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シアワセ  作者: 真里貴飛
37/58

《36》

「おぉおっし!逆転!このまま突っ走るぜ~!!」


喜び1番、真由が喜色満面な表情で帰還する。


「真由、気持ちは分かるけど落ち着きなさい。まだ前半が終わっただけ。勝負はここからなんだから」


そんな真由を宥めるように、陽飛は冷静に言い添える。


「そうだよね、まだあと2クォーターあるんだもんね。気を引き締めていかないと!」


「油断大敵」


「うん、集中していこう!」


「わーかってるって!後半もガンガン攻めて、もっと突き放してやろうぜ!」


愛、比奈子、智花も陽飛の言葉に頷き、真由もみなまで言うなとばかりに気合いを入れ直す。さすがにみんな分かっている。そう、まだ前半戦が終わったにすぎない。残り20分、試合はどう転んでいくのか分からない。逆転をしたからと言っても5点差だ。3ゴールなんて下手をすればあっという間に返されるだろう。


でも、この5人なら大丈夫そうだ。油断なんて欠片も見当たらないし、何より手を抜くなんてことは絶対にしないと思う。


唯一心配なのは、みんなの疲労だけだが……その点も問題ないか。


第1、第2クォーター共にコート上を攻守に走りまわっていて疲れてないわけなんてないが、リードを得たままで折り返せたためか、気力・体力共に充実しているように見える。人は従事している物事に成功している最中は疲れを感じにくい。

どうにか、この調子のまま最終クォーターまで漕ぎつければいいのだけれど。


ただ……井口さんの尋常じゃない汗が気になるな。


智花、陽飛、愛、比奈子、みんな激しい動きを繰り返しているため、当然のことながら汗を掻いているわけだが、真由に至ってはその汗の量が半端ではなかった。本人はさして気にはしていないようだが、やはり、ひよりとのマッチアップは相当に体力を使うのだろう。


第2クォーター終了時まで、ひよりに決定的なプレーを許したのは〝アンクルブレイク〟をされた1度だけ。前半戦の殊勲者は他ならぬ真由かもしれない。


「……ん?」


「どうしました?高梨さん」


「あ、いや、何か騒がしいような―あ」


不意に、何やら遠くからざわざわと物音が聞こえた気がして、体育館内を見渡すとその音源に気がつく。俺の視線に陽飛もついていくと、俺が由季と偵察に使った2階の窓から大勢の人がコート内を食い入るように見ている姿があった。かなりの歓声を上げているらしく、その声がコートにまで届いたようだった。


「いつの間にか人だかりが出来ていたのね……」


「すごい、人がいっぱい……」


「うぉーっ、観てる人がいるとか超テンション上がる!」


「観戦料は発生する?S指定席7800円」


「比奈子、それは発生しないと思うよ……」


圧倒され気味の陽飛と愛、1人テンションを跳ね上げている真由、的外れなことを言う比奈子に苦笑する智花。人の目を気にするような5人じゃないだろう。心配することはないか。

と思っていたのだが、人だかりに視線を向ける4人を置いて、智花がそっと俺の傍に寄って来た。そして、声を潜めて話し掛けてくる。


「……先輩」


「どうした、花澤?」


智花に倣うように俺も声の音量を出来る限り絞る。


「あの視線、感じます……」


「え!?」


「んぇ?どったの、まーくん?」


思わず声を上げてしまったため、振り返った真由が訊ねてくる。陽飛、愛、比奈子も何事かと俺の顔を注視してくる。俺は大抑に手を振った。


「ううん、何でもないよ!ごめんね、変な声出しちゃって」


「そーなの?ま、いいや。ね、ハルヒー、シーナイ、ヒナ、カッコイイ男いた!?」


更なる追及はせず、真由は陽飛・愛・比奈子の視線をつれて再び観客の方へと振り向く。

俺はほっと安堵の息を漏らして智花との会話を再開させる。


「マジか……」


「はい、じっと見られているみたいで……」


ということは、あの観客の中にその人物がいるってことか……。


俺も窓ガラスの向こうの観客たちに視線を走らす。見るからに怪しい人物は傍目には分からない。当然かもしれないが。

しかし、これは看過出来ない。危険はこの壁1枚を隔てた向こう側で機が熟すのを待っているのかもしれないのだから。


……。


「……大丈夫。花澤は心配しなくていい。ひとまず、試合に集中しよう。気にするなって言うのは無理かもしれないけど……今は試合のことだけ考えて。これは試合が終わった後で考えればいい」


「……そうですね。分かりました」


俺の言葉に智花は神妙に頷く。そうする以外に他に手立てがない。


でも……いったいどういうことだ?


俺はてっきり、この試合に負けてしまうことが智花を死の運命へと誘ってしまう引き鉄になるのかと思った。けど確かに、そう考えると智花が言っていた視線の説明がつかなかったわけだけど。


何だ?何が花澤の命を奪おうとしている?〝砂時計〟の指す死は何を示唆している?


……駄目だ、分からない。


必死に考えてみるものの、答えを出すまでには至らなかった。


ただ、こうなると、あらゆる可能性を考えなければならないが、ひとまずはこの試合だ。

少なくとも、この試合中に何かアクションを起こしてくる可能性も頭に入れておいた方がいいかもしれない。


俺はもう1度、観客に視線を向けながら、決意を新たにした。


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