《18》
「……正直、難しいと思います。ひよりのチームがどれ程のレベルか分からないので、私の憶測になりますが。少なくとも、ひよりはレベルが違います。昔、県内NO,1のフォワードとして表彰されたくらいで」
「県NO.1……」
「そのひよりのチームですから、それ相応の力を持った人たちが集まっているのではないかと……。勝てる可能性は10%にも満たないかもしれません」
淡々と話す智花に『おいおい、ちょっと待て』とばかりに反論する。
「けど、花澤たちだってレベルは高い方なんじゃないか?昨日の練習しか見てないから判断する材料に乏しいけどさ。それでも、レベルが低いだなんて思わなかった」
「ありがとうございます。先輩にそう言って頂けるとすごく自信になります。確かに、私たちも上手くなりたいって上のレベルを目指して頑張ってますから。ほぼ週1回とはいえ、トレーニングだってしっかりやりますし、基礎的な練習も疎かにはしていません。客観的に見ても、個々の技術も低くはないと思います。ただ、私たちの場合、実戦経験がほとんどないんです」
「実戦経験……試合ってこと?」
「はい。本当に数える程度で……。試合勘の差は間違いなくあるでしょうし、ちゃんと練習しているとはいえ、何度も言うように私たちはほぼ週1回なんです。私みたいに個人練習してる子もいますが、練習量でも大きな差があるんじゃないかと」
「でも、練習量の差だけで勝負は決まらないだろ?特に今度の試合は一発勝負。極端な話、例え勝率が10%であっても、その10%をその試合に持ってくればいい。……綺麗事だけどさ。けど、試合なんてやってみなければ分からない。勝負に絶対はないんだから」
言葉に力が入った。とはいえ、勝負の世界をとうに離れた人間の戯れ言に過ぎない。智花から見たら、『スポーツ素人のくせに、言いたい放題言ってくれちゃって』などと不快に思ってしまっているかもしれない。けれど、試合に臨む段階からマイナスなイメージばかりを持っていたら絶対に勝てない。勝てっこない。例え虚勢でも、張らないよりは幾らかマシだ。
……でも、きっと花澤なら。
「……さすが先輩です。私もそう思います。冷静に分析したところで不利であったとしても、戦ってみなければ結果なんて分かりません。きっとチャンスはありますよね!」
やはり、俺の杞憂に過ぎなかった。智花は現状をしっかり踏まえただけで、ただ弱気になっていたわけじゃなかった。
……でも。それが逆に、智花の首を絞めることになりかねない危惧もあった。
希望の灯が強く燃えるほど、消されてしまった時の絶望感や喪失感は計り知れない衝撃となって智花のことを襲うだろう。ただ、だからと言って「あんまり期待しない方がいい」だなんて言えるわけもなく。
……まあ、試合に勝てばこんな心配も杞憂に終わる。
駄目だった時は……智花の精神力に懸ける以外にない。……というのは、余りに無責任だろうか。やはり、最悪の事態を想定して何か策を練っておいた方が……。
いや、でも、俺のフォローなんて高が知れている。
……。
「あと2回の練習で色々と確認しないと。試合前にあと2回しか練習出来ないのは正直不安ですけど、贅沢を言ってられませんよね。もしかしたら、ぶっつけ本番になった可能性もありましたし。みんなに感謝しないと」
俺があれこれ悩んでいると、智花は独白しながら気合いを高めていた。
智花が今言ったように、試合前にみんなで集まれるのはあと2回。いつもの金曜日の練習会と急遽決まった水曜日。みんなの予定を照らし合わせ、体育館の空き状況が上手い具合に合致したため得られた貴重な時間。この残された時間で、どれだけ試合に向けての準備が出来るか。決して無駄には出来ない。
「大切に使わなきゃ。みんなとの時間を……ふぁ」
噛みしめるように言う智花だったが、眠たげな欠伸がひとつ顔を覗かせ、慌てて取り繕うとする。
「す、すみません。こんな時にあくびだなんて……。しまらないですね」
恥ずかしそうな智花に思わず笑みを零してしまった。
「はは、そんなことないよ。そろそろ寝ようか?」
「はい。おやすみなさい、先輩」
「おやすみ」
挨拶を交わして再び目を閉じる。程なくして、智花の寝息が聞こえてきた。智花の寝息はとても穏やかで、いつまでも聞いていたくなるような不思議な旋律を奏でていた。
……頑張ろうな、花澤。
そう心の中で呟く。夢見心地とでも言うべき浮遊感がいつしか俺のことを包んでいて、気がつくと俺の意識は遠い世界へと誘われていた。