《12》
「着きました」
電車に揺られること15分、駅から歩いて5分、市営の体育館に到着した。体育館にはバスケットボールのコートの他に、設備が充実したトレーニングルーム、ダンス教室が催されるような鏡張りの板の間、会議や何か会合がされるだろう小さな部屋も幾つかあった。ちなみに、剣道や柔道などが行われる武道館や陸上競技専用のスタジアムも体育館に並ぶように併設されていた。
館内に入って受付をし、智花の着替えを待ってコートへ向かう。智花は白無地のTシャツに黒の短パンを着用していた。
……思いっきり未成年、とんでもなく歳の差があるような気がしてしまう。
「あ、智花」
コートには既にメンバーと思わしき3人がいて、智花が来たことに気づいて声を上げる。
「お疲れ~、智花ちゃん」
「待ちくたびれたぞう」
「ごめんね、すぐ準備するね!」
……場違いだよな、完全に。
当然のことながら、メンバーはみんな女の子で、ここにいる男は俺1人。アウェイ感が半端なく痛い。知らない異国に迷い込んでしまったみたいに心許なくなる。思わず帰りたくなる。
ここで2時間も居続けなければならないとか、ある種の拷問としか思えない。俺の心は既にイタリアのピサの斜塔並に傾いて折れかかっていた。
「んと?そちらの方がもしかして?」
「あ、うん。会社の先輩」
智花が来たことに最初に気がついたメンバーの女の子が問うと智花が首肯して、自ずとみんなの視線が俺へと集中する。
う……。8つの視線と無言のプレッシャーが重たすぎる。
これは……自己紹介の流れでいいんだよな?
最初の最初だけに、何か間違いがあってはいけないと思う。俺のメンツというのも多少なりとも考えるが、それより智花に要らぬ迷惑を掛けてしまうわけにもいかない。
……変な先輩だって思われるのも嫌だしな。
「えっと……高梨真人といいます。花澤さんの一応先輩です。今日は訳あって皆さんの練習を見学させてもらいますが、邪魔にならないようにするので、宜しくお願いします」
特につっかえることもなく、無難に挨拶をし終え、頭を下げる。大丈夫だったかな、と思いつつ頭を上げると、智花を始め女の子たちは温かい空気で俺のことを迎えてくれた。
「そんな畏まらないでください、高梨さん。智花から話は聞いてありましたから。私は日野陽飛です。宜しくお願いします」
最初に応じてくれたのはこのメンバーの中で一番落ち着いている雰囲気を持った陽飛だった。肩を悠に超える黒髪に朧気ながら〝大和撫子〟を連想する。身長は150㎝半ばくらいだろうか。きりりとした顔立ちで、実は俺よりも年上なんじゃないかと錯覚してしまう。
「陽飛ちゃんの言う通りですよ。緊張とか全然しないでください。わたしは椎名愛です。よろしくお願いします」
続いて応えてくれたのは朗らかな笑みを湛え、全身から優しさが滲み出ているような空気感を醸している愛。ミィディアムヘアで端正な顔立ちはテレビに出てくるアイドルかと思えるほど。身長はメンバーの中で断トツのトップで俺よりも大きい。たぶん、180㎝くらいあるんじゃないだろうか。〝アイドル〟ってより〝モデル〟の方がイメージ的に正しいか。
「うむ?緊張してるの?」
最後に残った女の子は物珍しげに俺のことをまじまじ見てきて、思わずたじろいでしまう。
「ほら、比奈子、ご挨拶」
「のよ?忘れてた。小田比奈子。よろしくお願いされまうす。センパイは花*花の彼氏?」
「へ?」
予想外の質問に間の抜けた声と顔を返してしまう。
「ち、違うよ!!比奈子、何言ってるの!?すみません、先輩。比奈子が変なこと言って」
「あ、ああ、いや、気にしてないから」
あたふた慌てる智花につられそうになりながら、俺は両手を前に突き出して制する。
内心、突然のこと過ぎて心拍数が一気に跳ね上がっていたことは内緒だ。
「失当?違ったい?ふぅむ」
