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シアワセ  作者: 真里貴飛
34/58

《33》

「はぁ、はぁ、はぁ……何なの、アイツの速さは……」


「生憎、駆けっこなら負けないわよ」


肩で息をする真由に不敵な笑みを浮かべるかなえ。由季との偵察で見たかなえはインサイドにだけ強い印象があったが、こういう局面ではこんな足を見せるのか。これは想定外だ。


「あっ!?」


速攻を返されたダメージが尾を引いたのか、続くターンで陽飛のパスが琴子にインターセプトされ、返す刀でシュートを決められてしまい開始早々0―6のビハインド。


さすがに強い……。


個々の技術も然ることながら、やはりチームとしての成熟度も手伝ってか、その強さに拍車が掛かっているような気がする。この3ゴールは思わず気落ちしてしまいそうだ。でも―。


「1本、落ち着いていこう!陽飛!」


声を掛けるのは智花。浮き足立ちかけたチームにおいて、智花は凛として前だけを見据える。そう、まだ試合は始まったばかりだ。ここで変な焦りを見せては相手の思うつぼ。点は取れていないが、随所にいいプレーを見せてはいる。悲観することは決してない。


「うん、そうね。落ち着いて、1本取りましょう!」


智花の言葉に頷き、陽飛が深呼吸してチームに檄を飛ばす。比奈子がボールを入れ、陽飛が受け取り、先ほどの速攻とは違って確かな足取りで敵陣へじわりと侵攻していく。

〝ムーン・ドリップス〟のディフェンスもマンツーマン。〝シューティング・スターズ〟の攻守と入れ替える形だった。


「お願い、智花!」


陽飛のパスは智花の下へ。ここは、この局面は、他ならぬエースに委ねる。

けれど、これは一種の賭けだ。チームの〝エース〟の得点の成否によってもたらされる空気はすなわち〝天国〟か〝地獄〟。決めれば瀕死のチームを蘇させる一撃と成り得るが、抑えられれば更なる致命傷に近いダメージとなるのは確定的。それほど、〝エース〟の持つ力は絶大なのだ。それはきっと、陽飛も智花も肌で感じている。


「え……?」


だからこそ、驚いた。智花はパスを受けるなり、流動的なターンを決めてそのまま宙へと舞い上がったのだ。マークについているかなえも微動だに出来ない。『まさか、本当にそのまま撃つの?』。どこかからそんな疑問が聞こえてくるくらい。それくらい、ごく自然に、至極当然のように、智花は飛んだのだ。


「はっ!」


その飛翔の最高到達点で智花はボールを放った。静かに、緩やかに。ボールが描く放物線はまるで虹のアーチとなってゴールネットへと吸い込まれた。ほんの数秒間、音という音が消失した気さえした。


「よっしゃあ、さっすが花ちゃん!」


「芸術しゅーと」


「ナイスシュート!花澤」


真由、比奈子と共に俺もコートの外から称賛を贈る。思わず熱の入った声を出してしまった。応援をする気満々だが、こんな声を出すつもりはなかった。それくらい、今の智花のプレーに興奮が隠せない。どう見てもスーパープレーだろ。


「入った……」


「あのスピードで……」


「……」


かなえ、亜姫も半ば呆然と声を漏らす中、ひよりだけはただじっと智花を見つめていた。


……花形さんの目にはどう映ったのだろうか?


智花のシュートを1番間近で観てきた元チームメイトは何の反応も示さないまま、ゆっくりと自陣へと戻っていった。ひとまず、花形さんの反応は置いておくことにする。


ともあれ、この得点は点数以上に価値のあるものだ。もし、今の局面でシュートが失敗し、更なる追加点を与えてしまったら反撃ムードが一気に萎んでしまい、取り返しのつかない事態になってしまったかもしれない。ここで得点を取れたことで、〝やれる〟という意識が得られたに違いない。みんなの顔がその証拠に他ならないだろう。


