《26》
「わ、悪い、待ったか?」
はぁ、はぁ、と息を切らしながら、駅の改札前で待つ由季の姿を見つけて、すぐさま距離を詰めた。膝に手を置いて懸命に息を整える。
「遅いよー、タカ兄。3分遅刻。私だからいいけど、これが本当のデートだったらアウトだよ?1死。まあ、お姫様を送り届けてたんじゃ仕方ないかもしれないけどさ」
「からかうのはよせって……」
芝居がかった口調で窘めるように言う由季に、弱々しくも抵抗する。
……何で言っちまったんだよ、俺は。
うっかり、としか言いようがない。あくまで、由季にはバスケの試合のことだけ話したかったのに、由季の不意打ちの〝デート〟発言に動揺させられてしまったらしく、日課となってしまっている智花の付き添いのことまで口を滑らせてしまったのだった。
ちなみに、今日―月曜日の付き添いも無事完遂。特に、異常は何もなかったように思う。
「でも、それは脈あるんじゃないかなぁ?タカ兄の頑張り次第で、初の彼女が出来るかも」
「だから、俺と花澤は違うんだっつうの」
独りでうんうん頷く由季に、何度と分からない反論をして返す。
「……」
「な、何だよ?」
昨日とは違う、無言の重圧をかけてくるような由季の視線にたじろぐ。
「意地っぱり」
「へ?何だよ、それ……」
「何でもなーい。それより、行こっか」
ぎゅっと、由季は躊躇することなく俺の手を握ってくる。思わずどきりとしてしまう。
……そんなこと由季には言えっこないが。
「それで、どこに行くんだよ?デートって」
〝デート〟の単語が心なし声が小さくなってしまったことが情けない。が、由季はそんな俺の気持ちを見透かしているのかいないのか、まったく触れないでいてくれた。
「タカ兄、〝彼を知り、己を知れば、百戦危うからず〟だよ」
「え、それって……」
「案内してよ。会場に」
由季に引っ張られるようにして俺は駅の改札を潜った。
「ビンゴだったね」
我が意を得たり、とでも言わんばかりのしたり顔をする由季。そんな由季の顔を見て、俺は苦笑を禁じ得なかった。
「だったけどさ……もし、外れてたらどうするつもりだったんだよ?」
「う~ん、その時はホントにデートしちゃえば良かったんじゃないかな?」
由季は口元に人差し指を当てながらそんなことを言ってのける。
「……よくもまあ、そんな冗談をさらっと言えるよな」
「えー、私けっこう本気だよ?」
「さいですか……」
それにしても、驚いた。いや、俺もまったく考えなかったわけではない。だけど、それを行動に移せる気持ちが足りていなかった。由季の行動力にはただただ脱帽するしかない。
今、俺と由季は決戦の舞台となるあの体育館に来ている。受付にてコートの使用状況を確認すると【20時~22時 ムーン・ドリップス 花形ひより】と記されていた。
〝ムーン・ドリップス〟ってのは花形さんの所属するサークル名ってことでいいんだよな。
使用人数の欄を見ると18人と記載されている。智花たちの約3倍のメンバー数。
これは……花澤たち以上に、しっかりとした活動をしているんじゃないか?
