《43》
「大変申し訳ありませんでした……」
「いや、俺は全然」
しきりに謝る智花に俺は笑って返す。嘘をついているのでも気を遣っているわけでもなく、本当に俺は気になどしていない。それでも智花は、自分のことを責めて謝りっぱなし。
……真面目すぎるって本当に。
俺は苦笑してしまう。でも、それが智花なのだから仕方がない。
翌日の日曜日。俺は智花と2人でスカイシンボルタワーを訪れていた。
『ひとつ、お願いがあります』
試合前夜、帰り道で智花が申し出た。
『もし……もし、明日の試合で私たちが勝つことが出来たら、私とスカイシンボルタワーに行ってもらえませんか?』
数秒だけ考えた。こんな約束でも智花の力になれるのなら、と思って俺は頷いたのだった。
結局、試合は引き分け。約束は反故にしても良かった。
だけれど、昨日の帰り道、俺から智花のことを誘った。『明日、何時にする?』と。
智花は驚いた顔で最初は断ってきた。
『え……でも、私たちは勝つことが出来ませんでしたから』
俺の言葉を聞いてぱっと嬉しそうに目を見開いた智花だったが、その性格上、約束を果たせなかったことを鑑みて残念そうに肩を落としてみせた。だから尚のこと、俺には『じゃあ、これは無かった話で』と言ってしまっても問題なかった。
でも、俺はそんな智花を無理矢理引っ張り出した。
『いや、俺も行ってみたかったんだよ』。
正直、何でそんなことを言ってしまったのか、判断しかねる。智花に視えた〝砂時計〟も最初の1度きりで、昨日の試合で最大の危機は逸したはず。それに、〝視線の主〟も智花に危害を及ぼす人物ではなかったため、俺はもうお役御免なはずで、これ以上智花と一緒にいる必要はない。
それなら、どうして……?
答える人は誰もいない。だからこそ、俺は受けたのかもしれない。俺の中にある答えをはっきりさせるために。
スカイシンボルタワーは今年6月にオープンした高さ300mを誇る高層ビルで、日本の老舗ホテルやショッピングモール、レストラン街やイベントホールなどがある複合型施設。オープンから3ヵ月余り経つが、休日とあってか訪れている人も多く、なかなかの盛況ぶりだった。
いつもの駅に10時に待ち合わせとして、電車を乗り継いでやって来た俺と智花は、催されていた世界の物産展を覗いたり、ラジオの公開録音を聞いたり(智花が話してくれた小説がアニメ化したらしく、そのキャストによるラジオ番組)、ショッピングモールをぶらりと一回りし、全国のご当地グルメフェアで舌鼓を打ったりした。
2人の時間を満喫していたのだが、それは突然に水を差されてしまった。
次はどこに行こうかと2人並んで歩いていたところ、「ちょっと宜しいですか?」と声を掛けられた。
振り向くと、そこには制服姿の年配の警察官が1人。
『失礼ですが、これからどちらに行かれるつもりですか?』
と訊ねられ、特に決まっていなかった俺と智花は『いや、決めかねているのですが』と答えた。
というか、そもそも答える必要性はあるのだろうかと思った。どこに行くのかなんて俺たちの勝手なわけで、それを妨げられる権利は警察にだってあるはずがない。
俺が訝しんでいることを察してか、警察官は『ごもっともです』とこくりと頷いてから続けた。
『じゃあ単刀直入にお聞きしますが、お2人はどういったご関係ですか?』
その質問には驚かざるを得なかった。いきなり何てことを訊いてくるんだ、この警察官は。
いや、これこそ答える必要は皆無だろう。隣にいる智花もあたふたしていた。俺は半ば怒りを含ませた声音で答えた。
『そんなこと訊いてどうするんですか?言う必要はないと思いますけど』
『そうですか……。じゃあ、ちょっとそこまでご同行願えますか?』
その男性が示した場所はあろうことか警察官の出張所。俺は思わず声を上げてしまった。
『い、いや!意味分からないんですけど!?何で、俺たちが事情聴取みたいなことされなきゃならないんですか!?』
俺たちが公務執行妨害か何かを犯してしまったのかと思ったが、そんなことをした覚えはまったくない。何の腹いせ、嫌がらせだろうかと抵抗を試みる。そんな俺を見て、警察官は予想だにしない言葉を掛けてきた。
『それはそうでしょう。そんな幼い子を連れていったいどちらに行かれるおつもりですか?場合によっては現行犯逮捕となりますが』
『……は?』
現行犯逮捕?開いた口が塞がらない。何だってまた……っていうか、幼い子って―。
俺は智花の方を盗み見る。智花は慌てて口を開いた。
『あ、あの!幼い子って……私、でしょうか……?』
『他に誰がいるって言うんですか?』
『わ、私、こう見えても22歳なんですが……!』
『……あのね、嘘をつくにしても、もう少しまともな嘘をつかなきゃ。さあ、ちょっとこちらへ』
智花の必死の訴えを一笑に付す警察官は俺の腕を引っ張り出す。危うく事情聴取をされる羽目になりそうなところを、智花が運転免許証を提示することで何とか免れるのだった。
いや、まさか……と思わずにはいられなかった。どこをどう見たら、智花がそんな風に見えるだろうか。……下手したら見えるか?
「うぅ……。もっと大人っぽくしなきゃ駄目なのかなぁ……。……身長、伸びなかったのがいけないのかなぁ」
俺に謝りつつも、智花はショックを受けていて、明らかに気落ちしていた。
そりゃあ、そうだ。女の子は実年齢よりも若く見られたら喜ぶものだけど、幾ら何でも若く見られすぎだろう。まったく、何てことを言ってくれたんだ、あの警察官……。
おかげで楽しかった空気は霧散してしまった。せっかく2人で楽しんでいたのに、この空気どうしてくれるんだよ。損害賠償でも請求したい気分だ。
智花を慰めつつ、フロア全体の案内板の前へと辿り着く。
せっかくこうして2人で出掛けているのだ、少しでも楽しい時間が長い方がいいに決まってる。
そう思って案内図を舐めるように見ていると、〝これは〟と思うフロアを見つけた。
「花澤」
「はい……」
「俺、行きたいところがあるんだけど」




