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シアワセ  作者: 真里貴飛
38/58

《37》

【第3クォーター:星23―18月】


「た、タイムアウトをお願いします!」


気がつくと、俺は慌てて審判にタイムアウトを申請していた。自分でも不思議なくらい、自然と行動を起こしていた。


出来ることなら、俺からタイムなんてかけたくなかったのが本音。

例え使うにしても、コートにいる誰かが指示を出してくれるものだと、そう思って疑わなかった。


まさか、コート上の誰もがそんな思考さえ奪われてしまうだなんて……。


ちらりとスコアを見やる。23―37。

これ以上、点差を広げられたら絶対にまずい。まずいのに―。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「ふふ、もうガス欠寸前みたいね。これでトドメよ!」


「はぁ、させて、たまるかーっ!」


肩で息をする真由を嘲笑い、ひよりはシュート体勢に入る。真由も懸命に追撃にかかるも届かない。疲労がピークに達してしまったらしく、ブロックに飛べない真由。遮るものは何もなく、ひよりは悠然とシュートを放つ。


「はぁああ!」


「痛っ!?」


「ディフェンス、チャージング!」


プレーが止まる。リリースの直前、愛が咄嗟にヘルプに駆けつけてひよりのシュートを叩き落としたのだった。勢いのあまりファウルを取られてしまったが、これでタイムアウトが成立する。


「チャージドタイムアウト、〝シューティング・スターズ〟」


「タイムアウト……?」


「高梨さんがかけてくださったのね……」


「一時休戦」


「はぁ、はぁ……」


「……」


主審の宣告によりベンチへと戻ってくる5人。しかし、その誰もがどこか呆けた顔をしている。

それは……そうかもしれない。これだけの点差を一気につけられてしまったのだ。戦意が薄れてしまってもおかしくはない。嵐のような3分半だった。





後半開始直後の出来事だった。


「莉央、ポジションチェンジ」


「りょーかい!ひよっち先輩☆」


ボールを運ぼうとしていた莉央にひよりが指示を出した。この試合、ひよりが明確な指示を出したのはこれが初めて。前半は莉央がポイントガードとして試合を組み立てていたが、ボールをその莉央から預かったということは。


「ここからは全力で行かせてもらう」


ひよりのその言葉が全てだった。ひよりを起点にしての攻撃力は前半の比ではなかった。

強引なカットインからのペネトレイトでインサイドをズタズタに引き裂かれた。最初こそマークを外されまいと奮闘していた真由だったが、徐々に反応が鈍くなっていき、ひよりの中央突破を許してしまう。


「ごめん、シーナイ……!」


「任せて!」


直接ゴール下まで突っ込んでくるひよりに愛が迎え撃つのだが、激しい当たりにもひよりは体勢を崩されることなくレイアップシュートを決め切った。更に愛のブロックはファウルの判定を受けてバスケットカウントが与えられ、瞬く間に3点プレーが成立する。


〝シューティング・スターズ〟はひより対策として真由と陽飛のダブルチームを仕掛けるものの、ひよりの技術とスピードの前に歯が立たない。上手く追い込めたかと思ったところで、ひよりは効果的にパスを散らして狙いを絞らせてくれなかった。


これがまだ、独り善がりの自己中心的な選手であったならどんなにくみ易かったか。まざまざとその実力を見せつけられる。さすがに花形ひよりという選手は甘くなかった。


更に、相手のディフェンスにも変化があった。オールコートでのゾーンプレス。ボールをコートに入れて陽飛にボールが渡った途端、亜姫とかなえがダブルチームで行く手を阻み、中盤の底には莉央とひよりが目を光らせ、コートの最奥には琴子が待ち構える。陽飛が抑えられたことで、〝シューティング・スターズ〟の攻撃パターンが徐々に絡み取られ機能しなくなり始めた。亜姫が陽飛にマークにつくため、必然的にフリーとなる比奈子へのパスが成功したとしても、即座に莉央が比奈子のマークに向かう。


すると、比奈子が亜姫に対して使ったドライブが通用しない。ほぼ同じ背丈のためか、相手に視覚の錯覚を起こす〝消えるフェイク〟が使えない。それを瞬時に理解した比奈子は通常のドライブで勝負するものの、莉央には通用しなかった。ボールを奪われ、再びひよりの下にボールが集まる。


