《40》
「いざ、花*花の敵討ち」
「面白い。受けて立つわ」
比奈子はぐっと身体を沈み込ませる。〝消えるフェイク〟を仕掛けるかと見るや、ひよりも身体を沈み込ませて牽制。比奈子はドライブを仕掛けない。元より〝消えるフェイク〟を使う予定はなかったのか、ひよりの懐へと飛び込んでは行かなかった。
とすれば、比奈子はどうやってひよりを抜き去るのだろう。その算段が比奈子の中に用意されているのか否か。比奈子はぽつりと呟いた。少し腹立たげに。
「ぶー」
「比奈子!」
「私たちもいるからね!」
形勢が悪いと見るや、両サイドに散っていく智花と陽飛。3Pを狙うなら絶好の好機。
「あの2人は囮。本命は―」
読んでいるひより。だったのだが、次の瞬間、ひよりの脇をするりと比奈子が抜けていく。完全勝利。
だけど、比奈子の顔は憮然としておかんむり。
「ゴール下じゃ負けな―え?」
すぐさまヘルプについた琴子だったが、比奈子の手元にはボールがなかった。
気がつくと、ボールはいつの間にか宙空に浮いている。ひよりを抜いた数秒の間で、比奈子はシュートフォームは委細構わず、下からボールを放っていたのだ。ゆるゆる上昇したボールはふわふわ垂直降下し、そのままゴールネットを通過した。6点差。
まだあと3ゴール差。だけれど、今の比奈子1人による攻撃は6点ビハインドという空気を一変させるほどのスーパープレイだった。何せ、1人で5人抜きをやってのけたのだから。2点どころか一気に10点入るくらい、相手に与えた精神的ダメージは計り知れないだろう。
……当の本人は何故だか不機嫌そうだけど。
沸きに沸く〝シューティング・スターズ〟。
いける。確信する。この〝マジックショー〟は通用する。凄い、としか言いようがない。
……
『す、凄いじゃない、比奈子!』
『うんうん!ドリブルもパスも、なにヤっても無敵だったじゃん!?』
金曜日、5分間のラストマッチ後、騒然とする〝シューティング・スターズ〟。その中心にいるのは無表情の比奈子。だいぶ疲れているようだ。
『疲労困憊』
『小田さん、今のプレー凄かったよ!相手を抜いたり、スティールを決めたり、どうやったの?』
俺が訊ねると、比奈子は事も無げに言った。
『人間観察、好きだからわかるよ?どっちに動こうとするのか、とかだいたいわかる』
ぞくりとした。そんなことが本当に出来るのか、と思ったが、結果が証明している。比奈子に直接確認したわけではないが、おそらく比奈子は試合中、ずっと相手チームの観察をしているのだ。そうして情報が集まった終盤で、相手のプレイの予測や、相手の癖などを見抜いて次なる行動に移していたのだと思う。
更に、相手の視線を誘導する術も持ち合わせているというのだから恐れ入る。これが機能するなら間違いなく強力な切り札になる。
これは……いけるかもしれない。
……
これに気づいてなかったらと思うとゾッとする。対峙している相手にとっては悪夢でしかないだろう。何せ、訳が分からないはずだ。タネも仕掛けも分かりようがない。
さあ、あと6点。まだまだ、この魔法が振り掛けられた時間は終わらない。
続く〝ムーン・ドリップス〟の攻撃はものの見事に失敗した。やはり、比奈子の5人抜きが尾を引いているようで、ひよりでさえショックの色を隠せないでいた。シュートの零れ球を愛がきっちりリバウンド。相手にセカンドチャンスを与えない。追撃の絶好のチャンス。
だが、相手も気落ちしているだけじゃない。さすがに幾戦の場数を踏んでいるだろう相手。意識を完全に切り替えてディフェンスを仕掛けてくる。得体の知れない比奈子へのパスを断とうとして、陽飛―比奈子ラインを分断しにかかる。
「くっ……!比奈子!」
執拗な莉央のディフェンスに、陽飛は勢いはあるが精度の低い苦し紛れのパスしか出せない。受けようとする比奈子の背後には亜姫がべったりとついている。
「パスを貰ったからって自由にはさせない!」
「竜巻落とし」
「え……!?」
比奈子はちらりと背後を確認したかと思ったら、ボールを受けようとはせずにバレーボールのレシーブの要領でボールを更に後方へと供給する。予想外の比奈子のプレーに亜姫は対応出来ない。ボールは示し合わせたかのように智花の下へと届いた。
