《21》
「私たちの代になってから、ひよりがキャプテンとなってチームを引っ張ってきました。元々リーダー気質だったひよりはキャプテンには適任で、プレーと態度でチームメイトのことを支えてくれました。ひよりは口数こそ少なかったけど、チームの雰囲気も良かったんです。その時が来るまでは……。突然のことだったので、最初は何が何だか理解出来なくて。……急に、ひよりが厳しくなったんです。別に、チームメイトが変なミスをしたわけじゃないんですけど、練習中に怒ったんです。『そんなプレーをして、本気で全国に行けると思ってるの!?』って、それはもう鬼気迫るものがありました。冗談を言うような子じゃなかったから一気に場の空気がピンと張り詰めました。練習に妙な緊張感が漂って、それがその日だけじゃなくてずっと続いて……。部活を辞めちゃう子が出たくらいで」
「……いったい、何があったの?」
「ひよりのお母さんが病気で倒れちゃったんです。チームメイトから伝え聞いた話で、ひよりは話してくれませんでしたけどね。ひより、必要以上に自分のことを話さない子だったから。精神的に辛かったんだと思います。私もひよりと同じ立場だったら、ひよりと同じようになっていたかもしれません」
それはない、と思うのは智花のことを贔屓目に見てしまっているからだろうか。
「何か言葉を掛けてあげたかったんですけど、ひより、気難しいところもありますし、状況も状況なだけに良い言葉が思い浮かばなくて。結局、そのことには触れられないまま大会の前日になりました。最後の練習が終わって、いつも通り2人での居残り練習をして、全部終わった後でひよりが話してくれました。チームメイトの話は本当で、ひよりのお母さんは病気で倒れ入院しているとのことでした。
『智花、私たちが1年の時にした約束覚えてる?』と訊かれ、『うん、ちゃんと覚えてる』
と応えます。ひよりは今までに見たことのない鋭い目をしていました。
『絶対に優勝しましょう』
力強いひよりの言葉に並々ならぬ決意を感じて、私も大きく頷きました。そして、県予選が開幕しました。私たちは順調に勝ち進んで、初の決勝進出を決めました。優勝まで、全国大会まであと1勝。ひよりと私の誓いまであとひとつ。その日の夜、私とひよりは監督に特別に許可を頂いていつもの体育館で最後の練習をしました。ひよりが口を開きます。
『ここまで来たわね』
『うん、あとひとつ勝てば優勝だね』
と気合いを高め合います。不意に、ひよりが口を噤みましたので違和感を覚えました。
『ひより?』
『……誰にも言わないつもりだったんだけど、智花にだけは伝えておくね』
そう言うひよりの声音はいつになく弱々しく聞こえました。初めてかもしれません。こんなに自信がなさそうなひよりは。
『お母さんの状態があまり良くないの』
推して知るべしでした。それ以外、何があるんだって話ですよね。でも、私には衝撃的すぎて、何て言っていいのか分かりません。
『実を言うとね、智花とした誓いはお母さんともしていた約束だったの。……あとひとつ。優勝して、優勝メダルをお母さんに掛けてあげたい。そうすれば、きっとお母さんも頑張れると思うんだ。……智花、明日も私に力を貸してね』
切実なひよりの想い。ひよりの本心を初めて聞いた気がして、本当の意味で親友になれたんだと感じて嬉しかったです。
『当たり前だよ!私は全力で頑張るから!私とひよりがいれば、大丈夫だよ。きっと勝てる!絶対に勝とうね!』
ひよりの想いに応えないわけがありません。私の応えに、ひよりは心底嬉しそうに『ありがとう、智花。うん、絶対に勝とう』笑顔で返してくれたんです。久し振りに見た気がしました、ひよりの笑顔。これは絶対に勝たなきゃ、絶対に負けられない、と自分に強く気合いを入れました。そしてもう1度、ひよりと固く誓いを交わして別れました」
ふぅ、と息をつく智花。
……今の話の流れでいくと、たぶん、決勝は……。
想像はしたくない。でも、してしまう。どれだけ努力したとしても、それが必ずしも結果に繋がるとは限らない。スポーツは時に残酷だ。勝者と敗者に無情にも分けられる。当事者の想いは露知らず、運命の悪戯とも言うべき時の運も左右して勝敗は決せられる。こればっかりは、どうしようもない。
「……先輩も察しましたよね。私たちの結末。……ですが、きっと先輩が想像したよりも残酷な結末です。……試合は負けました。私が出場することなく」
「……え?花澤が出場することなく、って……」
意味が分からなかった。決勝の大舞台に、不動のレギュラーとなっていた智花をメンバーから外すとか考えられない。何を血迷って智花のことを出場させないまま、智花をベンチに残して負けるだとか采配的に大問題じゃないだろうか。それは誰がどう考えても納得出来ないはずだ。これは遺恨が残ったとしてもおかしくはない気がする。
