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シアワセ  作者: 真里貴飛
39/58

《38》

ひよりのフリースローからゲームは再開。ひよりは与えられたフリースローを2本共ゴールへ収めて2点をスコアに加算させる。23―39。16点差。この試合、最大の点差が開いた。


けれども、〝ムーン・ドリップス〟は手を緩めてくれそうにない。エンドラインからボールを入れようと準備する真由を見て、すっとかなえと亜姫が陽飛へと寄っていく。

ここで一気に試合を決めようとする心積もりのようだ。


「いくぞ!ハルヒー!」


「いいわ!来なさい!」


しかし、真由は委細構わず陽飛にボールを預ける。陽飛も〝受けて立ってやる〟という気概に満ちている。少なくとも、タイムアウト前のような浮き足だった様子は皆無。ぎらりと双眸を光らせてダブルチームに挑む。


「そんな睨んでも、あなたに仕事はさせない!」


「かなえちゃんとわたしであなたを止めます」


「ハルヒー!」


リターンパスを受けようとする真由だが、亜姫の絶妙なポジショニングによって、真由へのパスルートは消される。更に、陽飛の手元からボールを奪取しようと僅かな隙を狙うかなえ。陽飛はボールを取られまいと懸命に身体でガードしながらチャンスを窺うが、かなえと亜姫のディフェンスには穴が見当たらない。


「助太刀致す」


八方塞がりかと思われたその時、亜姫とかなえの背後から抑揚のない独特な声が聞こえた。


「え!?」


「この声は」


「あ、あれ!?あのコ、いつの間に!?」


はっとする亜姫とかなえ。コートの中盤では莉央までも驚いた声を上げていた。その隙を陽飛は見逃さない。


「あぁっ!?」


陽飛は亜姫の股をバウンドパスにて抜き去る。受け取ったのは比奈子。亜姫とかなえの陣形が崩れたのを尻目に、陽飛自身も2人の壁を抜けていく。ともすれば、比奈子は自分で切り込まずに陽飛に再度ボールを渡す。見事なワンツーパスだった。


「出たぁーっ!ハルヒナコンビ!」


「さあ、点を取るわよ!」


陽飛が抜け出したことにより、〝シューティング・スターズ〟の面々はコートを縦横無尽に散開する。再び陽飛の進路を阻もうとして亜姫とかなえが追いすがるが、陽飛はすぐさまパスを前線へと送る。コートを切り裂くパスを受けたのは真由。タイムアウトで多少回復したのだろう、持ち前のスピードで敵陣へと切り込んでいく。


「行かせないっすよ!」


「んじゃ、あたしはここまで!」


莉央がマークに来るなり、真由は無理をせずにボールを逆サイドへ大きくチェンジ。


「うん!任せて!」


「『任せて』ね。私を抜けると思ってる?」


真由から託されたボールが智花の手元に収まるなり、ひよりが眼前に立ちはだかる。この試合、初のマッチアップ。緊張が走る。エース対決。この勝敗が別つ意味は大きい。膨らみかけた勢いに乗れるか、断たれるか。


「思ってるよ。ここは譲れない!」


「……!」


ひよりに油断はなかっただろう。

けれど、智花のフルドライブはひよりの想定を超えた。1歩目でひよりに並び、2歩目でひよりを置き去りにした。速い。吹き荒ぶ疾風の如き速さで一気にペネトレイトする。そのままの勢いでゴールへと突っ込んだ。


「ナメるな!」


〝ムーン・ドリップス〟最後の砦、琴子が威圧感たっぷりにブロックに跳んだ。既にレイアップシュートの体勢に入っていた智花だったが、そこから選択したのはパス。


「お願い!」


「おっしゃあ!任せろ!」


莉央を振り切ってフリーになっていた真由がミドルレンジからジャンプシュートを放った。

見事、ボールはゴールネットを揺らした。後半戦の初得点が刻まれる。


「どーだ、見たかーっ!」


「ナイスシュート、真由!」


「さすがね!さ、今度はディフェンスよ!」


得点に浮かれることなく、〝シューティング・スターズ〟の面々はいち早くディフェンスへと戻っていく。


「ごめん、莉央。取り返す」


「お願いしまっす☆」


莉央からスローインされたボールを従えてひよりは進撃する。


「あら」


マッチアップする相手が変わったのを見てひよりは挑発的な笑みを浮かべた。


「オフェンスならまだしも、ディフェンスまで私に抗えると思ってる?」


「やってみなければ分からないよ!」


智花は腰を低く落としひよりのあらゆる攻撃に備えてみせる。


「そう。……やれるものならやってみなさい!」


瞬間、ひよりの顔つきが変わる。スイッチが入ったかのように、野生の猛獣を彷彿とさせるほどぎらつく双眸。身の毛が総毛立つほどの変化に俺は思わず固唾を飲んだ。

それが合図と言わんばかりにひよりが始動する。内なる闘志を全開に解き放ったダックイン。全速力(フルスロットル)。智花は反応するがひよりを止めるまでには至らず。その切れ味に引き裂かれた。雷鳴が轟くような電光石火の如くスピードでひよりはゴールを奪ってみせる。


「完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ!」


「……負けない。陽飛!」


「ええ!」


「そうはさせない!」


圧倒的なひよりの突破力を目の当たりにしながらも、智花はへこたれることなくパスを要求。応じる陽飛だが、すかさずかなえと亜姫のダブルチームが智花へのパスルートを遮断する。