「行こう、愛!」
「うん!」
「守るわよ、琴子」
「ああ!」
智花・愛VSひより・琴子の2対2の構図が出来上がる。
ゴールを狙うように愛が琴子のマークを外すべく動くが、琴子も身体に見合わない機敏さで愛を自由にはさせない。智花は愛へのパスを匂わせつつ、ひよりとの攻防に集中する。
しかし、
「あ……!」
「そう何度も通用しないわ。どれだけの時間を一緒に過ごしたと思ってるの?」
智花のドライブはひよりに完璧に止められた。智花が加速する瞬間に伸ばされたひよりの手によってボールは無人の右アウトサイドへ零れていく。そのままサイドアウトかと思われたその時、
「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃん」
またしても比奈子が現れた。〝ボールへの嗅覚〟というやつだろうか、比奈子はボールの行方を想定して一直線に走り込んでいたのだ。
けれど、比奈子の消耗具合が尋常ではなかった。傍目からでも限界が見える。
相手の僅かな仕草を見逃さないようにプレーをするのはかなりの力を使うらしい。〝ライジング・サン〟との練習試合での3分間がその限度。その後は力を使い果たしたみたいに、比奈子は目立ったプレーは出来なくなってしまった。
まだその制限まで時間は残されているが限界は明らかに近い。
「4点差にする」
珍しく気合いを口にした比奈子だが、突如現れた人物にその行く手を阻まれた。
「もう、出し抜かれないわ!」
かなえだった。自慢の快足を飛ばしてゴールを死守するために舞い戻って来た。かなえの息も荒い。正に最後の力を振り絞っての必死なディフェンス。ここが勝負所だと判断したのだろう。一切の隙がない。
比奈子はゴールに寄るどころか、徐々にゴールから引き離されていってしまう。ボールを守ることだけで精一杯。レイアップシュートを仕掛けられる距離がいつの間にか3Pライン外まで押しやられる。時間も刻々と過ぎていく。
「比奈子ちゃん、もうすぐ24秒だよ!」
「比奈子……!」
「あなたは行かせないわ」
智花がヘルプに向かおうとするが、ひよりが智花の動きを制限するようにして逃がさない。
「ボール権は返してもらう!」
「……絶対にダメ」
比奈子はボールを手に一か八かシュート体勢に入る。
「そんなあからさまなシュートなんて叩き落としてやる!」
かなえは疲れ切った身体でブロックに飛ぶ。が、比奈子のそれはフェイクだった。かなえが飛んだ瞬間、飛ばずにくるりとターンし、かなえに対して背を向けたのだった。
「距離感このくらい」
「な、何を……あっ!?」
比奈子はボールを股下から背後に向かって力一杯放り投げた。ブロックに飛んでいたかなえは勢い余って比奈子に倒れ込んでしまう。ディフェンスファウルの笛が鳴る。
その笛が鳴り終わると同時に、雄々しく飛んだボールはバックボードに当たってゴールを貫いた。唖然とする両チーム。僅かな間があってから訪れたのは〝シューティング・スターズ〟の歓喜。
「比奈子~!!」
「すごいよ!比奈子ちゃん!」
「最高だぜ、ヒナ……!」
「運も実力の内ね!」
「計算通り」
〝ムーン・ドリップス〟に至っては開いた口が塞がらない様子だった。それはそうだろう。あんな滅茶苦茶なシュート(?)が入ってしまって、それがまさかの3Pなのだから。
いや―。それは早計だった。
比奈子は更にバスケットカウントにて与えられたフリースローを、今度はオーソドックスな両手シュートできっちり決めて見せた。まさかの4点プレイ。差は一気に2点にまで縮まった。残り時間1分14秒。
2点差ならもう勝負は分からない。しかもまだ、比奈子の〝マジックショー〟の時間は残されている。最高の流れだ。ここで一気に追いつく!
「……っ」
「……もう通用しません」
が、俺の期待感は立ちどころに薄まっていく。比奈子の運動量ががくんと落ちた。先ほどまで完封していた亜姫のドライブを止めることが出来ず、抜き去られてしまったのだった。




