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シアワセ  作者: 真里貴飛
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《3》

仲は良かったと思う。実際、気兼ねなく話せる相手だった。

好き、だったと思う。それも、かなり。

振られている手前、この気持ちを認めることに抵抗は少なからずあって、『もう1度』とは思えなかったけど、それでも気持ちはだいぶ揺れ動いていたことを自覚していた。


そんなある日のことだった。休憩時間が終わっても戻って来ない菜穂の様子を見に休憩室へ行った時のこと。ノックをして中に入ろうとしたところ、ドアが少し空いていて菜穂の話し声が聞こえてきた。どうやら電話をしているようで、用件が済むまで少し待った方がいいだろうと判断したのだが、それがいけなかった。


「―え?なっしー?」


俺の名前が話題に上がって軽く緊張する。

自分の知らないところで話される(実際は今聞いているのだが)自分の話というのはどうしたって気になる。

どんな話をするのだろう?

俺は興味本位で聴覚に集中する。


「ヤダ、笑わせないでよぉ。付き合うとか論外でしょ?好きなわけないじゃん。だって、あんなのがあたしと釣り合えると思う?家のレベルも考えてよって感じ。あり得ないよー」


……。


言葉にならない衝撃。俺は呼吸が思うように出来なくなる。菜穂の底抜けに明るい声は続く。その声色は紛れも無く本心のものだ。


「え?可哀想?そうかなー?大丈夫だって~。1度振ってるからね。幾らバカでも気づくでしょ?もちろん、踏み込みすぎないようにしてるよ?後々面倒なことになっても困るし。う~ん、足湯みたいなものかなー。全身浴みたいに本気で浸からないで、ちょっとだけ浸かってって感じ?」


けらけら笑う菜穂。菜穂は本当に面白かったり楽しかったりする時にしか笑わない。悔しいくらいに楽しそうだった。


「え~、あたしはまだまだだよぉ。従妹の舞華と比べたら全然じゃん。あんな悪女と一緒にしないでよぉ。あたしのはカワイイ嘘。仕事を効率よく円滑に進めるための嘘だもん。日本の総理経験者だって言ってたでしょ?〝嘘も方便〟って」


……はは。


笑えてくる。ここまで言われちゃ、もうどうしようもない。そもそも、俺にはどうすることも出来ないのだけど。


「チョロいよね~。ちょっと笑って甘えた声出してれば何でもやってくれるんだもの。まあでも、それで勘違いして気を大きくされたら堪ったもんじゃないけど。気づかないのかなぁ?こっちが嫌々付き合わされてるってこと。フツー気づくよ」


げんなり話す菜穂。トーンが一気に下がる。


「勘違いしてるんだろうね~。うん、明らかにそう。絶対。本当に勘弁して欲しい。あたしがコピー機の前に立ったら狙ったように来やがるの。ヤメて欲しい。本気でうんざりする。うわ、最悪って思うもん。ま、顔には出さないけどね♪」


笑いを通り越して泣きそうになってくる。俺は必死に唇を噛んだ。泣いてしまうわけにはいかない。それはある種、敗けを認めることだから。


「あり得ない、って言うか気持ち悪い。ね、美亜ちゃん、この前した話覚えてる?うん、そう誕生日の。こっちは形式的にお礼のメールしただけなのに、返ってきたメール、見せたでしょ?何あの内容、ヒドイよね……あれはひくわ。ま、あれで確信したけどね。まだ当分〝使える〟って」


……これは堪える。あのメール、見せたのか。


心にヒビが入っていくのが分かる。激烈な音を立てて、割れていく。何て脆いんだろう。

俺は……俺はこんなにも弱かったんだろうか。風前の灯火。

トドメの一撃は容赦なく俺を奈落の底へと突き落とした。


「分かってるよぉ。この〝遊び〟はもうすぐオシマイ。彼氏共々楽しんだしね♪所詮、都合のいいオモチャだったなぁ。だから、何か向こうからされるのは『何勝手なことしてんの?』ってムカつくこともあったけど。まあ、いいヒマ潰しにはなったかなぁ?んー?え~、そっちはヤメない。イイお小遣い稼ぎだもん。だぁいじょーぶだって、全然危なくないよ?ちゃんとパイプカットしてる相手選んでるから♪それより、ね、美亜ちゃん。結婚式だけどちゃんと予定空けといてね!ヨロシク☆」


……はは、何だよ、やっぱり男いるんじゃないか。


『ううん、彼氏いないよ?』


なんて、何食わぬ顔でよく言えたもんだ。昨日だってそう言っていたのを思い出す。

援交やら何やら悪い話もよく聞いていたし、100%好きかと聞かれたら心に引っ掛かる部分もあったけど。それでも、俺は菜穂が好きだったから。その気持ちに比例するかのように、俺を襲った喪失感は大きくて深い。心の中枢を抉りとられたみたいだった。


痛かった。こんなの端から見たら完全な道化―笑い者だ。穴があったら入りたいし、出来ることなら消えてしまいたい。恥ずかしくてみっともなくて。惨めだった。こんな恥を晒したまま、これからも平然と毎日を過ごしていかなければいけないことが苦痛で堪らなかった。身から出た錆だと言えば弁解する余地さえない。


だけど……いや、もういい。幾ら言い訳を並べたところで何も変わらない。

いけなかったんだ、自分が。好きだとか、恋だとか、そんなことを考えた自分が悪い。自分には不釣り合い。女の子なんて、俺には縁のないものだ。


……感情なんて最初から無ければ良かったのに。


俺は自分自身を呪った。そしてもう2度と、同じ過ちを犯さないと固く誓ったのだった。

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