爆弾を放った当の本人はどこ吹く風で、小首を傾げる比奈子。比奈子は抑揚のない声と無表情で感情の機微が把握しきれない中で、さらりととんでもない問い掛けをしてくる、侮れない子かもしれない。お団子頭にあどけない顔、身長は智花と同じくらい小さくて小動物―特に、子猫を思わせる。マイペースなのかもな。……タイプ的に苦手かもしれない。
「―っと、あれ?そういえば、あと1人いるんだったっけ?」
気を取り直して会話を、と思った俺だったが、ふと智花が言っていたことを思い出す。確か、智花を含めて5人だったはずだ。俺の問い掛けに智花が頷く。
「あ、そうです。今日は真由、お休み?」
「ううん、そんなお話聞いてないよ?」
「無断有休?」
「比奈子、この活動に給料は発生してないでしょ?どうせ真由のことだから、そろそろ―」
「頼もー!!」
陽飛が嘆息気味に入口に視線を走らせたのとほぼ同時、引き戸が勢いよく開け放たれ、まるで道場破り然とした気合いたっぷりの声が響いた。メンバー最後のご到着だった。
「お、みんな集まっとるね~。おっつー」
「お疲れ、真由」
「真由ちゃん、お疲れさま」
「うぬ、お疲れsummer」
「何でそんな偉そうなのよ?言っておくけど、あんた遅刻だからね?」
智花、愛、比奈子はポニーテールの女の子のことを温かく迎え入れるが、陽飛だけは容赦なく手厳しい指摘をしてみせる。
「えー、遅刻?つっても、3分も経ってなくない?ギリギリセーフじゃん」
体育館の壁に掛けられた大時計はちょうど長針が19時3分を差したところだった。
陽飛と同じくらいの背丈のその女の子は「セーフ、セーフ」とポーズを繰り返す。
「アウトでしょ。もし、これが大事な取り引き先との待ち合わせとかだったらどうするの?この話は無かったことに、なんて話にもなりかねないんだからね」
「あー、もう。ハルヒーはうるさいなぁ。ワカッテマスよ、そんなことは。今日はちょびっと仕事手こずっちゃってさ、なかなか上がれなかったんだよね。……遅れてごめんなさい」
若干不服そうだった女の子だが、最後にはみんなの前でしっかりと頭を下げた。それを見て満足そうに陽飛が微笑む。
「ふふ、偉いわよ、真由」
「っていうか、ハルヒーの方が絶対偉そうな気がすんなぁ~。……んと?チョイ待ち!何で男がいんの!?」
「あ、えっと」
ずびしと指を差されてたじろぐ。すかさず智花がフォローしてくれた。
「ほら、昨日SNSで話したよね、私の」
「おぉ~!花ちゃんのオトコか!シクヨロね!あたし、井口真由!〝まゆってぃ〟でも〝真由タン〟でもお好きなように料理してくれてイイよん♪」
と言いながら、真由は少し前に流行った〝ちっちゃいことは気にしない〟自称アイドル芸人の振り付けを可愛く披露して見せる。更に真由が続けた。
「それでそれで?花ちゃんとはどこまでイってるの!?」
「だ、だから!違うってば!!」
やばい……話のスピードに全くついていけない。真由の口撃はジェットコースター宛らで口を挟める隙が一切無かった。智花がやっとのことで割って入ったのが精一杯。俺なんて論外だ。それくらい勢いがあってパワーに満ちている。
……この子がみんなのムードメーカーだろうな、まず間違いなく。
「なぁ~んだ、花ちゃんのオトコじゃないのかぁ、残念」
智花の必死の説明により、ようやく真由は理解してくれたらしい。
「遂に花ちゃんが〝女の子〟から〝女〟になったかと思って、オラ、ワクワクしたのにさぁ~」
「な、ななな、な何言ってるのよ、真由!?」
両腕を頭の後ろ手に組んで唇を尖らせた真由の愚痴は、無遠慮に智花の頬を真っ赤に染め上げさせた。
……理解、してくれたのかな?
この子にはあらぬ勘違いをされていそうで不安しきりだった。
「まー、そういうこっちゃで、ヨロヨロ!まーくん☆」
突然のフリに、思考がまったく追いつかない。どうやら俺のことだったらしい。
いきなりあだ名とか、びっくりするわ、この勢いに。
「あ、ああ、ごめんね。うん、よろしく」
謝り、俺はぎこちない笑みを真由に返したのだった。