親子丼って本当に良いものですね――
スノー・サウスフィールドの母親であるミヤ・サウスフィールドは、国家治癒術師としてなお馳せる歴戦の兵の一人である。
したがって、多くの産業事故に対して治癒の経験があり、多くの凄惨な変死事件や、悲惨な人身事故に立ち合うという場数を踏んでいたのである。
それでもなお、この惨劇には流石の母親も耐えることができなかった。
うちの娘は――、なんでこうなった!
「うむ。ワシこそは世界最強! 伝説の青い稲妻の錬金術師にて、秘密結社セヤロカーの総帥! アリス・ガーゼットなのじゃ!」
「構成員の村人Bでーす!」
「えーっと。幹部のスノーでーす!」
「いぇーぃ。楽しいサークルなのでーすw」
ハイタッチをするスノーとアリスの女性陣――
こいつらはヒトを説得する気があるのだろうか?
スノーの母親が湊の部屋に来て、いきなりされたのがこのパフォーマンスだったのだ。精神で頭痛がいたくなるというのはこういうことなのだろう。
スノーの母親は怒りが爆発するのをなんとか抑制しつつ、いきなり本題に組み込むことにした。
「で? あのお金はどう説明するのです?」
「ふははー。世間を騒がせる経験点配賦事変をご存じないのじゃ?」
それは、特に上流階級で今話題というか問題になっていた。
「まさか! EXPアッパー!」
自分の娘がそのような事件に巻き込まれていることを知らなかったことに愕然とする。
さすがに奔放に育てすぎたのだろうか?
「そう、それじゃ! それがもしも――量産化できたとしたら? スノーが一枚噛もうと乗ってくるのも当然というものじゃろうて……」
(量産化? そんなこと、どうやって……)
EXPアッパーの研究は、国内でも既に行われている。低レベルモンスターであるスライムを使い、養殖することで経験点の培養を行おうとしているハズだ。
だが、その過程には様々なスキルを要し、実現に当たっては困難なハードルがいくつもあるという。
「なるほど。あのお金はそのための資金と――」
いままで注目されてこなかったジュエルと呼ばれるウィンドウシステム上の単なる数値があった。それをオークションの対象として経験点を配賦するという謎の秘密結社があるという。それが今スノーが関わっている、この変竹林な連中だというのだろうか?
経験点を得るため、ジュエルを欲するヒトは多い。そのためジュエルは品薄状態だ。ならばジュエルを金に交換することは相当容易なのだろう。今やジュエルを求めんがため大金を払うニンゲンは多くいる。ジュエルの取引を巡り、裏では国際問題が起きているほどだ。
経験点を争う骨肉の争い、そうなることは容易に想像ができた。それだけ経験点を――レベルを欲するヒトは多いのだ。
「えぇお母さま。わたくしたちはそのカネで会社を設立しようと考えています。国民全体に幸せを導くため、みんなのために経験点をこの国の人たちに配る――、素晴らしいでしょう? お母さまも応援して頂きたいのです」
「しかし、それをするのがスノー、あなたである必要はないだろう? 王家を、サウスフィールド家を巻き込む意図はなんだ?」
「はん! 王家とかは関係ないのじゃ。スノーを村人Bが引っかけたのは、まぁゆきずりみたいなものじゃな」
「は? いま『村人B』といったか?」
スノーの母親が湊を凝視する。
(こいつが――、ゴーストラリア魔王国の関係者だと――)
村人Bに対してゴーストラリア魔王国が贈った屏風の話は記憶に新しい。
それは実現しておらず屏風はいまだ警視庁の倉庫に眠っているが、少なくともゴーストラリア魔王国と村人Bになんらかの関係性があることは確実であろう。
ならばゴーストラリア魔王国の関係者であれば。
このような技術にも納得がいくのである。
ニアの頭の中ですべての話が次々とつながっていく。
ゴーストラリア魔王国は天然自然のモンスターが多く生息する魔境である。当然スライムもいるだろう。
するとこのピンク色のブロンド髪を有する少女はゴーストラリア魔王国の高位錬金術師なのではなかろうか? その見た目に反し、おそらく歳をとることのない魔人――、最初に世界最強などと嘯いていたが、もしかするとそれも本当のことなのかもしれない――
「いいえ。わたくしである必要があります。わたくしがいなければこのプロジェクトは終わるでしょう。そうなれば――、彼らは我が帝国以外の国に行くかもしれませんよ?」
「うむ。それは良い考えじゃな! 帝国以外にも国はある。スノーの手料理は実に惜しいが、ワシはうまいものが食べられればそれで良い訳じゃし――」
「そ、それは困る」
もしも、国内での経験点の供給が止まった原因がサウスフィールド王家の自分であると、もし指摘されでもしたら? 国民からサウスフィールド王家は見放され、最悪は王家滅亡まですらある。
(今は経験点の販売はウィンドウシステム上で全国に開かれている。しかしそれが量産化され、金銭での直接授受が始まり、それなのに我が国での展開が止められることになったら―― そうか! 金銭の直接授受をするために、こいつらはあの金を使って会社を作ろうとしているのだな。となれば資金の出所は、この流れからすると――)
「それに――」
スノーは母親に自身のアイテムボックスから一枚の屏風を取り出す。
その様子にスノーの母親は驚愕した。
「それはアイテムボックス! レベル1以上でなければ得られないそれを、スノーがなぜ――」
スノーは自ら経験点を量産しようと公言しているのだ。
自らそれを使わない訳はないと理解するのにスノーの母親は数秒の時間を必要とした。
なぜなら目の前の屏風に息が止まりそうになったからだ。
情報量が多すぎる――
「《神聖魔法》による術式『イラストレーション』。ご存じですか? こんなこともできるのですよ――」
それは見事な――クラゲ――ではなく、スライムのイラストが描かれた屏風であったのだ。その蛍光色はまるで屏風の中を泳いでいるかのよう――
「それはまさか! 坊主が屏風に上手なスライムの絵を描いたというのか!」
(まさか『イラストレーション』にこんな使い方があったとは! そうか! 坊主とは《神聖魔法》の使い手のことをいうのだな。確か異世界では――)
術式『イラストレーション』は本来人体骨格や、経絡秘孔を描くために使われるものとして知られている。だがこのような諺的な使い方もできてしまうのであった。
「えぇすごいでしょう? わたくしはこれを、上座空想坊主練泰絵巻と名付けることにしました。わたくしの謹製です」
なぜスノーが《神聖魔法》を使えるのか、という問いには、レベルを上げて取得したからだ、という答えがすぐに分かる。スノーたちの中で相当な技術革新があったのだろう。
母親はもう笑い出すしか残っていなかった。
「ははは――。お前たちにはお手上げだよ。かつてサウスフィールド王家は勇者と結婚し、この国の未来を作ったという。お前たちがスノーの勇者であるというのであれば、今後とも、我が娘スノーを! 我が国を! 豊かな世界へと導いて欲しい」
「おかぁさま! ありがとうございます」
「分かりました。お義母さま!」
「――。それとこれとは話が違うのではないか少年? いまだスノーとお前は、お義母さまと呼ばれるほどの関係ではないのだろう?」
「なるほど。ですが少年は大志を抱くものです」
それは、札幌農学校の教頭を辞して日本を去るにあたって、クラーク博士が贈った名言であった。
だが、その名言に反し湊のココロは非常に邪であった。
「ちょと、湊さんてば――」
しかし、それにまんざらでもなさそうなスノーの様子に、母親としての心境は複雑である――