参加人数から見た安易な想像だったが、智花から聞いたひよりの印象からいって、まず間違いないと確信する。なあなあでバスケをやるようなイメージはさらさらない。
その読みは見事に当たる。出来れば当たって欲しくなかったが。
受付脇にある階段から2階に上がると、ガラス張りの窓から1階のコートが丸見えで、中の状況が手に取るように分かった。窓ガラスが締め切りのため中の声は聞こえないものの、真剣な表情で練習に取り組むひよりを始めとした彼女たち―メンバーたちの姿があった。
「何か、どこぞの強豪校って言葉がしっくりくる感じだな。18人もいて誰も手を抜いてないし、やっぱりこれだけの人数がいると圧倒されるものがある。由季、感想は?」
「うん、私も同じ。私の所属するサークルは学内でも唯一の体育会系にも匹敵するサークルなんだけど、それに近い空気を感じるな。……ね、タカ兄、中の声も聞いてみたくない?」
「え?それってどういう―」
俺の答えを待たずして、由季は徐に格子の隙間から窓ガラスに手を掛けた。かけられた鍵を外して窓を少しだけスライドさせる。すると、当然のことながら中の声が聞こえてきた。
「じゃあ、5分休憩。休憩が終わったらゲームをしましょう」
ひよりの指示の下、他のメンバーはぞろぞろとベンチ脇へと歩いていく。
「お、おい、勝手に窓なんか開けて大丈夫かよ?」
「大丈夫っしょ。たぶん。まあ、怒られたらそれはその時で」
由季は悪戯っ子のような笑みを浮かべて可愛らしく舌を出す。
……まあ、由季の言う通りか。中の状況をより知るためには多少なりともリスクを冒すしかない。ただ怒られて済むのであれば安いものだろう。俺は由季と共にコートの中へと意識を集中させることにする。
「ゲームだけど、今度の土曜日の試合を想定して行う。ビブスを渡されたら土曜日に出てもらうからね」
有無を言わさないひよりの口調。その場にいるメンバー全員は異論を挟まなかった。
うん、確かに〝キャプテン〟って感じがするな。
「あ、これって相手のレギュラー陣を見定めるチャンスだけど、顔と名前がちゃんと一致出来るか―」
「ほい」
「へ?何だ、この画像」
「さっき受付のところで隠れて写メ撮っちゃった。参考にどうぞー」
「おぉ、あの時か!」
「あとはビブスの番号で区別するしかないね」
「ああ、ちゃんと頭に入れる」
思わぬ由季のナイスアシストにより、俺は由季の携帯電話の画面を見ながら、ひよりの言葉を待つ。まるで選手兼監督然として、ひよりが番号と名前を呼んでいく。
「5番、宮田かなえ」
「はい」
5番のビブスを受け取ったのは、ひよりと比べて少し低い背丈でふんわりエアリーショートの女の子。当然、とばかりのその様子や立ち居振る舞い、雰囲気から、ひよりを補佐する副キャプテンのような印象を受ける。
「6番、歳内莉央」
「はいはーい♪」
先にビブスを受け取ったかなえとは対照的に、ひよりに呼ばれたのを嬉しそうに返事をしてビブスを手にする女の子は、アイドルばりにキラキラしている。身長はかなえよりも低く、150センチに届くかどうかくらいか。前髪に付けている髪留めが特徴的。
「7番、田畑琴子」
「うぃーっす」
ひよりの声にどすの利いた声で応えるのは、このチームで1番の高身長とみられる女の子。女の子にしては珍しい短髪で、がっちりとした体型はさながら〝ビッグマン〟という言葉がよく似合う。
……男なんじゃないか。
失礼と思いつつ、思わずそんな感想を抱いてしまう。
「8番、島村亜姫」
「うん」
最後に呼ばれたのは、〝西洋のお姫さま〟という言葉がぴったりな気品さが溢れる女の子だった。長い栗色の髪を後ろでアップにまとめて、透明感に満ちた声を発し、上品な仕草でひよりからビブスを受け取る。身長はひよりと同じくらいだが、すらりとしたスタイリッシュな印象を与えてくる。
「これが相手チームのスタメンか」
全体的に鑑みて、チーム身長はあちらに分がありそうだ。
まあ、身長も然ることながら、花形さんが選び抜いた精鋭だ。きっと、実力も申し分ないだろうことは想像に難くない。
……大丈夫かな。
―つんつん。
「へ?」
気がつくと由季に頬を突っつかれていた。由季の方を振り向くと、由季は柔和な笑みを浮かべている。
「そんな怖い顔するのはまだ早いって。まずは、ゲームをしっかり見てから。ね?」
「……ああ、そうだな」
まったくもって由季の言う通りだ。何を先入観で判断してるんだ、俺は。
気を取り直して俺はコートへと顔を向き直す。
続いてひよりから対戦するメンバーの名前が呼ばれ、数分後、土曜日の試合を想定したゲームが始まったのだった。