そうなると、ひよりは止まらなかった。ボールを従者のように従えて戦場を統べる女王の如くコートの上に君臨する。〝シューティング・スターズ〟はオフェンスもディフェンスも崩壊させられてしまうのだった。





「……」


意気消沈するベンチ。タオルで汗を拭き、水分補給をしているみんなの表情は硬い。

けれど、誰ひとりその瞳の輝きを失わせてはいない。この試合に負けることの意味をみんなが痛いほど理解しているから。


……。


しかし、誰も言葉を発しなかった。

いや、発しないのではなく、発せないのだ。言うべき言葉が見つからないのかもしれない。あくまで気持ちは勝利だけを見据えているけれど、この現実を目の当たりにして〝敗北〟の2文字が頭にチラつき、それでも冒されまいと必死に気持ちを戦わせているのだろう。風前の灯火。今、目の前にいる5人は正にそんな崖っぷちに立たされていた。


……。


「……みんな」


意を決して俺は口を開く。5人は緩慢な動作で俺の方へ身体を向ける。みんなのことを見渡して続けた。


「はっきり言うけど……今の試合の流れだと、このままいけば敗色濃厚だと思う。……ごめん、花形さんの対策をもっとしっかりやっておかなきゃいけなかった。俺の責任だ」


「そんな……!先輩のせいなんかじゃないです!」


「そうですよ!高梨さんのせいなわけありません!単純に私の力不足なだけで……」


「いんや、違う!ハルヒーは頑張ってるじゃん!ダメなのはあたし。あたしの体力が足りなくなってきちゃったのがいけないんだ。そのせいであの女を止められない……」


頭を下げた俺だったが、智花を皮切りに自分の責任だと口々に自分を責めるメンバーたち。


「……ひとつ、いいかな」


責任の譲り受け合いをするみんなを制する。


「作戦を立てる段階で没にした案があるんだけど……花形さんのマークを―」


「私にやらせてください!!」


俺の言葉を掻き消すように智花が申し出た。並々ならぬ決意に満ちた智花の表情。みんなの視線が智花に集まる。


「でも、そうすると高さが……」


陽飛の指摘した通り、智花とひよりをマッチアップさせることを考えた時にネックとなったのが〝高さ〟の問題だった。幾らひよりの動きを封じれたとしても、宙空に飛ばれてしまったら。対抗出来る〝高さ〟がなければ、結局のところ意味がないのではないか。

その点を考慮に入れての、真由のマッチアップ、更に真由だけで御し切れない場合の最後の手段として真由と陽飛のダブルチームだった。


「うん、分かってる。だけど、お願い。私にやらせて欲しいの」


「……。高梨さんの没にした案っていうのはなんでしょうか?」


「ああっ!?そうでした!すみません、先輩!私、出過ぎた真似をしてしまって!」


智花の決意を受けて考えるように顎元に手を当てた陽飛が俺へと話を戻すと、智花ははっと思い出し慌てて謝ってくる。


「いや、俺も同意見。高さのことを承知の上で花澤に花形さんのマークをお願いしたい」


「先輩……」


良かった、と思う。俺が言葉にする前に智花が同じ答えを出してくれたことに『そうでなくちゃ』と嬉しく思った。俺は場にそぐわない緩みかけそうな頬を無理矢理引き締めて続ける。


「そもそも欲張り過ぎたのかもしれない。花形さんを止めるために速さと高さ、両方をケアして完璧に抑え込もうだなんて。……この際、高さには目を瞑ろう。花澤なら横の動きは花形さんについていけるんじゃないかと思う。それに、少しでも花形さんの動きを制限することが出来れば勝手が違ってくるはずだ。上手く回っている歯車も狂ってくるかもしれない。ここから逆転を狙うには多少のリスクは仕方ない。やってみる価値は十分あると思うんだけど……みんなはどうかな?」


「賛成です。この点差ですし、何かを変えないことには今の状況を打破出来ないと思います。高さを気にしなくていいのなら、私と真由の付け焼き刃なディフェンスよりも、断然智花にお願いしたいです」


