《28》
「それじゃあ、練習を始めましょうか」
水曜日。いつもの体育館に集まった〝シューティング・スターズ〟の面々。ウォーミングアップを終えて練習開始の陽飛の号令が掛けられた。
「おっしゃあ!あのムカつく分からず屋女をやっつけるための特訓だぁ!」
あられもない罵声と共に気合いを高める真由。
「ま、真由ちゃん、気持ちは分かるけど、それはちょっと言い過ぎなんじゃ……」
そんな真由のことを諌めるよう控えめに言うのは愛。
「えー、なんでだよ!?だってだって、あの女ヒドすぎじゃん!花ちゃんなんも悪くないし!そんな花ちゃんの青春を台無しにして奪ったんだよ!?これが怒らずになんていられるかってんだ!なあ、ヒナ!?」
「やつはとんでもないものを盗んでいきました。花*花の青春です。青春泥棒。大罪確定。磔獄門」
真由に促された比奈子はいつになく饒舌に喋る。表情と声の調子はいつもと変わらないが、どうやら相当怒っているらしい。
……ていうか、言ってる内容が怖いのだが。
「え、え?」
試合に対してある種モチベーションを上げる真由と比奈子に気圧され気味なのは当の本人である智花だった。
あの日曜日、俺に自分の過去を打ち明けてくれた智花はあの後、みんなに時間を作ってもらって俺に話してくれた内容を包み隠さず全部伝えたとのことだった。
……良かったな、花澤。こんなにも頼れる仲間なんてそうそういるもんじゃない。
戸惑い気味の智花を尻目に、俺はみんなの様子を目を細めながら眺めていた。
智花の告白がメンバー全員の意識を統一し、晴れて正真正銘の一枚岩となったようだ。これなら、と頼もしさを覚えずにはいられない。
「ふふっ、みんな同じ気持ちよ、智花。さて、時間もないし、改めて練習に―」
「あ、ちょっと待ってもらえるかな?」
陽飛がまとめに入って練習開始を促すのを俺がストップをかけた。
みんなの気概を殺ぐのは本意ではないが、タイミングはここしかない。
「なんだよ、まーくん!あたし達、ゆーちょうに構えてられるほどもう時間ないんだかんね!!」
「分かってるって。……入ってきて!」
少々苛立ち気味の真由を抑え、俺はコートの入り口へと大きめの声を送る。コートに入る時、引き戸をわざと少しだけ開けておいたのは声がちゃんと通るようにするため。俺の声に反応し、戸はすっと開けられた。
「「「失礼します!!」」」
礼儀正しい第一声と共に現れた一団に、既にコートで臨戦態勢となっているメンバーのみんなはキツネにつままれたように呆けた顔をしている。
「せ、先輩……あの方たちは……?」
おずおずと訊いてくる智花に俺は頷いて答える。
「蒼桜大学のバスケサークル〝ライジング・サン〟の人たち。今日と金曜日、みんなの試合相手になってくれる」
「え!?」
智花が驚きの声を上げると同時に他のメンバーも同じようにして俺へと視線を集中させた。
「花澤、言ってたよな?このチームとしての試合経験が少ないって。だから、俺考えたんだ。残りの2日間は闇雲に練習をするよりも、練習試合をこなした方がみんなのためにはいいんじゃないかって。差し出がましいとは思ったんだけど……。もし、みんなが乗り気でなければ、謝ってでも中止にするよ」
「まーくん!!」
俺の言葉にいち早く反応したのは真由だった。もの凄い剣幕。
やべ、やっぱり勝手なお節介だったかな……。5人で過ごせる最後の時間になってしまうかもしれないのに、みんなの許可なく部外者を呼んだりなんかして……。
「スゴイよ!!すっごいファインプレーじゃん!!」
「こんな素敵なセッティングをして頂いてありがとうございます!!」
「練習試合、やりたいねってみんなで話していたんですよ!!」
「びっくさぷらいず」
俺の不安は杞憂に過ぎなかった。真由を皮切りにして、陽飛、愛、比奈子が声を上げる。
「先輩……」
「ごめん、本当は花澤に確認してから決めるべきだったな。俺もこの案が急な思いつきだったのと、相手側の都合がつくかどうか微妙で。もし、ぬか喜びで終わったら申し訳ないなって思って」
言い訳を連ねると智花は首を横に振った。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて。
「いえ、そんなこと……!私の、私たちのために、こんなにも素晴らしいプレゼントを用意して下さって……感謝してもしきれません!!」
「はは、大袈裟だな。……まだ早いよ、花澤。泣くのは土曜日の試合に勝ってからな」
「はい……!!」
俺の言葉に頷く智花。意図せず智花の頭に手を置きそうになり、動かし掛けた手を不自然に自分の頬へと差し向けた。
……何考えてるんだ、俺は。
視線を変える。蒼桜大学バスケサークル〝ライジング・サン〟。その先頭を歩く女の子は俺と目が合うなり悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『ほらぁ、やっぱり』
……だから、違うっての。
目には目で返す。でも、その顔はすぐにいつもの陽だまりの笑顔に変わる。本当によく俺の無理を聞いてくれたよ。感謝という言葉以外にない。俺は小さくひとつ頷いた。
