いや、うちのモンスターは出さないからね?
当時、商標権に特段の配慮をしているニュース報道機関である〇NNの取材に答えたのは、その時から現代に至るまで生存しているゴーストラリア魔王国の首相である、魔王ラララであった。
ゴーストラリア魔王国の面積の大きさは188、033平方キロメートル。形は四国によく似ている。そんな魔王国に対して各国からの強い『要請』によって、このインタビューは実現したのだった。
エセ大日本帝国からは船を乗り継いで約3日。エセ大日本帝国が保有する空中軽装駆逐艦「矛盾」から、国境でゴーストラリア魔王国宇海棲戦艦「まぁまいと」に乗り継いだその旅行は国家秘密のオンパレードであり、秘密の報道ができず実に惜しい状況であったという。
そのころは紙という、希少な木材を加工して作るものに活版印刷という技術を用いて作る新聞と呼ばれるものがメディアの主役であり、簡単に映像や写真が取れなかったことも、記者たちにとっては悩みどころという所だろう。白地に赤く、船首に日の丸のようなペイントを付け、そこから放射線のような赤い筋が靡く駆逐艦は、いかにも帝国軍艦らしいし、真っ黒なボディに白と赤の二重ラインが引かれたそのおどろおどろしいシルエットはいかにも魔王の戦艦に相応しい。その写真が国家機密という名目によって撮れないのだ。記事化する記者の腕の見せどころではあろうが、直接写真が撮れたらどれだけ楽なことか――
そんな貴重な体験を経てやってきた報道陣ではあるが、出迎えた魔王ラララの声は実に冷ややかなものであった。
「いや、うちのモンスターは出さないからね?」
魔王ラララは当然のように異世界各国のモンスター狩りの状況を把握していたのだ。
その声には若干のあきれを含んでいた。
「自業自得だ」そんなことを言いたげな表情である。
お気に入りなのか薄い夾竹桃を思わせる白のブラウスを身に纏う彼女は、幼さの残る顔立ちに蜂蜜のような金の長髪を靡かせている。
夏の模様に合わせた黄金色の若い麦わらの帽子でも被せておけば完璧な深淵のお嬢様のできあがりだろう。ひまわり畑にでも放りこんでおきたい一品である。
ONNの女性ニュースキャスターもそれなりの美女であったが、彼女には到底およばない。まさに美少女。その白い肌は雪のようにきめ細かい。
こんな魔王ラララのロリロリの体形なのだが、魔人であるためその実年齢は――
おっとだれか来たようだ。
彼女の周りにはおそらくはSPだろう。多数のモンスターが護衛としている。そのため、記者はそのプレッシャーにも耐える必要があった。
ゴーストラリアを代表するモンスターと言えば、かわいらしいルーミートであろう。青みがかった灰色の毛皮を持つ、カンガルーのようなこの異世界原産品である。
そして彼らルーミートはルー語をしゃべる。
ルー語というのは特殊言語である。一言のニアンスが多重に広がっていることが特徴だ。それはまるでカンサイと呼ばれる地方で話される方言である「せやろか語」のように難解だ。共役リノール酸たっぷりの筋肉流々な彼らは、その微妙なニアンスを感じ取るため機敏であり、それがSPとしてどのようなおかしな動きでも見逃さないことに繋がっているのである。
それに隠れてどんな動きでも察知して狙撃できる、キュウーイフルーツというモンスターも複数実はいた。彼らは鉄パイプに黒色火薬で作った手製の銃を持つ男程度であれば軽く殺傷してあしらえるほどの能力を持つ。
そんな緊張感が漂う中、インタビューは始まる。
だがそれは、魔王ラララの一方的な主張であった。
「あんな無計画にモンスターを倒し尽くせば、モンスターは枯れ尽きるに決まっているでしょう? 禁止した? 禁止してもなお密漁が治まらなかったと聞く。この状態で、わが国がモンスター狩りを解放などしたらとんでもない。天然資源が一気に枯渇してしまうのではないか」
現在ゴーストラリア魔王国にかかる各国からの圧力は相当な強さがある。
だが人口よりもモンスターの方が多いこの国において、自給率はエセ大日本帝国のおよそ40%と比べて、200%を超えており、多少の圧力があってもびくともするようなものではなかった。
「なによりも、わが国所領地の強制収用 ※1 とかされている状況で、どうしてそんな風に助けてもらえると思っているのか。私には不思議でならないね」
※注1: 当時エセ大日本帝国が独立間もなかったころ、ゴーストコリア魔王国が有していた飛び領地をエセ大日本帝国が収容したことがあり、その所有をめぐって係争が存在していた。
この報道は魔王ラララにとって、適当に仲良くするためのポーズにすぎないのである。一方的になってもなんの問題もなかった。それでも関係性を徹底的に無視するのは国としては憚られるものがあったのだ。そのためにしぶしぶ実現したインタビューだが、魔王ラララに自身にとっては別段どうなろうと構わないのである。究極的に、外交が決裂して困るのは他国だからだ。
――それではせめて、せめて入国だけでも許しては貰えないでしょうか?
