《29》
「とりゃあーっ!」
真由の気合いの入った声と共に放たれたシュートはゴールネットを豪快に揺らした。残り時間1分を切って再びスコアをタイに戻す。
金曜日。蒼桜大学バスケサークル〝ライジング・サン〟との練習試合、時間的にもこれが正真正銘最終クォーター。〝シューティング・スターズ〟のメンバーたちはがっぷり四つに組み合っていた。
「すごいね、真由ちゃん。思い切りの良さもだけど、この時間帯……試合終盤のシュート成功率が特にすごい」
「確かに。終盤に限って言えば1本も外してないよな。野球でいうところの〝クラッチピッチャー〟ってやつだっけ?」
隣で戦況を見守り唸るように言う由季に同調する。
先日の水曜日と今日の金曜日、〝シューティング・スターズ〟VS〝ライジング・サン〟の試合を観続け、各選手の特徴がおおよそで掴めてきた。
井口真由。攻撃力はチームで1、2を争うほど高く、いつ如何なる時にも見せる強気なプレーはチームを勢いづけてくれるほどエネルギッシュ。昔は女子サッカーで〝なでしこ〟入りを目指したこともあるらしくスタミナは◎。加えて、今由季と話した通り、勝負所でのシュート決定率の高さが強みだ。
「……愛、お願い!」
〝ライジング・サン〟のボール所有者から一瞬の隙を突いた陽飛はすぐさまドリブルを開始し、唯一フリーとなっていた愛にパスを送る。
「日野さん、よく見えてる!」
由季が感嘆の声を上げるのは無理もない。俺も同じく。それくらい、陽飛のパスは巧かった。この一連の試合を通して、陽飛のパスミスはほぼないのだから。
日野陽飛。コート上が俯瞰して見えていると言っても過言ではないくらいフリーの選手を見つけるのが早く、見つけたが最後、瞬時に適切なパスを供給することが出来る司令塔。冷静な判断力、実践力を兼ね備え、状況に応じてパスだけではなく自ら切り込めるドリブルもあり、臨機応変な対応も出来るプレーの安定感が光る。
「ここは……決める!」
陽飛からパスを受け取った愛はゴールを守る相手センターに対し、その風貌からは似つかわしくないパワードリブルを仕掛けた。徐々に押し込まれていく相手センター。
「椎名さんはギャップの差が激しいね。あのパワープレーはちょっと想像出来なかったな」
「完全にモデル体型だもんな」
椎名愛。細くしなやかな肢体から繰り出されるのは目を疑うかのようなパワープレー。特にゴール下は圧巻で、ぐいぐい相手を押し込んでいくドリブル、体幹を相当鍛えているのだろう当たり負けしない身体はディフェンスにおいても如何なく発揮され、チーム1の高さはリバウンド力に対する大きなアドバンテージ。
「あ……!」
相手の体勢が崩れたのを好機と判断しシュートを撃った愛だが、相手センターは寸でのところで踏み止まり愛のシュートをブロックした。弾かれたボールは転々とコートを転がる。
「せかんどちゃんす。花*花」
そのこぼれ球の先には比奈子がいて、拾うが早いか即座に逆サイドを走っていた智花にパス。まるで、サッカーのようなダイレクトパスだった。
「ナイスパス!比奈子」
比奈子からのパスを受けた智花の前にはマンツーマンのディフェンスが1枚、更にその奥にはフリーになろうとする真由をガードしつつ智花の攻撃に備える1枚、計2枚の壁。智花は一旦足を止め、その場でボールキープ。
「智花!あと10秒!」
陽飛の声に智花は無言で頷く。次の瞬間、智花は始動する。踏み出した一歩は相手にぶつかってしまうかと思うほど、ゼロからトップギアへ一気にギアチェンジ。相手が怯んだ一瞬を見逃さず、その勢いのままサッカーの〝ルーレット〟ばりに身体を回転させて相手を抜き去った。
残る壁は1枚。真由のことを警戒しつつ、智花との間合いを詰めようとする相手。しかし、その中途半端さが仇となる。智花は最高速度を維持したまま、相手の脇をノータイムで一気にぶち破った。そしてそのまま、宙を舞い、レイアップシュートを静かに決めた。
「……言葉もないね。花澤さんのあの爆発力は」
「ああ」
由季が息を呑むように言い、俺も一言言って口を噤んだ。それだけ、智花が凄いと思った。
花澤智花。バスケに対する想いが、迸る情熱が、すべてプレーに凝縮されているかと思うくらいに体現されたドリブル・パス・シュート……あらゆる技術がどれをとっても高水準。尚且つ、無動制止から最高速度へ瞬時にギアを上げられる敏捷性は対峙する相手からすれば脅威だろう。
自分で展開出来る圧倒的な力を持ちながらも、決して独りよがりにはならずチームプレーにも徹する。きっと智花にとって、バスケの全てのプレーが大好きだからに他ならないから。
そして、智花の代名詞といえば、やはりアウトサイドからゴールを射貫くワンハンドシュートだろう。これはもう、芸術とさえ言っても差し支えない代物。智花の想いの結晶だ。
「やった!」
「さっすが花ちゃん!」
ゴールを決めてぐっと拳を握る智花は駆け寄って来た真由とハイタッチ。ほどなくして試合終了を告げるブザーが鳴った。
「負けちゃったか。4勝2敗とはいえ、ほとんど互角だったね」
「そうだな」
由季の言う通り、通算成績は〝ライジング・サン〟の4勝2敗。けれど、数字ほどの差はなかった。
