《15》
「ね、ねえ、ちょっと!どういうことなの!?何で、智花がバスケを辞めるとかの話になってるわけ!?」
「わっかんないよ!なんか知んないけど、あの女が約束がどうのとか、色々いちゃもんつけてきたんだもん!マジで頭キタ!ぜってぇ、あの女ブッ倒してやる!」
「それで、今日の練習は?」
「ん?練習……あーっ!練習のこと、すっかり忘れてた!」
陽飛に訊ねられ、思い出したように叫ぶ真由。
「練習は出来ないみたい。何でも、あの子たちのチームが先に予約入れておいたのを、受付の手違いで予約入ってないことにされてたらしい」
未だ絶賛沸騰中の真由を制して、俺が代わりに答える。ずっと黙っていたせいで、喉が張りついてしまっていて多少声が掠れてしまった。
「そう、だったんですね。それでその、勝負のお話は……」
「それは……」
愛の問いに答えられる材料を俺は持ち合わせてはいなかった。智花のことを窺う。智花は依然として俯いたままだった。とても話が出来るような状態じゃない。やっとのことで智花が口を開いた。
「……ごめん、みんな。ちょっと、風に当たってくるね」
「あ、智花ちゃん!」
完全に覇気を失った智花は力なく歩いて行ってしまった。この場に居た俺を含めたメンバーたちもどうしたものか分からず、智花の後ろ姿を見つめていることしか出来ないでいた。
「大丈夫、花*花……?バスケやめちゃうの?」
いつも無表情な比奈子が沈痛な顔で問う。
「辞めるもんか!花ちゃんがバスケ辞めるとか、あり得ないって!あんなにバスケが上手いのに、なんで辞めなきゃいけないんだよ!?」
「真由ちゃん、落ち着いて……!で、でも、あの人たちと来週試合をして、もしわたしたちが負けちゃったら……」
「負けないよ!負けたりなんかするもんか!」
「熱くなり過ぎ」
顔を真っ赤にして力強く宣言する真由に、陽飛が冷静に注意する。
「それで、まずは確認だけど、来週の土曜日ってみんな予定は大丈夫?真由が勝手に勝負を受けちゃったけど、予定が空けられないんじゃ元も子もないからね。遠慮なく今言って。無理なようなら、私が交渉して日程を変更してもらうわ」
「勝手にって……!あたしは花ちゃんの為を想ってだな!」
「分かってる。あんたが仲間想いなのも知ってる。私だって、あの状況ならあんたと同じように勢いで勝負を受けてたと思う。でも、それとこれとは別。不戦敗だなんてことになったら悔やんでも悔やみ切れないでしょ?」
「……うん」
諭すような陽飛の物言いに、真由は小さく頷いた。少しずつ、溜まっていた熱が引いていくみたいだった。
「わたしは大丈夫だよ。土曜日はお休みだから」
「のーぷろぶれむ」
「真由は?」
「もちろん、じょーだいぶ!」
「そう、良かった。私たちは大丈夫ね。高梨さん、智花は来週の土曜日って仕事じゃないですよね?」
「あ、ああ、基本的に土日は休みだから大丈夫なはずだよ」
俺の答えに陽飛がほっと息をついた。
「ひとまず、不戦敗は免れたわね。それで、真由。さっきあったこと、もう1度落ち着いて話してもらえる?今のままじゃ、何がなんだか分からないわ。智花から話を聞ければ1番早いんでしょうけど、あの状態を見たらあんまり私たちから聞くのは止めた方が良さそうだし。智花が自分から話すのを待つしかなさそうだから」
「そうだね、珍しくハルヒーの言う通りだと思う。あんな花ちゃん、あたし初めて見たし。えっと、どんな話をしたか、か……。ん~んとね」
口元に人差し指を当てながら、宙空を見つめつつ真由が思い出すように話し始めた。智花と共に途中から話に加わった俺も、真由の話を聞きながら、時折抜けをフォローする。
数分後、真由の話が終わる。だいたいの内容が全員と共有出来たと思う。
「そんなやり取りがあったわけね」
「やっぱり、智花ちゃんの昔の友達、みたいだよね?」
「むぅ……ちーむめいと?」
「そーなんじゃん?んでも、それがなんで〝2度とバスケをやらないでくれる〟って話になってるのさ?わけわかんなくね?フツー、昔の友達、チームメイトだったんなら、せっかく再会したんだし、もう1度一緒にバスケやろうってなるハズなんじゃないの?」
真由の言葉はもっともだ。でも、それは〝普通の別れ方をした〟という条件がつく。あれだけ烈火の如く怒りを露わにした女の子のことを思い返すと、きっとあの女の子と智花の間には並々ならぬ別れ方があったことはまず間違いなかった。
「……そういえば」
思い出したように陽飛が口を開いた。
「昔、智花がいつからバスケを始めたのか聞いたことがあるんだけど、智花、ちゃんと教えてくれなかったのよね。『いつか、折りを見て話すね』って言ってくれたんだけど、結局それっきりで」
「そういや、花ちゃんの過去話って聞いたことなかったっけ」
「そうだね。あまりそういう話をする機会がなかったかも」
「とっておきの秘密の過去編」
「汗くせぇ!汗臭いぜ、花ちゃん!そんな大きな悩みを抱えてただなんて、どうしてあたし達に相談してくんないんだよ!?」
「それを言うなら〝水臭い〟だからね。そんなこと言ったら智花、絶対に自分の匂い気にしちゃうから。ともあれ、智花にだって話したくない過去くらいあるわよ。過去、智花に何があったのかは分からないけど、だからと言って、智花がバスケを辞めさせられるのを黙って見ているわけにはいかないわ!」
「とーぜん!そんなの、あたしが許さない!」
「うん!智花ちゃんが居たから、こうやってみんなでバスケがやれてるんだもん!」
「下手の考え休むに似たり。断固死守」
自らを奮い立たせるように言う陽飛に続いて、真由、愛、比奈子がそれぞれ決意表明する。
「私たちの気持ちは1つね。あとは、智花次第。私たちがいくらやる気を出したって、智花本人の気持ちが勝負に向かない限り、これは意味のないものになる。……高梨さん」
「あ、はい」
彼女たちの決起集会が終わり、陽飛に呼び掛けられて、姿勢を正して返事をする。
「申し訳ないのですが、智花の様子を見に行って頂けないでしょうか?たぶん、私たちが行くよりも高梨さんが行った方が適任だと思いますので。お願いできませんか?」
「ああ、いいよ。分かった」
俺が行った方が適任、の意味は量りかねたが陽飛の言葉に首肯する。
どのみち、この場所に居続けたとしても、俺に出来ることは何もなさそうだった。
って、智花の様子を見に行ったからと言って、智花の力になれるとも言い難いのだけど。
「たぶん、智花ちゃん、いつもの場所にいるはずですから」
そう言う愛に、その場所を教えてもらった俺は智花がいるだろう場所へと向かった。