《22》
「真由たちとは大学3年生の時に出会いました。大学の同じゼミ。でも、最初は全然交流なんてなかったんです。ひよりとのことがあってから、バスケをやらなくなった私には本当に何も無くなってしまって……私からバスケが無くなったら何もないことに気づきました。それくらい、私に占めるバスケは大きかったんですね。人とも上手くコミュニケーションが取れなくなってしまいまして、人との関わり方を忘れてしまったみたいで。ずっとひとりぼっちの日々が続きました。高校の3年間は空っぽでした。気がついたら終わってた感じで」
それは……そうだろう。夢中になっていたもの、ありったけの情熱を注いでいたものを取り上げられたら、翼をもがれたも同然で喪失感は計り知れない。しかも、ずっと1人でいただなんて。
……痛いほど分かるよ。俺もその口だったから。
「大学生になってもそれは変わらなくて。そうして3年生になって、ゼミのメンバーで学内の球技大会に参加することになったんです。私は参加する気はなかったんですけど、真由が勝手にメンバー登録しちゃってて。しかも、それがあろうことかバスケだったんです。どうしようって思いました。ひよりとの約束がありましたから。『でも、私が出なければいいだけだから大丈夫だよね』と言い聞かせて球技大会の日を迎えました。バスケのメンバーは私を含めて6人だったので、私は理由をつけて控えに専念していました。チームは順調に勝ち進んで、準決勝も勝って決勝進出も決めました。
ですが、準決勝の試合終了直前にメンバーの1人が足を捻挫してしまったんです。私、『今日はあまり体調が良くなくて』と嘘をついていたのでもう代えられる人がいないよねって決勝戦を棄権しようかって流れになったんです。でも、捻挫をした子が『……棄権なんて嫌!ここまで来たら優勝したい!』って泣きそうな顔で言ったんです。……胸が詰まりました。私はその子の気持ちが痛いほど分かりましたから。チームメイトの気持ちを考えたら、自分のせいで棄権しなきゃいけないというのはとても心苦しいです」
団体競技の難しいところだなと思う。〝勝利〟という目標に向かって苦楽を共にし、感情を分かち合い、目標達成を全員で共有出来る素晴らしさがあるけれど、一方でメンバーひとりひとりに掛かる負担や責任が増し、誰かが欠けてしまえば戦う舞台にさえ立つことは叶わなくなる。自己責任では済まず連帯責任になる。団体戦に出場することは名誉なことであると同時に重責が伴うことでもある。
たかが球技大会と言ってしまえばそれまでだが、懸ける想いは当事者にしか分からないし、何よりその熱い想いを卑下することは決して出来ない。
「……悩みました。バスケはもう2度としない。ひよりとの約束があって、でも目の前で泣きそうなくらい困っている人がいて。嘘をついている自分がとても悪いことをしているような気がしました。悩んで悩んで、決めました。私が出るって。その子はとても喜んでくれました。でも、体調不良の体でいたので、みんなが心配してくれて。だから私は『私にボールを回さないで欲しい』とみんなにお願いしました。試合には出るけどバスケはしない。私の中での最大限の譲歩でした。普通はあり得ないですよね、そんなこと。でも、みんな優しいから快諾してくれました。『病人に無理なんてさせられない』って。辛かったです。嘘をつくのが……」
……それは相当に覚悟が必要だったはずだ。高校の3年間と大学の2年以上―少なくとも5年間守り続けていた約束を破ることになったのだから。
でも、それ以上に辛かったのは智花自身だったはずだ。青春の大事な時期を理不尽な禊という鎖で縛られ、自分自身を殺してきたのだから。辛かったのはみんなに嘘をついていたからだけじゃない。他ならぬ自分に対しても嘘をつき続けてきたのだから。
……この子はそんなこと絶対に言わないだろうけど。
「そうして、決勝戦が始まりました。正直、怖かったです。試合に出るのが。コートに立ったら足が竦みました。私は本当にこの場所に立っていいのか分からず、心と身体がバラバラの状態で足が思うように動いてくれませんでした。試合―しかも決勝戦という空気感が私の緊張に拍車を掛けて止まりません。幸い、そんな私の様子は体調不良という嘘が本当だとより信じてもらえることになるんですけど。ともあれ、私はそんな状態で。そもそも、私は何もしないという約束だったので、ある意味では影響なかったのですが。
私というハンデを背負いながらも、みんなは相手チームと一進一退の攻防を繰り広げ、試合内容は互角でした。すごいですよね。けれど終盤、私のカバーをする余り、みんなの体力が尽き始めてしまって……残り時間22秒で2点ビハインド。時間的に最後の攻撃。陽飛がボールを持って敵陣に攻め込みますが、愛も比奈子も体力切れでマークを剥がせず、得点源だった真由にはダブルチームを敷かれてパスが出せない。陽飛が自分で行こうにも相手の執拗なディフェンスにあってボールキープで精一杯。みるみる時間だけが過ぎていって。ああ負けちゃうな、って思いました。もう誰も打つ手がなくて八方塞がりで。
……仕方ないよね、って思いました。ですが、コートにいる私以外のみんなと怪我をしてコートの外にいる子の誰ひとり諦めていなかったんです。声を掛け合い、何としてもあと1ゴールを獲ろうとする気迫がひしひしと伝わってきました。ぞわりとしました。何かが私の心を揺さぶって、気がついたらセンターサークル付近でひとりぼっちだった私は走り出していました。そして、陽飛にパスを催促しました。昔、1番練習をした3Pラインの外側で手を挙げて。
当然のことながら、私はフリーです。でも、ここまで何もしてこなかった私です。いくら私がフリーでも、実力も未知数な私にパスをするなんてよく考えたらあり得ないよな、って思いました。
残り5秒。陽飛は躊躇することなく私にパスをくれました。私の方が戸惑ってしまうくらい驚きました。
でも、ボールを手にした瞬間、身体がもう勝手に反応していました。宙を舞い、その最高到達点で、ボールを放っていたんです。とても懐かしい感覚でした。まるで、スローモーションになったみたいに、着地するまでがすごい長い時間の中にいるような不思議な感覚。何だか、泣きそうでした。着地と同時に試合終了のブザーが鳴って、ボールはゴールネットを通過していました」
ほふう、と智花は息をついた。




