《44》
「うわぁ……」
目的地に着くなり、智花は感嘆の声を上げた。目の前に絶景が拡がっている。
俺も智花と同じく「凄いな……」と漏らす。
70Fの展望フロア兼〝スカイ・フィールド〟。最上階のこのフロアは、眼下に拡がる街並みを悠々一望することができ、尚且つ、球技で遊べるスペースが設けられていた。
「凄いです!先輩、街があんなに小さくて、とても綺麗です……」
先ほどまでの気落ちした様子はまるでなく、智花は興奮しきりに小さく見える街並みに目を奪われていた。いつの間にか時間が思ったよりも経っていて、夕暮れが街を照らしている。神々しいと言っても過言ではないような黄金色が降り注いでいて、それに応えるように街々が光り輝く光景は思わず息をするのも忘れるほどだった。
「あ、先輩!あそこ、昨日の会場も見えますよ!」
「お、本当だ」
「先輩先輩!あれが私の通ってた大学で、あっちが―」
テンション上がりまくりな智花は、自分の懐かしいスポットを見つけては感慨深い様子で解説してくれる。俺は智花の案内を相槌を打ちながら聞き役に徹した。
「……あ」
「ん?どうかした?」
不意に、智花の声のトーンが下がって俺は訊ねた。智花は笑みを浮かべるがどこか寂しげなものだった。
「あそこの建物、なんですけど」
智花が指差す先には、だいぶ遠目ながら白を基調にした建物が見えた。周囲には緑地公園でもあるのか緑に囲まれていて、相当年季が入っているのか、周辺の建物に比べて古ぼけた印象を受けた。
「大学3年生の時、私が描いた絵が賞を頂いて展示された美術館なんです」
「へぇ、凄いじゃん!花澤、絵も上手いんだ?」
「そんな、たまたま運が良かっただけですよ。私、高校生の時はこっちにいなかったんです。ひよりとのことがあって、正直辛くて、環境を変えたかったんです。親戚のお家を頼って県外の高校へ進学を決めたんです。結局、大学はこっちに戻ってきたんですけどね。その向こうの高校に通ってる時に、ひょんなことから絵描きさんと知り合いになったんです。青井さんっていう方だったんですけど、青井さんに筋がいいって褒められて色々教わった成果かもしれません」
「そうだったんだ……」
それは、そうか。あんなことがあっては、県外に出るという選択もさもありなんだろう。
「あ、でも!向こうでも私はちゃんとバスケはやっていませんでしたよ?」
智花の目に俺はどんな風に映ったのだろうか。智花は約束のことをわざわざ捕捉する。
そんなこと言わなくても、信じてる。智花は真面目だから。約束は絶対に守る子だろう。
「あっと、話を逸らしてしまいました……。それで、賞を頂いた絵というのは」
「もしかして、花澤の部屋に飾られてた記念撮影してるみたいな絵?」
ピーンと思い出す。台風のため智花の家に泊めてもらった日の翌日、部屋の中を見回した時に目を奪われたあの絵が鮮明に思い浮かんだ。
「そうです。先輩、見て下さったんですね」
「ああ、すっげぇ上手いって思った。まるで写真みたいだって」
「えへへ、ありがとうございます。球技大会で優勝した後、またゼミの中で今度は文化祭の出し物をって話になって、みんなで絵のコンクールに応募しようって話になったんです。その時に描いた絵で」
「そっか。それは嬉しかったろ?」
「はい!私にとっては〝シューティング・スターズ〟のみんなと初めて出来た大切な思い出だったので。それを描いた絵が表彰されて、展示までしてもらえたのは本当に嬉しかったです。展示された後、みんなでその美術館にも行ったんですよ。……ですが、その美術館、もうすぐ取り壊されちゃうみたいで」
「そうなんだ……」
「それを聞いた時、何だか思い出も壊されちゃうような気がしてしまいまして……。凄く嫌だなって思ってしまいました。……変ですよね?思い出は私の中にちゃんと残っているのに、そんな風に思ってしまうだなんて」
「そんなことないよ。もし、俺が花澤と同じ立場だったとしても、同じように思うと思う」
そこはある意味、〝自分のことを認めてくれた場所〟なのだ。智花にとって、バスケを諦めた中でもう1度バスケに引き合わせてくれた思い出を正当化してくれた場所に他ならない。そこが壊されてしまうということは、自分のことを否定されてしまうような気持ちを抱いたとしても仕方がないだろうと思う。
俺はふと、視線を智花から外す。目当ての場所は空いていた。俺は口を開く。
「なあ、花澤」
「なんですか?」
「バスケ、やらない?」
くいっと指を向ける。俺の指が差す先には無人のバスケットゴールがあった。最初にいた先客はいつの間にかいなくなっており、他の客は別の球技をしているか、この景色を満喫しているかのどちらかだった。思ってもみない提案だったのか、智花は驚きの声を上げる。
「え!?でも、先輩、バスケは出来るんですか?」
「もちろん、花澤みたいには全然出来ないよ。けど、多少付き合うくらいなら」
「……はい!ぜひお願いします!」
智花は心底嬉しそうに微笑んだ。俺も笑顔で頷く。
……そうやって、ずっと笑ってなよ。その顔が1番、花澤には似合うんだから。
俺と智花は心ゆくまでバスケを楽しむのだった。




