによって霧散してしまう。
『んー?なぁに、まーくん。まさか〝来ない〟なんて言わないよね?』
「う……」
『そんなの絶対ダメだから!!まーくんも仕事休みだって知ってるんだからね。みんなも有給使って集まるんだから、そこんとこヨロシク。ってなワケで、金曜日のお昼前からスタートだよん♪集合は花ちゃんの家の前に11時20分で!!そんじゃね~』
「あ!ちょ、ちょっと待って―」
懸命に会話を続けようとするものの、用件を伝え終えた真由は一方的に電話を切ってしまう。俺の耳に通話の虚しい残響だけが後を受ける。俺は力なく携帯電話を畳んだ。
「……どうすりゃいいんだ?」
何ていう爆弾を投下してくるのか。智花の誕生日会だなんて行けるわけがない。あんなことがあったのだ、どの面下げて「おめでとう」を言えばいいのだろう。
というか、俺、絶対行っちゃ駄目な人間だろ。招かねざる客。ミスキャスト。どう考えても行かないのが正答。
「……とりあえず、明日の花澤の様子見ながらそれとなく断るか」
上手い言い訳をあれこれ考えつつ、俺は寝床に入った。
しかし、俺の計画はあっけなく頓挫することになる。
翌日も、智花は体調不良で欠勤してしまうのだった。