1試合目、2試合目に限って言えば、〝シューティング・スターズ〟の連携不足や試合勘の無さが出た内容で大差の負けとなったが、チームとして確認をする試金石となった。それを証明するように、3試合目から徐々に連携が上手くいき始め、気づけば肉薄する状態へと追いつき2勝をもぎ取った。
順応性や適応力の高さに舌を巻く。でもこれは、日頃の練習があってこその結果で、それだけの努力を費やしてきたからこその成果。あの練習を観た俺には驚きよりも『そうだろうな』という気持ちの方が強い。
「それより、良かったのか?」
「んー?何が?」
「試合出なくて。由季だって試合したかったろ?」
由季は『ああ、何だそんなこと』といった調子で答える。
「もちろん、出たかったけどねー。でも、私じゃあ〝ムーン・ドリップス〟のどのメンバーとも似ても似つかないから。仕方ないよ」
そういうことだったのか……。
計6試合、由季はずっと俺と共にコートの外にいた。いつ出場するのかと思ったものだが、最後まで試合を見届ける側に回ったのにはこんな理由があっただなんて。
……道理でメンバー交代もしなかった訳だ。由季が連れて来てくれたメンバーは仮想〝ムーン・ドリップス〟だったのだ。言われてみて、遅まきながら気づく。確かに、何となくダブって見えたシーンも多々あったことを思い出す。
「……悪かったな、由季」
「タカ兄が謝ることなんてないよ。こうやって、自分のチームを外から観るのも勉強になるから。それより、いいチームだね、〝シューティング・スターズ〟。個人個人の技術も高いし、最初こそ連携で戸惑っているところもあったけど、最後の試合なんて全然そんなことなかった」
「ああ、これなら安心して観ていられそうだよな。やれるだけのことはやった。あとは本番を無事に迎えるだけ……だと思うんだけど」
「ん?何か気になることでもあるの?」
俺の言葉が歯切れの悪いものだったため、由季が当然の如く小首を傾げた。
「いや、俺の気のせいだと思うんだけどさ。チームのみんなの特徴はおおよそ掴めたはずなんだけど、小田さんだけ何となく違和感があったような気がして」
「小田さん?」
「うん、何ていうのかな。よく分からないんだけど……余りに印象に残ってない気がするっていうか」
「あー、そういえばそうかも」
智花、真由、陽飛、愛……4人のインパクトが強かったから、と言ってしまえばそれまでだが、それにしては何かが引っ掛かる。
……俺は何かを見落としているのか?
思い出せ。水曜日と金曜日、一連の試合の中で比奈子がどんなプレーをしたのか。
……。
ぱっと思い当たるようなシーンが何故だか浮かんでこない。唯一、かろうじて記憶に残っているのは、つい先ほどの試合での愛のシュートのこぼれ球を拾って即座に智花にパスしたあのワンプレー。
……そういや、あんまりボールを持っていた印象がないんだよな。こぼれ球はよく拾っていた気がするけど……。
……。
「……え?」
何か強烈な違和感が俺の中を駆け巡る。
「由季、毎試合、記録つけてたよな?見せてもらえる?」
「うん。はいどうぞ」
俺は由季から1冊のノートを借り受け、事細かに記載された紙面を1ページずつ丹念に見ていく。
ドリブルもパスもシュートも、比奈子はチーム、ひいては相手チームを鑑みても圧倒的に少ない。両チームで最低。ただ、こぼれ球を拾う率は異常なまでに高かった。しかも、何故か試合終盤に限ってその数が飛び抜けている。その意味するところは……。
……。
「なあ、由季」
「ん?」
「あと5分だけでいいから、もう1試合やってもらえない?」
コート使用可能時間は残り10分を切っている。ギリギリの願い事だった。けれど、由季は快く頷いてくれる。
「うん、もちろんいいよ」
「ありがとう」
コートでクールダウンしようとしている両陣営に、ラスト5分のもう1試合を告げると、戦う選手たちもその唐突な提案に意気揚々と了承してくれた。
「それで、みんなにはお願いがあるんだけど」
了承を得たところで俺は〝シューティング・スターズ〟の面々を集めて1つの指示を出す。
「それは……正直、やったことないですね」
「んでもでも、オモシロそーじゃん!」
「どうなるのか分からないけど……やってみよう?」
「うん、先輩がそう仰るなら。頑張ろう、比奈子!」
「がってんしょうち」
最初こそ戸惑い気味のみんなだったが、〝物は試し〟と言わんばかりに頷いてくれた。バスケ素人の俺の意向を汲んでくれて嬉しいと共にほっとする。
そして、始まった5分間のラストマッチ。
「え……?うそ」
間もなくして、コート上に驚愕が訪れる。由季がぽつりと零し、唖然としているのも頷ける。指示を出した俺自身、何がなんだか分からないのだから。コートにいる選手たちでさえ誰もが理解出来ていないようだった。その時間を作り出している比奈子を除いて。
その〝マジックショー〟とでも言うべき不思議な時間はきっかり3分間続いた。残り2分は先の試合と同じく、がっぷり四つの取っ組み合いが再開された。
これは……いけるかもしれない。
興奮を隠せない。昔、誰かが言っていた。一発勝負の試合で最も大事なのは〝意外性〟だと。きっと、効果は3分間という限られた短い時間ではあるが、上手くいけば最後の切り札にも成り得る。それくらい、この〝意外性〟には大きな手応えを感じた。
結局、ラスト5分間を戦い抜いたスコアは【18―8】で〝シューティング・スターズ〟に軍配が上がったのだった。