「異議ナシ!花ちゃんなら安心して任せられる!っていうか、ここまで来たらもう花ちゃん以外にいないし!」


「わたしもそう思います!」


「一蓮托生」


満場一致。みんなの想いはひとつだった。


「ありがとう、みんな。やるだけやってみるね!」


みんなの意思を受けて智花は笑顔で頷いた。


……正直なところ、今の理由付けは少なからず建前が入っている。〝嘘〟というわけでは決してない。ただ、智花とひよりをちゃんと戦わせたかった。どんな結果になってしまっても、2人が戦わずして終わるだなんてことがあってはならない。試合結果ももちろん大事だけど、智花とひよりの中で決着をつけなければ意味がない。きっと智花もそう思っていたはずだ。


だけど、みんなで立てた作戦に遠慮して我慢していたんじゃないかと思う。それと、心のどこかでひよりに対してまだ気後れしていた部分もあったんじゃないだろうか。いいさ、存分に戦え。


「それから、椎名さん」


「え、わたしですか……?」


俺に名前を呼ばれてはたと振り向く愛。


「高さには目を瞑ろうって言ったけど、椎名さんには花形さんがペネトレイトしてきてシュート体勢に入ったらヘルプディフェンスについて欲しい。ちょうどさっきやってくれたみたいに。お願い出来るかな?」


「分かりました!やってみます!」


「たまたまさっきはファウルを取られちゃったけど、タイミングはばっちりだったから自信持って」


「はい!頑張ります!」


「でも、まーくん。ディフェンスは花ちゃんとシーナイにあの女を任せるとして、オフェンスはどーすればイイの?」


ディフェンスの方針が固まったところ、ちょうどいいタイミングで真由が話を進めてくれる。俺は頷いた。


「オフェンスは基本的に、日野さんを起点にする形は崩さなくていいと思う」


「ですが、相手のゾーンプレスに完全に抑え込まれてしまいました……」


陽飛は歯痒そうに唇を噛む。俺は軽い笑みを浮かべてゆっくりと頭を振る。


「大丈夫。さっきは唐突すぎたから、ちょっとだけ焦っちゃっただけだって。プレスが来ることが分かっていれば、さっきみたいには慌てさせられることはないんじゃないかな?」


「それは……そうかもしれないです」


納得した様子で頷く陽飛。


「あの速いプレスには日野さんの判断力を奪う狙いもあったと思う。いきなりあんなディフェンスで来られたら正常な判断が出来なくたって仕方ない。全然落ち込むことなんかないよ。だから、いつも通り、落ち着いて周囲を見渡して欲しい」


「……そうですね。取り乱してしまってすみませんでした。もう大丈夫です。私らしくプレーします」


陽飛は目を閉じて何度か頷き、凛とした口調で宣言する。自問自答し、何か吹っ切れたようだった。


「それから、あのゾーンプレスで忘れてはいけないのは誰か1人が必ずフリーになれるということ。だから、日野さん以外の4人は積極的にボールに絡んでいって欲しい。そして、ボールを受けたらなるべくパスでボールを繋いでいくこと。プレスを突破出来たとしても相手は必ずヘルプディフェンスにやって来る。でも、どんなに相手が速くてもボールより速くは動けない。だから、意識して欲しいのはボールを持ったらプレーの判断をいつもより早くするようにすることと、パスの強さをいつもより強めにすること」


「なるほど……」


神妙な面持ちで頷く陽飛。


「でも、難しく考える必要はないよ。いつもみんながやってた3VS2の時みたいな連携力で勝負しよう」


「分かりました。どちらにしても、私が起点になるのは変わらない。しっかりパスを捌いてみせます!」


「おうよ!頼むぜ、ハルヒー!あたし達の連携は天下無敵なトコ見せてやるーっ!!」


「うん!みんなで守ってみんなで攻めよう!」


「逆襲開始」


「先輩が仰ってくれたことを実践して絶対に挽回しよう!!」


俺の言葉の下、一致団結する〝シューティング・スターズ〟ベンチ。

大丈夫。まだこのチームは死んではいない。残り時間もある。この気迫を持って臨めば、きっと活路は見い出せる。


「みんな、頑張って!」


タイムアウトが終わり、俺はエールと共にみんなをコートへ送り出した。

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