しかし、智花の口から聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
「私がいけないんです」
「へ?花澤がいけない……?えっと……試合前に監督とケンカでもしちゃった、とか?」
智花は力なく首を横に振ってから答える。
「決勝の前日、ひよりと別れた後、私、事故に巻き込まれてしまったんです。交通事故」
「え……」
言葉を失う。そんなことって……。
「ドジ、ですよね。本当に……。ううん、そんな言葉で済ませられないです。確かに、連日の試合続きで体力的にも辛かったのは否めません。事故は、私が疲れすぎていたために赤信号を見落としてしまったために起きてしまったものでした」
「……」
「運送用のトラックに跳ねられて……実を言うと、その時の記憶が曖昧なんです。あとで聞いた話だと、普通じゃ助からなかったくらいの事故だったらしくて。頭を打ってしまったようで……気がついた時、私は病院のベッドに居ました。頭に包帯を巻いて、右足が折れてしまった状態で。目が覚めて1番に訊いたのは今が何時かということ。……時間は待ってくれませんでした。試合の時間はとっくに過ぎていました」
……不運としか言い様がない……。
「幸い、頭には異常がなくて骨折も軽度でした。ですが……追い討ちをかけるように、試合終了後間もなくひよりのお母さんが亡くなってしまったんです」
……最悪な展開だ。踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。悪いことは重なるとはよく言うが、それにしたってこれは余りにも酷過ぎる仕打ちだろう。
けど、だからと言って―。
「私が退院の日がひよりのお母さんの通夜で、退院した足で参列したんです。ひよりは私の顔を見るなり、私に詰め寄って来ました。
『……何しに来たの?』
『ひより、私―』
『今頃、何なの!?もう全部終わっちゃったよ、全部!!……何やってるのよ!?言ったわよね……?〝私とひよりが居れば絶対勝てる〟って……。智花、居なかったじゃない!!何が大丈夫よ……何が……。夢見させるようなこと言って、私のこと裏切って!!』
『ひより……』
何も言えませんでした。私には返せる言葉が無くて。何を言ったとしても、全部言い訳になってしまうと思ったから。ひよりの言葉が痛いほど胸に突き刺さりました。
『……もう、しないで』
怒りに打ち震えながらひよりが言いました。
『バスケ、もう2度としないで!!智花がバスケをしてるところなんて、もう2度と見たくない!!』
……私は無言で頷きました。バスケ、続けたかったですけど、ひよりにそんな風に言われてしまったのがショックだったのと、私がバスケを辞めることでひよりの気持ちが少しでも済むのなら、仕方ないのかなって思って……。私はバスケを辞めました」
智花が言葉を終えると、必然的に沈黙が流れた。
これは……確かに、想像を軽く超えていた。あまりの内容に口が開けなくなる。
が、俺はせめてもの抵抗を試みた。
「で、でも、それは花形さんの逆恨みじゃ……!花形さんのお母さんが亡くなってしまったのは本当に残念でならないけど、試合に勝つって約束が果たせなかったから、それがお母さんの死に直接繋がったわけじゃないだろ?花澤がバスケを辞める必要は―」
智花は俺の言葉を制するように静かに首を振る。
「ひよりとの約束を破ってしまったのは事実ですから。もし、私が事故に遭わず試合に出場して、勝って全国大会への出場が決まっていたら……ひよりのお母さんは助かったかもしれません」
「……」
光を失い、暗い影が落ちた智花の瞳。
スポーツの世界に〝たられば〟は禁じ手だ。そんなこと、智花だって分かっているだろう。でも、そう思わずにはいられないほど、親友の心が打ち拉がれて傷ついてしまったのを知っているから。智花はきっと、そう考えることに終始したんじゃないだろうか。
……たぶん、花形さんだって本当は分かってるはずだ。この不幸が花澤のせいなんかじゃないってことを。でも、この連鎖的に起こってしまった最悪な不運を何かのせいにしなければ、自分の心が壊れてしまうと、混乱を極めた頭は無意識的に理由を欲しがったんじゃないか?
その矛先が、あろうことか親友である智花に向けられてしまった。全てを1度失くすことで、リセットしたかったのだ。無かったことになんてならないのに。
「でも、そんな偉そうなこと言っておいて、ひよりとの約束を破ってしまいました。駄目な子ですよね、本当に……」
「……それが、井口さんたちとの出会い?」
智花はこくりと頷く。




