《20》
「ひより……花形ひよりは中学校のバスケ部のチームメイトでした。私の中学校は運動部でも文化部でも何らかの部活動に入ることが義務づけられていて、私が選んだのはバスケットボールで、そこでひよりと出会いました。私、それまでバスケをちゃんとやったことがなくて。きっかけは、ある小説だったんです。私と同じ名前の女の子がバスケをやっているお話で。読んでいて、とても楽しそうだなって思ったんです。私と同じ名前だからか、その子にもすごく共感できて、やってみたいなって思いました。……大した理由じゃないので、ちょっと恥ずかしくて人に話したのは初めてですけど」
智花は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「いや、きっかけなんてそんなもんでしょ?誰かに憧れたとか、本を読んで興味を持ったとか、よくあることだって」
俺の場合は、〝家族がやってたから〟だし。俺の言葉に安心したのか、ほっとしたように智花は続けた。
「割と運動は得意の方だったんですけど、何分初めてだったので最初は上手くいかないことだらけで大変でした。そんな中、ひよりは別格で、新入生の中でも群を抜いていました。上級生と比べても遜色ないくらいで」
「ひよりさ―花形さんは経験者だったの?」
名前で呼ぶのは何だか馴れ馴れしい気がして、苗字に変えて聞き直した。
「はい。ひよりは小学校のミニバスから始めていたこともあって、最初からとても上手でした。『私も早くひよりみたいに上手くなりたいな』って思ったくらいで。それくらいひよりは上手かったので、初心者で下手っぴの私なんかと接点があるわけもなくて、最初の頃はひよりと会話をすることさえありませんでした。話してみたいなって思ったんですけど、気後れしちゃって。私から話し掛けるのは何だかおこがましい気がして出来ませんでした」
その気持ちは凄く良く分かる。自分よりも上手い人―自分と圧倒的な差がある人って、自分とは違う世界にいるんじゃないかと錯覚するくらいで、話し掛けたりだなんて考えただけで緊張してしまって話し掛けられず、ただ遠くから眺めているだけになるというのは俺にも経験があった。
「それでも、同じチームですからいつかはひよりともお話出来るのかなって、漠然と考えてはいました。ひよりと初めて話したのは、部活を初めて1ヶ月後くらいだったかと思います。意外なことにひよりの方から話し掛けてくれたんです。私、部活が終わった後も先生に許可を頂いて居残りで自主練をやっていたんです。バスケがすごく楽しかったんです。全然上手く出来なかったんですけど、ごくたまに上手くいって。上手く出来た時の嬉しさとか楽しさとか、すごい気持ち良くって。その感覚をずっと味わいたいって思ったら、いっぱい練習するしかないって思いました。居残り練習ではアウトサイドからのシュートを黙々と撃ち続けました。1人で出来ることはシュートくらいしかありませんでしたから。1日500本。入るまで延々と撃ち続けて。……どうしても入らない時もあって、遅くなっちゃった時は先生に怒られたりもしてしまいましたが」
苦笑混じりに頬を掻く智花。
「そんなある日のことでした。いつも通り、私が居残り練習でシュートを撃っていた時に『綺麗なシュートフォームね』って声が聞こえたんです。驚いて振り向くと、私しか残っていないはずの体育館にひよりの姿があって。最初、何が何だか分かりませんでした。ひよりが私のシュートを褒めてくれたことに気がつくまで少し時間を必要としました。私が応えられないでいると、ひよりが続け様に声を掛けてくれて。『いつも残って練習してるの?』『バスケ、始めてまだ1ヵ月なのに凄いね』『才能あるわ。もっともっと上手くなれる』とか。色々なことを話しました。そうしたら、ひよりが『明日から、私も一緒に練習してもいい?』って言ってくれたんです。すごく嬉しかった。それから、ひよりと2人の居残り練習が始まりました。今までシュート練習だけだったのが、ひよりが居てくれることで1on1をすることも出来るようになって、ドリブルやパスとか、色んな技術をたくさん教えてもらえて、次第に出来ることが増えていきました。そうして、秋の新人戦の頃にはレギュラーとしてチームの代表に選ばれるまでになれたんです」
頑張ったんだな、と思う。チームのレベルにも因るところはあるかもしれないが、初心者がレギュラーに抜擢されるようになるのは並大抵の努力ではない。毎日毎日、それこそ血の滲むような努力をし続けてきたからこそ、得られた結果に他ならない。
でも、智花ならあり得ないことではないと思った。いや、むしろ、当然の結果だろうとさえ思う。
この真面目で真摯な態度をもってして、努力をし続けて来たのなら、相応の成果が得られて然るべきだ。もちろん、運もあったかもしれない。でも、その〝運〟だって努力をしなければ起こり得ない事象。言ってみれば、神様からのご褒美だ。努力を蔑ろにしては運は味方になってくれない。
「初めての試合は本当に緊張してしまいました。でも、コートに立って隣にひよりがいることで自然と緊張が解れて、練習通りに自分の力を出すことが出来ました。ひよりとの連携も練習以上に上手くいって。『私、智花と相性ピッタリみたい』ってひよりが言ってくれたのもすごい自信になって。試合も勝つことが出来ました。結局、新人戦はベスト16で終わってしまいましたが、私の中学校としては10年振りの快挙だとかで。そのメンバーとして自分がコートに立てていたんだと思ったら本当に嬉しかったです。それはひよりも同じだったみたいですが、ひよりは更にその先を見据えていました。試合の後で、ひよりに言われました。『私たちの代で優勝して全国大会に出ましょう。私と智花がいれば絶対に出来る。一緒にバスケで1番になろう』って。私も『うん。頑張ろうね』って頷いて。2人で誓い合いました。それから練習も今まで以上に熱が入りました。チームも結束して、次の全国大会の県予選はベスト8。チームも着実に強くなっていきました。コンスタントに結果を残して、私が2年生の時の新人戦はベスト4、あと1歩で決勝進出というところまで来ました」
「それは凄いな。ベスト16が快挙だった学校が、優勝を狙えるまでになったんだから」
「そうですよね。今考えると、本当にすごかったんだなって思います。あの当時は、現実を目の当たりにしていたからか、そこまで実感に乏しかったかもしれませんが」
……順調だよな、今のところ。
智花の話はここまでサクセスストーリーまっしぐら。この流れで、何がどうなってチームメイトとあんな状態になってしまうのか。共に実力を認め合って、居残り練習まで一緒にする睦まじい仲がどうして破綻してしまったのか。想像が及ばなかった。
「チームの状態も最高で成績も積み重ねて、残すは最後の全国大会の県予選のみとなり、大会まで残すところ1ヵ月となった頃でした。ひよりが急に変わってしまったんです」
智花の声のトーンが急激に下がった。
ここから、か……。
俺は今まで以上に心して智花の話に耳を傾ける。




