誘拐――拉致監禁
「悪の秘密結社セヤロカー、ついに本社を始動――
秘密なのに株式会社? その秘密に迫る――」
連日の報道――、ステファニー・コレックは明かりもつけていない、薄暗い一人部屋で流れていたスマホの映像を切った。
そしてその身をベットに投げ出す。
(どうして自分だけが……)
経験点を得るというEXPアッパー。
その秘密裏の配賦に王族――スノー・サウスフィールド――が関わっていることを知り、あっさりと父は手を引いた。
もちろん秘密裏での配賦である。スノー・サウスフィールド本人が関わっていると言ったわけではない。物証はない。
しかし、スノーの親友であるキャロル・ルイーズがEXPアッパーを配賦している時点で心証としては有罪だった。政治家秘書が悪さをしても政治家本人は絶対に関わっていないのと同じだ。
聖サウスフィールド女学園内でのEXPアッパーの配賦は事実上なかったことにされた。誰も口にはしないのである。
秘密にする理由は言うまでもない。『なぜ彼女たちだけ無料で?』そういった世間からの批判を恐れたのだ。しかも秘密裏に――、となると多くの人に知られた場合、その反発は相当なものになるだろう。
経験点によってレベルがあがったとして、使わなければバレることはない。万が一、バレたとしたのなら、それこそ堂々と購入したと言えば良いだけだ。ほぼ天井知らずの価格となっているが、高い金でなんとかしたとすれば言い訳がたつ。
――であれば、王族からの好意は受け取り、そこに感謝して緘口令が敷かれることになるのは自明のことだった。そしてさらにそこへ政治的な圧力が加わる。聖サウスフィールド女学園の生徒には父であるコレック議員以外にも貴族院の関係者は多くいるのである。一人一人が雑魚のようなものであっても、民主主義における政治とは数だ。政治的な権力が集合すれば、父がいくら有力議員であったとしても引っ込まざるをえない。
こうして経験点を得られなかったごく一部の生徒――つまりステファニーの取り巻きだったものたち――が、聖サウスフィールド女学園内でのスクールカーストの最下層へと落ちることになる。
その中でもっとも落ちたのはステファニー・コレック本人といって良いだろう。いまや取り巻きだった人にすら見捨てられた。戦犯の汚名を着せられた。ありもしないさまざまな風評が流された。その、聞くに堪えない内容――、「ステファニー・コレックは遊んでいる」「良からぬ人と関係を持っているみたい」「この前警察にいったらしいわ」数え上げたらキリがない。こうしてステファニーは今では学校へも通わずにニートな生活を送っていた。
(あのEXPアッパーさえなければ……)
あのようなものが開発されなければ、ステファニーが今のような状況に陥ることはなかった。
(あいつさえいなければ――)
ステファニーの脳裏をよぎるのはキャロルの言い分だ。
あんなに多くのヒトのいる中で転売ヤーがどうとか蔑んだことにより、ステファニーの今がある。
ピーン。
そんなとき。
とある着信が来たのにステファニーは気づく。
そこには悪の秘密結社セヤロカーに対抗する正義の組織"シランガナ"からの、悪の組織壊滅のためのお誘いメールがあった。
ふと、ステファニーはスマホで入手した情報を思い出す。鉄パイプ――、黒色火薬――、そしてドラッグ――、異世界人達によって公開された物騒な技術は、世界の人たちと共有を図るためになんの規制もされず作り方を動画付きで公開されている。
(それらにより、"正義"の組織で留飲を下げることができれば、私も少しは――)
…………………………
………………
………
…
「わ、わたくしをどうするつもりですの?」
見事な螺旋状の金髪ツインテール&縦ロールを披露する少女キャロル・ルイーズであったが、その髪は今日に限っては乱れていた。
(謝罪だなんて――、わたくしも甘かったですわね)
学校からの帰り道、転売ヤー行為を行った後輩の一人から謝罪したいと言われ、のこのこと喫茶店によってから――、彼女の記憶はなくなっていた。おそらく飲んだ飲み物の中に睡眠系の薬剤か、闇炎系魔法スキルの『スリープクラウド』といった術式を仕掛けられたのだろう。そう推測した。
見たこともない殺風景な、灰色の冷たいコンクリート部屋に入れられ、両手を後ろに縛られて倒され、そして前には仁王像のように立ち凄惨な笑みを浮かべる後輩――ステファニー・コレックと黒服の姿があれば、どのようなバカであれ誘拐されたと推測するのは容易いことであろう。
「それで? 身代金でも要求するわけ?」
キャロル・ルイーズは平民ではあるが、聖サイスフィールド女学園に通うだけあって親は資産家だ。お小遣いは少ないが。キャロルは自分の迂闊さを恨みながら金で解決するのであれば金で解決したいと考える。
「……」
「それじゃ何か知りたいの? スノーおねぇさまのこととか? こっそりと、スリーサイズくらいなら教えてあげましてよ?」
「――。やけに素直なのね?」
「それはそうよ――。わたくしには、あなたたちのような『くっころ趣味』はないもの――。痛くしないのであれば何だってしゃべ――」
ステファニーはキャロルの挑発に激高し、喋り終わる前にキャロルへとケリを入れた。
キャロルの身体が吹き飛ばされ、大きくくの字に曲がる。その金髪の縦ロールが大きく揺れた。
「貴様ぁ!」
「あはは。あははは――。これで正当防衛成立よね?」
蹴られた痛みは酷いはずだ。にも関わらずキャロルの口には大きく笑みが浮かび、しかしその唇からは血が垂れている。
突然笑い出したキャロルに思わずステファニーは後退さった。
しかし後ろ手に縛られた状態で一体何ができるというのか?
