《47》
「……」
秋分の日。俺は点けっ放しのテレビをただぼんやりと眺めていた。
昼下がりのワイドショーは、隠し子騒動で平謝りした司会者と公共の面前で警察官に暴言を吐いた芸能人、禁止薬物を使用し子供を置いて逃亡した芸能人など曰くつきのある意味豪華な布陣で、取り上げられたニュースにコメントを述べている。
連続殺人事件の続報や大学病院の不祥事、芸能人の熱愛やアイドルグループのスキャンダルなど内容は多岐に及んでいたが、俺は聞き流すだけで内容をほとんど覚えていなかった。
それというのも、昨日から生じ始めた原因不明のもやもや感。何をするにしても、何故だか気持ちが定まらず、集中力がどこか散漫だった。仕事で疲れているのかと思いきや、休日となってだらだら過ごしている今日でさえ、ずっとこんな状態が続いている。
「……」
俺はいったい、どうしてしまったのだろうか。こんなこと、今までなかった。
何をしても身が入らず、手がつかないだなんて……。
『先輩……!!』
不意に、智花の叫ぶ声が脳内にリフレインされる。ズキリと胸が痛んだ。
あの後、智花から数回に渡り俺の携帯電話に着信があったが、俺は全部無視を決め込んだ。
電話口に出ることなく、しまいには携帯電話の電源を落とした。
翌日になってから電源を入れると、智花からの不在着信を知らせるメールが数件来ていた。
今更、俺に言うべきことなど何もないはずだ。花澤だって気づいただろう。俺のあからさまな態度に、花澤が隠してきた気持ちを俺に知られてしまったことは。
どうせ、〝ほんの遊び〟だったのなら、俺なんかに固執する必要なんてない。また別の男に寄り添っていけばいいだけの話。花澤なら引く手数多なはずだろう。
でも、昨日智花が欠勤したことには少なからず驚いた。入社して向こう6ヵ月、初の欠勤。
しかも理由は体調不良。本当だろうか?思わず勘ぐってしまう。あの日、特に体調が悪そうな風には見えなかった。
……俺のせいか?
「はは、んなわけないだろ」
自惚れも大概にしろ。俺なんて露ほどにも影響を与えるはずがない。それはあの言葉で痛感している。
大方、化けの皮が剥がれて俺にその正体がバレてしまったことを悟り、今後の身の振り方を考えるための時間が必要だったのかもしれない。
「……っつ」
また、だ。胸の辺りがぐっと苦しくなり、ズキズキ頭が痛む。
智花のことを考えれば考えるほど、息苦しくて頭が痛くなってくる。
何だよ、これ……。
頭痛、といえば、昨日の品川は傑作だった。智花が体調不良で欠勤したことを知り、1日中ずっと頭を抱え込んで死んだような生気のない顔をしていた。おそらく、俺の忠告が効いたのだろう。あんな噂を流した罰が当たったのだ。おかげで、平和な1日だったのだが。
そうか。もしかして本当に、品川の噂のせいで花澤は気分を害して休んだのかもしれない。
そうだよな、その可能性の方が高そうだ。俺なんかと噂にだなんてなりたくなかったはずだから。
―ピピピピィ、ピピピピィ。
1つ結論を出したところ、テーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴り出した。着信音からして智花のものではない。職場や友人、家族などカテゴリーごとに着信音を設定してあるので、その音を聞けば相手のだいたいの予想がつく。この音は―。
「もしもし」
『おー、元気にしてたかー?』
能天気そうな声に若干イラっとくる。電話の相手は草野だった。実に2週間近く音沙汰がなかったくせに、この悪びれない態度に苛立ってしまうのは無理もないだろう。
「元気にしてたかじゃないだろ。俺、お前に電話したのに、折り返しの連絡がいっさら無かったんだが」
『あ、悪い悪い!ちょうど仕事が立て込んでて、電話するヒマが全然なかったんだよ。マジでごめん』
「まあ、それなら仕方ないけど」
基本的に連絡をすれば草野は絶対に忘れることなく折り返してくれる。だからこいつの場合、仕事の可能性は十分頭にあった。こう謝られてしまっては許す以外他にない。
『で、何かあったのか?』
「あったにはあったけど……もう済んだ」
今頃訊かれても、その件は既に終わってしまっている。今更穿り返すのも面倒くさい。
『何だよ、それ……。あ!まさか、お前……智花ちゃんを遂に落としたのか!?』
「何でそうなんだよ……あるわけないだろ、そんなこと」
全然見当違いの答えを出した草野に、思わず吐き捨てるように言って返す。
『ん?どうした?何か機嫌悪くない?……智花ちゃんと上手くいってないのか?』
「だから、俺と花澤はそんなんじゃないって言ってるだろ?いい加減にしないと切るぞ」
草野に茶化す空気はまったくないが、今、その話題に触れられたくなかったため、さっさと切り上げたかった。草野は慌てた様子で口を継ぐ。
『ああ、分かった分かった!その話はしねぇから!だから切んなって!』
「……分かったよ。んで、今日の用件は?」
『何か今日尖ってんなぁ』
「……やっぱ切る」
『あー、待て待て待て!今日はちょっとした報告があってだな』
「報告?」
『前にした賭けあっただろ?それがもうすぐ達成出来そうなんだよ』
「それって……」
『鬼塚の潜伏先の目星がついてな。近々、突入することになってるんだ。これでヤツも終わりさ。今度こそ、ヤツの息の根を止めてやる!』
「おいおいおい、息の根を止めたらさすがにまずいんじゃないのか……?」
『わーってるって。言葉のアヤだって。そんくらい気合いが入ってるってことだよ』
呆れ調子に言うと、草野はからから笑った。
「そっか。まあ、気をつけろよ?」
聞けば、鬼塚は複数の人間を手に掛けている。今日のワイドショーでもやっていた。何となくでしか覚えてないけれど。人を殺すことに何の抵抗もないのであれば、どんな凶行に及んでくるのか分からない。用心するに越したことはないだろう。
『お、心配してくれんのか?』
「当たり前だろ」
『サンキュー。まあ、頑張るよ。んでよ』
「ん?」
『賭けの件だけど。もし俺が勝ったら、お前、智花ちゃん―』
―ピ!
草野の言葉を聞き終わる前に、遠慮なく通話を切断した。
ったく、あれだけ釘を差したってのに。まったく、懲りないやつだ。
「……けど、そんな凶悪犯と戦り合うだなんて、本当に危ない仕事だよな。……あいつ、無茶しなきゃいいけど」
俺は携帯電話のディスプレイを眺めながら、草野の無事を願うのだった。




