《25》
「ううん、違うよ。野球部のマネージャーは高校の時まで。今はバスケやってるんだ」
……え?
「ど、どうしたの?タカ兄、顔面崩壊してるけど……?」
心配そうに俺を見る由季にしばし遅れて反応する。
「ちょ、ちょっと待て。由季、お前今何て言った?」
「え?だから、顔面崩壊ってくらい酷い顔してるって」
「違う!そこじゃない!え?野球部のマネージャーじゃなくて、バスケやってるの?」
「う、うん、そうだけど……」
確認のためにもう1度訊くと、由季は戸惑い気味にこくりと頷く。
「マジで!?何でまた!?」
「何でって……私、小学生から中学の途中までバスケやってたでしょ?その頃のチームメイトで引っ越ししちゃった子と大学で偶然再会してね。また一緒にバスケやろうよって話になって。最初は、いっちゃん―彼氏が野球部だから大学でもマネージャーやろうかなって思ってたんだけど、『自分のやりたいことやりなよ』って彼氏に言ってもらえて。色々考えて悩んで、その子とバスケサークルに入ったの。……えっと、それがどうかしたの?」
俺の異様な剣幕に戸惑い気味の由季。それはそうだよな、と思うけれど、そんな余裕は俺には皆無だった。一気にテンションが跳ね上がってしまう。
いやいやいや、どうかしたどころの話じゃないんだって!
俺は百万の戦力を得たばりの勢いで興奮気味に由季の肩に手を置いた。
「どうしたもこうしたもないんだよ!由季、お前でかしたぞ!なあ頼む!俺に力を貸してくれ!」
「え?え?ちょ、ちょっと待って!タカ兄、落ち着いて!」
何言ってんだよ!これが落ち着かずにいられるかってんだ!
こんな幸運、滅多なことじゃ起こらない。勝利の女神がここに舞い降りた。後光が差してさえ見えるぞ。
……えっと、何から話せばいいのか……!
―ぐぅ。
「あ、あれ……?」
興奮して頭が空転していた俺の腹が空気を読まずして盛大に鳴った。
おい、俺の腹!何てタイミングで鳴ってんだよ!?
「もしかして、タカ兄、夕飯まだ?」
「ああ、まだ食べてないけど……」
盛り上がった勢いが一気に萎んでしまう。どうしてくれるんだよ、この場の空気。
俺、まだ由季の肩に手を置いた状態なんですけど……。
段々と恥ずかしくなってしまった俺を察するように、由季が穏やかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、私が何か作ったげるね?それでご飯食べながら、タカ兄の話聞かせて?私に力になれることなら遠慮なく力になるからさ」
にこっと微笑む由季。
……天使すぎるだろ。
そう思わずにはいられなかった。
「なるほどね、そういうことか」
由季の作ってくれた夕飯を食べながら、俺は事の顛末を由季に話した。来週の試合に関わる智花の話を洗いざらい。もちろん、〝砂時計〟のことは伏せたままで。
由季になら話してもいいかなとも思ったが、それを話したところでやることは変わらないし、余計な話をして由季を混乱させてもいけないと思って止めておいた。
夕飯は一気に平らげた。さすが弁当屋の娘。食が進む進む。こんな美味しいもの、毎日でも食べたいと思うほどだった(実家から送られてきていた野菜と冷蔵庫に残っていたものを総動員しての和洋折衷フルコース)。
俺の話を聞いた由季は神妙に頷いた。
「じゃあ、何としても勝たなきゃだよね。でないと、花澤さんがまた傷つくことになっちゃう」
「ああ、それはやっぱり可哀想すぎるだろ。あんな話を聞いたらさ、どうにかして勝たせてやりたいって思ってさ」
「……」
「な、何だよ……?」
不意に、俺のことをじーっと見てくる由季にたじろぐ。ふふっと由季は笑みを零した。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「ん?いいけど?」
「タカ兄、花澤さんのこと好きだよね?」
「は、はぁ!?」
思いもがけない問い掛けに、俺は頓狂な声を上げてしまった。思いっきり反論する。
「何言ってんだよ!?」
「あれれ?違った?」
「ちげーよ!変なこと言うなよな……!」
「ふぅん。じゃあまあ、そういうことにしておくか」
「何か、含みのある言い方だな……。別に、花澤は職場の後輩なだけで、この話だってたまたま聞いただけなんだよ。さすがに、こんな話を聞いて放っておくってわけにもいかないだろ?なんつーか、人として」
「はいはい、分かりました。タカ兄は優しいってことも」
俺の反論に由季は渋々といった感じで納得してみせる。そんな由季を見て、心に得も言われぬ引っ掛かりを感じたが、俺は敢えて黙認した。
「……それより、何かいい策なんてないか?もう試合まで1週間切ってるし、やれることなんてたかが知れてるかもしれないけど。何もしないまま、試合の日を迎えるってのはどうにも不安で」
「やっぱり、タカ兄だね。真面目な優等生。タカ兄って、学校の定期試験とか、絶対に準備に準備を重ねるタイプだよね?少なくても、一夜漬けなんて無謀なことは絶対しない」
「ああ、そりゃあな。その日が試験だって分かってるのに、何にもしないとか後で困るのは自分だからな。そんなイチかバチかに懸けられるほど、俺は肝が据わってないんだよ。って、そんなことはどうでもいいだろ?」
「んーん、大事だよ。だって、今回の試合に関して私は部外者だもん。何をどうするか考えるにしても、タカ兄の方針に則って対策を講じなきゃ」
「いや、そんなところは気にしなくていいけどさ」
「ダーメ。あくまで、私はタカ兄のサポート役として協力するんだから。そこんとこ、しっかり線引きしとかないとね」
「そんなもんかなぁ……」
「そういうものです」
まるで学校の先生みたいな由季の物言い。由季の言わんとするところは分からないわけではないが、こんな言ってみれば緊急事態にそんな線引きをする必要はないんじゃないかとも思うのだが。
「それで、来週の土曜日が試合として、あとみんなが練習出来るのはいつなの?」
「水曜日と金曜日の2日間だけなんだ」
「2日ね……」
腕組みをして考え込む由季。
そりゃあ、たった2日しかないとなると、経験者の由季でも悩むだろうな。
俺だって、テニスの試合があるからって同じ状況に立たされたとしても絶対に悩むこと間違いない。
これが1ヵ月、せめて1週間あれば、特訓と銘打った練習が出来るかもしれないが、たかだか2日じゃ例え大きな対策を打ち出しても徒労に終わってしまう可能性は十二分にある。言ってみれば、〝焼け石に水〟かもしれない。
でも、だからと言って、何もしないだなんて選択はあり得ない。例え、無駄だとしても、やれるだけのことをやり尽くさなければ、悔いが残る。それだけは絶対にしてはいけない。
「……うん。それしかないよね」
「お、何かいい案浮かんだのか?」
自分に言い聞かせるように呟いた由季に訊ねる。由季は意味深に微笑んだ。
「じゃあ、明日、タカ兄の仕事が終わったら私とデートしよっか?」