「攻めて、愛!」


「はい!行きます!」


陽飛が選択したのは愛。愛はボールを受けるなり、琴子に対して似つかわしくないパワードリブルで勝負を挑む。これにはさすがの琴子も驚きを隠せなかったようだ。


「えっ!?う、嘘!?こんな細い子に私が押されてる……!?」


「えぇいっ!」


見事、琴子を押しやりパワー勝負を制した愛。


「あたしをフリーにさせたこと後悔させてやる!」


持ち前の運動量でひよりを振り切った真由。強気に宣言してジャンプシュートを放った。バックボードに当たってボールはネットを豪快に揺らす。


俺の読みは当たった。智花の得点以降、〝シューティング・スターズ〟は息を吹き返し、陽飛の的確なパスから得点を重ねていった。しかし、〝ムーン・ドリップス〟も莉央を起点にして、亜姫と琴子を軸に得点を奪い、第1クォーターは14―10の〝ムーン・ドリップス〟リードで終了した。





「4点差か……。せめて同点で終わりたかったわね」


ベンチに帰還するなり、スコアボードを眺めながら陽飛が言った。そんな陽飛に対して真由は大袈裟にため息をつく。


「心配性だなぁ、ハルヒーは。第2クォーターでバンカイすりゃいいんだから全然オッケーっしょ!」


「分かってるけど……。ただ、立ち上がりにばたついてしまったのは要反省ね。智花のおかげで何とか落ち着けたけど」


ありがとう、と陽飛は智花に礼を言う。


「ううん、私は何もしてないよ。陽飛のおかげで効率よく点数取れてるし、この調子で頑張ろう!」


「そうだよ、陽飛ちゃんのパスがあるからわたしたちが伸び伸びプレー出来るんだもん」


「名司令塔」


「みんな……ありがとう。相手が相手だけに厳しいパスも出すと思うけど、よろしく頼むわね!」


陽飛は固かった表情をふっと崩し、みんなに向けて力強く言った。


「うん、もちろんだよ!」


「オッケーオッケー!」


「任せて!」


「なんでもござれ」


智花、真由、愛、比奈子は陽飛に負けないように返事を返した。


「にしてもあの女、全然攻めて来なかったなぁ。やる気ないんじゃない?」


「ううん、真由、それは違うよ。ひより、基本的にスロースターターだから。たぶん、まだ様子を窺ってるんじゃないかな?だから、あまり油断はしない方がいいと思う」


真由が頭の後ろで手を組みながら言ったのをすかさず智花が釘を刺す。


「おうよ!油断なんてゼッテーしない!あいつにはギャフンと痛い目見せてやらなきゃ気が済まないからな!」


ゴゴゴ、と音が立たんばかりの勢いで気合いを入れる真由。


……さすがに、やることがないな。


バスケに精通している5人の会話に割って入る余地など素人の俺にはない。完全なる傍観者。由季のおかげで多少の知識を得ることは出来たが、俺の知っている知識などこの5人なら知っていて当然。そもそも、積極的に介入していこうなどと露ほどにも思っていない。5人のプレーが上手くいっているなら尚更だ。


俺に出来ることなど、「頑張れ!」「ナイス!」「ドンマイ!」など声援を送る程度に過ぎないし、何か意見を求められたとしても、もっともらしい精神論しか語れないだろう。あとは、〝アレ〟の合図だけだけど。


「そろそろ時間ね。高梨さん、タイムアウトのタイミングはお願いしますね」


「へ?」


「試合の流れが悪かったり、何か気づいたことがありましたら、遠慮なくタイムアウトを取ってください。もちろん、私たちの方からもお願いするかもしれませんが」


「試合前にも言ったじゃんか~。まーくん、聞いてなかったの?」


「あ、いや……」


あれは冗談じゃなかったのか。……って冗談を言ってる場合じゃないか。


確かに、〝ムーン・ドリップス〟の確認事項をおさらいしてコートに入る直前にさらっと言われはしていたが、あまりにもあっさりし過ぎて『え?マジで?』と思わずにいられなかった。

だって、俺バスケ素人だぞ?まあ、そりゃあ舞台は違えど勝負の世界に居た自負はあるので、試合の流れを何となく読むことは出来るかもしれないけど。


それにしたって……ある意味、試合の流れを変えかねない重大な権利を俺なんかに普通託すか……?


「大丈夫ですよ、高梨さん。高梨さんになら任せられます」


陽飛の言葉に頷くみんな。


「むしろ、先輩なら適任です!」


「……分かった」


更には智花にまで力強く言われてしまっては頷かざるを得なくなる。


俺が変な風にごねてみんなの士気に関わったら嫌だしな……。

けど、根拠もないのにそんな風に信頼してもらっても困るんだが。

……まあ、そうそうそんな場面が来るはずもないか。


休憩を終え、両雄が再びコートで相見える。

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