「頼みがある。由季のサークルのメンバーたちと試合させて欲しい」
あの日の夜、俺は由季にこう申し出た。唐突な思いつきだった。由季がせっかく〝ムーン・ドリップス〟対策の練習メニューを講じてくれると言った矢先のどんでん返し。無理を言っているのは百も承知だった。当然、由季には由季の都合がある。何せ、由季は自分たちのサークルの合宿でこっちに来ているのだ。その時間をやりくりしてまで俺の些事に付き合ってくれているのであって、それだけでも十分ありがたいことなのに、それに胡坐をかいてこんな難題を突き付けたとあってはさすがの由季も愛想を尽かすかもしれない。
でも、それを覚悟で頼んだ。今、事に全力で当たらなければ絶対に後悔する。俺はもう終わってしまっているけど、あの子は終わらさせたくない。これ以上、後悔を与えたくない。後悔をするのは俺だけで十分だ。
正面に座る由季は俺の覚悟を受け止め、ふふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「やっぱり、タカ兄だね。そう言ってくれるんじゃないかって思ってた」
「え?それって……」
「私もタカ兄と同意見。今回の場合、試合の方があらゆる面で効率がいいと思う」
「おいおい、んなら何でそう言ってくんないんだよ……」
思わず脱力する。それなりの覚悟と申し訳ない気持ちで言った俺はいったい何だったのかと思ってしまう。
「言ったじゃない?今回の試合に関して私は部外者だって。タカ兄が考えて行動することに意義があるの」
「何だよ、それ……。そんな学校の先生みたいな回りくどいことしなくていいんだっつうの。由季だって分かるだろ?余裕のある状況なんかじゃないって。答えをくれよ、答えを」
「駄目だよ、それじゃあ。タカ兄のためにならないもん。自分で考えて行動する。これが大事。人生は悩んで悩んで答えを出していくものでしょ?てっとり早い近道はないんだよ。〝急がば回れ〟って言うじゃない」
俺の懇願を由季は可愛く一蹴する。と同時に諦める。こうなった由季は梃子でも動かない。
「……かってぇなぁ。つーか、話のスケールが大きすぎんぞ。何だよ、その教育的指導は……。まさか、由季に『人生』とはだなんて言われるとは思わなかった」
「タカ兄は身内だからね。私だって本当はもっと進んで手助けしたいよ?でも、自分に逃げ道を作っちゃいけないと思うの。誰かの助言を受けてそれを基に実践してもし失敗した時、それは自分で決めてしたことに変わりはないけど、『あいつが言ったことだし』って言い訳は立っちゃうじゃない?言ってみれば責任逃れが出来るの。タカ兄がそうとは言わないけどさ。人はみんな無意識に逃げ道を探すの。自分を傷つけたくないから。だけど、それだと必ず迷いが生じる。信念が揺らぐ。本当の意味で自分で決めたことじゃないからね。自分で悩んで考えて出した答えであるなら、それがどんな結果をもたらしたとしても納得は出来るでしょ?付け加えて言えば、決めるべき事柄が大切なことであればあるほど、その重みは大きくなる」
返す言葉がなかった。由季の言う通りだ。物事に全力で臨むためには、一切の言い訳は排除しなければならない。どんな些細なことでも自分の都合のいい拡大解釈によって逃げ道となってしまうのだ。現役当時、幾度となくこの〝弱い自分〟と戦ってきたじゃないか。
「今度の試合、タカ兄はその結末も見届けるんだよね?だったら尚更、タカ兄が決めなきゃ駄目。タカ兄だって、もう〝シューティング・スターズ〟のメンバーみたいなものなんだから。試合には出れないけど、一緒に戦っていることに変わりはないと思うな」
「……そうだな。ありがとう、由季」
素直に礼を述べる。大切なことを思い出させてくれた気持ちだった。
「どういたしまして。サークルのみんなに事情を話して試合は何とかしてみるよ。予定は決まっちゃってるけど、対外試合なんて出来ればみんなも喜ぶと思うし。何とか頑張ってみる」
むん、と気合いを入れる由季。
「ああ、頼む」
「……」
「ん?どうした?」
不意に、俺の顔をじっと見つめてくる由季。由季は目を細めて言った。
「死んでなかったね、タカ兄」
「は?それってどういう意味だよ?」
俺の問いに由季は答えることなく、俺が何度訊いても答えを教えてはくれなかった。由季はその言葉はなかったことのように、それからバスケに関する話題を提供し続けた。ポジション、ルール、フォーメーションなど、基礎的な知識の解説をし続け、由季の特別講義はレストランを出るまで続けられたのだった。
……結局、あの由季の言葉の真意は分からないままだけど。
おっと、今はそんなことを考えている場合じゃない。それはひとまず置いておこう。せっかく、こうやって得難い時間を作ってもらえたのだから。
コート上に揃う〝ライジング・サン〟の面々と挨拶を交わし、簡単な自己紹介をしてからすぐさま試合へと入っていく。
あと2日……悔いのないように頑張ろう。
〝ライジング・サン〟との練習試合に臨む〝シューティング・スターズ〟の面々に心でエールを送ると共に、俺自身も一緒にコートの中で戦っているという意識を持って、みんなのことをじっと見据えるのだった。