「そうそう思惑通りにいったらつまらないでしょう?」


「さっきのちびっこには驚いたけど、もうマークは外―」


「子供扱い厳禁」


2人の渾身のディフェンスに波紋を生じさせるのは、またしても比奈子。いつの間にか、目と鼻の先に比奈子が現れた。


「ちょ、莉央!マークはどうしたの!?」


「え!?あ、あれ!?」


慌てふためく〝ムーン・ドリップス〟。かなえの怒気に莉央も訳が分からない様子。僅かなディフェンスの綻びを陽飛が看過するはずもない。


「隙あり!真由!」


「ほいさ!ヤられっぱなしはイくないよね、花ちゃん!ヤられたらヤり返しちゃえ!」


流れるようなパスワークは陽飛から真由、そして智花へ。


「うん!」


智花は闘志を漲らせ再びひよりと対峙する。互いに言葉はない。交錯する視線。沈黙からひりつくような緊張感が波及していく。それが最高潮に達するや否か、智花が仕掛けた。急加速する智花の身体。しかし、ひよりは読んでいる。おそらく、ボールのチェンジオブペースでタイミングを計ったのだろう、点と点が合わさるように智花のドライブについていく。


「速いけどそれだけ。ボールは渡して貰う!」


「……まだ!」


智花のボールにひよりの手が届く刹那、智花はスピードに乗ったままボールを背後に通す―ビハインドバックでひよりを躱した。ひよりを引き剥がして智花はジャンプシュートを放つ。ボールは静かにネットに収まった。


「まだ憶えてたのね」


「忘れるわけないよ」


交わされる言葉に含まれる感情は驚くほど薄い。たぶん、プレーに集中するあまり、幾ばくの感情は互いの奥底に沈められているのだろう。


……続きそうだな、この状態。


予感は当たる。この後実に6分間、エースの時間が展開された。持てる技の限りを尽くしてゴールを目指す両雄。チームメイトもサポートの隙を窺うが、自軍のエースを信頼して必要以上の手を挟まない。いつしか、〝ムーン・ドリップス〟のディフェンス形態はゾーンプレスではなく、通常のマンツーマンへと変わっていた。示し合わせたわけでもないその変化は、絶対的エースであるひよりへの信頼に因るものだろう。実質、ひよりと智花の1on1。互いが持つ矛の方が強すぎて盾で防ぎ切れない状態が続いた。


けれど、少しずつ、それは徐々に満ちていく潮のように、じわりじわりと肉薄し始める。


「終わった選手の分際で……!」


持ち前の敏捷性でひよりに食らいついていく智花。ひよりは股下を通すクロスオーバーで智花を置き去りにしようとするのだが、智花の身体は反応し、振り切られずについていく。更にひよりは緩急をつけて智花を揺さ振るのだが、智花は体勢を崩されまいと踏ん張ってみせる。次第になくなっていく時間。


「ひよっち先輩!あと3秒!」


「……これなら!」


ドライブで再度突破をすると見せ掛け、ひよりは宙空へと飛ぶ。コンマ数秒遅れて智花も小さな身体を目一杯伸ばした。しかし、そのコンマ数秒がものを言い、ボールはゴールを通過した。身長差に加えて瞬時の判断差で遅れてしまえば、このレベルにおいては致命的だろう。


「タイムオーバー!ノーカウント!」


審判のコールは正に正鵠を得ていた。ひよりの攻撃が初めてゴールに届かなかった。完全に止めることは出来なかったが、智花は凌ぎ切った。


「このチャンス、絶対に活かしてみせる!」


第3クォーター残り13秒。ここでゴールを決めることが出来れば、最終クォーターに弾みがつくはず。それだけ、ひよりの攻撃を防いだ意味は大きい。でも、それはここで点差を詰められてこそ、だ。それを理解している智花は既に走り始めていた。


ひよりの攻撃失敗に動揺したのか、〝ムーン・ドリップス〟のディフェンス意識が希薄だった数秒の空白の間に、陽飛は智花へとロングパスを送った。

ワンマン速攻。そのままゴールへ一直線。かと思ったのだが―。


「私を出し抜けると思ったの?」


唯一、ひよりだけが智花の速攻を読んでいた。弾丸のようなスピードで智花の前へと回り込む。立ちはだかるひよりに、勢いそのまま向かっていく智花。けれど、智花のスピードをもってしてもひよりは振り切れない。


「そう何度もやられないわ。あなたひとりに抜かせはしない」


「勘違いしないで。私はひとりなんかじゃない!」


智花はボールを身体の後ろを通して左サイドへと放った。


「任せろ、花ちゃん……!」


智花のノールックパスはいつの間にかサイドに走り込んでいた真由の下へ収まる。真由を追いかけたかなえも1歩及ばす、真由は3Pラインの外側からシュートを放った。ボールは高い軌道で弧を描いて豪快にネットを揺らした。


「はぁ、はぁ、やった……!」


肩で息をしながら真由がガッツポーズ。


「この試合は私たち2人だけのものじゃないよ。みんなで勝ってみせる!」


「……ふん。言ってなさい。泣いても笑ってもあと10分。答えはすぐに出る」


智花の言葉にひよりは憮然として返した。ブザーが鳴る。第3クォーターが終了した。

44―57。真由の3Pで点差を13点にまで詰め、勝負は最終第4クォーターを残すばかりとなった。

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