《42》
「―酷いこと言って本当にごめんなさい」
智花とのやり取りを終えたひよりは、〝シューティング・スターズ〟の面々に向き直り深々と頭を下げた。ちなみに、〝ムーン・ドリップス〟の面々は先に更衣室へ足を向けていた。
「いや、その……もういいってば!そりゃあ最初は頭キたけどさぁ、さっきの見せられたら怒る気なんて失せちゃった」
頭の後ろで手を組みむず痒そうに明後日の方向を向いて言う真由。
「そうね。怒る理由がそもそも何だったっけって感じ」
あっけらかんと涼しげに笑ってみせる陽飛。
「うん。逆に、智花ちゃんと仲直り出来て良かったなって思います」
朗らかに笑みを浮かべる愛。
「めでたしめでたし」
無表情は相変わらずだが、声のトーンがいつもより高めの比奈子。
「みんな誰も気にしてないよ。今日こうやってひよりと試合が出来て、本当に良かった。ひよりと仲直り出来たしね!」
満面な笑顔を咲かせる智花。
「……ありがとう」
―バン!
唐突に体育館の扉が勢いよく開けられた。和やかだったムードが一変する。何事かと扉へみんなの視線が集中する。
……まさか。
第2クォーターで智花が言っていたことを思い出す。〝視線の主〟の強攻かと、俺は有事に備えて身構える。緊張が走った。開け放たれた扉の向こう側にいたのは女の子だった。
どことなく見た顔だな、という女の子は何故だか涙を流していて、口元を真一文字に引き締め、怒っているかのような険しい顔をしていた。ただならぬ雰囲気。
まさかこの子が―。
思うより早く、女の子は間髪入れずにこちらへ向かって歩き出す。その足が徐々に歩から走に変わり、瞬く間に俺たちとの距離を詰め、あろうことか智花を羽交い締めにする。
しまった!?
あっという間の出来事に為す術がなかった俺ははっと我に帰る。が、
「会いたかったです、智花さん!」
「さっちゃん……?」
戸惑い気味ながら智花は女の子と面識があるようで、行動を起こしかけた俺は慌てて制止。
さっちゃん……サチコっていうのか?
思い浮かぶのは誰もが幼少期に聞いたことがあろう童謡の一端。こんな時にボケている場合ではないのだが、思ってしまったのでは仕方ない。
「さつき……どうして、ここに……」
ひよりは呆けた顔で女の子を見やる。どうやら、ひよりも面識があるようだ。そしてサチコではなかった。
「どうしてって、ひよ姉の暴走を止めるために決まってるじゃない!」
ひよりに向かってぴしゃりと言い放つ女の子―さつき。
姉妹だったのか、道理で。物凄く似ているわけではないが、顔のパーツがところどころ随所に似通っている。ただ、性格は真逆っぽい。ひよりが〝静〟ならさつきは〝動〟だろう。
「わたし、知ってたんだ。この試合のこと」
「え……?でも私、さつきには一言も……」
「うん、言ってない。智花さんが話してたのを聞いたの」
「え!?私、さっちゃんに会うの、今日が数年振りだけど……」
「はい、そうですよね。あの、非常に申し上げにくいんですけど……実はわたし、智花さんに会うタイミングを見計らっていたんです」
さつきは目を伏せながら言った。智花は何を言っているのか分からず小首を傾げた。
「えっと……それってどういうこと?」
「本当にたまたまだったんです。1週間くらい前だと思うんですけど、大学の帰り道で智花さんを見掛けたのがきっかけで」
「「え!?」」
思わず声を上げる智花と俺。
「ん?なんでまーくんが驚くの?」
「あ、いや……何となく?」
真由に突っ込まれ俺はお茶を濁す。いや、だって、驚かずにはいられない。その話が本当なら―。
「最初は他人の空似かなとか思ったんですけど、でもやっぱり智花さんに間違いなくて。わたし、すっごく会いたかったんです、智花さんに。……ひよ姉と智花さんの中学時代のことはみなさん御存じなんですよね?その事があって智花さんと音信が断たれてしまっていたから……見掛けた時は本当に嬉しかったです。わたしは智花さんにずっと憧れていたので、あんな別れ方をしたのがどうにも納得がいかなかった。だって、完全にひよ姉の言い掛かりですもん!」
さつきは不満げにひよりの方を見る。ひよりは心底申し訳ない顔をした。
「しかもひよ姉、ああは言ったものの、後悔たらたらって感じでしたから。この人、思ったこととやることが180度違っちゃたりすることがあるんです。自分の気持ちに素直になれない子供なんですよ。本当に困った人で」
「……面目ない」
「本当はすぐに智花さんの前に出て行きたかったです。でも、わたしがいきなり現れたら、いくら説明したところで智花さんを更に傷つけることにもなるかもしれないって思って。色々考えてたら、何も出来ずに尾行しているなんて日々が続いたんです。完全にストーカーですよね」
あはは、と苦笑するさつき。
「で、いざ話し掛けようかと意を決した時に、そちらの方が智花さんと一緒に帰宅するようになったから、さらに言い出せなくなっちゃって」
さつきが俺へと目配せした。一気に集中するみんなの視線。その視線はすぐに智花へと向けられた。
「へぇ~、高梨さんと一緒にね~?」
「ぬおーっ!やっぱ、花ちゃんとまーくんはそういう関係だったか~っ!!」
「智花ちゃん、隠さなくても良かったのに」
「大人な関係」
「ち、違うよぉ!!」
今までほぼ口を挟まずにいた〝シューティング・スターズ〟のメンバーたちはここぞとばかりに割って入ってくる。智花が必死に否定してくれているので、俺は敢えて口を挟まないことにする。楽しそうに茶化してくる面々に、智花は顔を真っ赤にして居た堪れないようだった。思わぬ爆弾を投下したさつきも楽しそうで、場の空気が収まってから続けた。
「智花さんのお邪魔をするのは悪いと思いましたから。自重することにしてたら、盗み聞きしようとしたわけではないのですが聞こえてしまって。2人の会話の中から今日の試合のことを知ったんです」
そういうこと、だったのか……。
じゃあ、〝視線の主〟の正体は―。
「ひよ姉も自分の気持ちにやっと素直になれたみたいで本当に良かったです。ひよ姉と智花さんが抱き合うところ見てたら、わたし、もう我慢出来なくなっちゃって」
えへへと笑うさつき。智花が俺に視線を向けてくる。智花は気の抜けたような笑みを浮かべた。
〝視線の主〟はさつきだった。危険なことなど何もない、完全なる勘違い。
俺もふっと笑みを返した。もう大丈夫。試合には勝てなかったけど、結果的に万事万々歳。
ひよりとの仲を取り戻し、これからもバスケを続けられることが出来る。最高の結果。
危険は去った。もう心配することなど何もない。
〝シューティング・スターズ〟、花形姉妹、いつしか戻って来た〝ムーン・ドリップス〟の面々と和気藹々と談笑する智花は、雲ひとつない透き通った晴れやかな青空を思わせる笑顔を浮かべているのだった。