危険を察知した黒服の男が、ステファニーとキャロルの間に入る。
「貴方――狂ったの?」
「なーんだ。こんな危ないことをやっているのだから、襲われることは予想できたけれど、こんなに温いとは思わなかったわ。まさか手を縛ったくらいで有段者を留めることができると思っているなんて! さすがはレベル0の無能者よね――」
「まさか、貴方――」
「『ステータス!:アイテムボックス:ウォポンNo.1』」
「アイテムボックスですって!」
キャロルの声に反応し、黒服の男が倒れているキャロルの顎にケリを入れる。
顎にケリはクリーンヒットし、キャロルはごろごろとさらに転がった。
だが、そのキャロルの手の拘束は解けている。
キャロルが飛ばされた先には一本の、血濡れた出刃包丁が転がっていた。
(この出刃包丁、本当はあいつを刺す用だったんだけどな――)
アイテムボックスから出したのだろう。
だが音声認識で出すにはうまくいかなかったのだろうか。
ほどけたロープにはおびただしい血が――
「『ステータス!:アイテムボックス:ウォポンNo.2…』」
「そんな満身創痍の状態で何を――」
ステファニーが言い終わる前に、キャロルはそのウェポンを出現させた。それは――
パン! パン! パン!
キャロルの腕から銃撃音が響く。
あからさまな銃刀法違反ではあるが、アイテムボックス内にひそませていればバレることはない。
「ちょっと! それは反則よ! なんで――、なんてモノを持っているのよ!」
その音の元には、商標権に配慮した自動突撃銃バルサミコフの姿があった。
それは《神聖魔法》の取得に喜んだキャロルの父が、防犯のためにキャロルにプレゼントしたものである。しかし、正当防衛とするにはあまりにも攻撃力の高いものであった。
黒服の男ごとステファニーを撃ち抜いたキャロルは、立ち上がると倒れ伏した2人にゆっくりと近づく。そして絶対に身体が動かせないよう入念に縛り上げると、キャロルは落ちていたバッグの中にある自分のスマホを取り出した。警察にTELを入れるためだ。これで数時間もすれば助けが来るだろう。スマホのGPS機能で場所は分かるはずだ。
しかしTELをしたとして、助けが来るにはまだまだ時間がかかるだろう。
それまでに、ステファニーは銃撃で受けた傷により死ぬかもしれないが。
「でも安心して! 大丈夫だから。絶対に殺したりなんかしない! たとえ貴方が『殺して』と願っても、《神聖魔法》の使い手が、絶対に、傷一つなく、助けてあげるから――」
(えぇ、助けますとも。その《神聖魔法》の使い手とは、わたくしのことですもの。その本人が助けると言うのなら間違いないですわ)
キャロルは縛り上げた彼女たちが死なないよう治癒の術式を施す。その傷跡はきれいに消えた。それに満足したキャロルは、手に持った銃をステファニーの身体に当てた状態で撃ち放った。
パン! パン! パン!
救援隊が来るまでの間、その部屋では断続的に発砲音が鳴り響いたのだった。
傷がなければ、傷害罪は成立しないのである。