「武器なしで入国してくれれば構いませんよ? 歓迎します」
そのとき、魔王ラララは心底安堵していた。
このゲームとインターネット内に創られたこの異世界に、大量に日本人が移住してきたとき、他ならぬその日本人からの助言によってただちに「銃刀法」を施行したことを、である。
刃渡り6cmを超える刃物を携帯してゴーストラリア魔王国に侵入した場合、それがアイテムボックスの中にあったとしてもマジカルなチカラで犯罪者として『検出』され、まるで香川県民の子供のようにこの世界を遊ぶ基本的人権を失う。ゴーストラリア魔王国が日本人の助言から即決で可決したのは、そんな法律であった。
その法律があるがゆえに、ゴーストラリア魔王国ではモンスターが倒されず生き残っているのだ。
その『アイテムなんざ使ってんじゃねー』という言葉が口癖の面白日本人は実に楽しい素材であった。
――そんな、それではモンスターが狩れないではないですか?
「だから狩らせませんよ。残念ですが。それに最近、新たに法律を作りましたし」
――なるほど。ちなみに、それはどんな――
「動物の愛護及び管理に関する法律です。いままでの法律ではモンスターを倒しても刑法261条の器物破損罪でしかしょっぴけませんでしたからね。この法律における最大量刑は第四十八条第一号第二項、五千万円以下の罰金となります」
魔王ラララはゴーストラリアの立法府の長であり、魔人による独裁国家だ。一応議会も存在するがだいたい言いなりである。
ちなみに、魔王ラララは行政と司法の長官でもある――。どうやら3権分立といった日本国の憲法までは導入しなかったようである。
女性ニュースキャスターは五千万円もあればモンスターが狩れるのだろうかと思いつつ、追加の質問をする。
――しかしそれならば、せめて武器所持とかは許しては貰えないと。
そう、まともな文明人にとって銃がなければとてもモンスターなど狩ってはいられない。近接? 肉体労働? 持ってのほかである。
それに対し魔王ラララは一喝する。
「お前は全※ライフル協会の回し者か! だいたい法律はおたくの異世界――、日本の法律を参考にして作っているのだ。文句を言われる筋合いなどない! 日本では銃刀の所持を一般に認めるのか? 違うだろう?」
――まぁ確かに……
思わずニュースキャスターは納得してしまう。
当然だろう。
日本で変な外人がYAKUZAのように商標権に配慮したバルサミコフや、おなじく商標権に配慮したボケチェフなどの拳銃を持って暴れまわったら、怖くて仕方がないに違いない。治安の良さが日本の売りなのである。最近は違うようだが。
もしも実際にそんなのがいたらは早く警察に捕まえてもらいたいと願うのみだ。
「それともまさかあれか? そちらの首相や国王が変わったとか、私と接触してきたとかしただけで、ご祝儀として寛大さを示せ、とでも言うのかね?」
――それは――、それでは助けては貰えないので?
それでも女性ニュースキャスターは根性があった。
本来なら叩きだされてもおかしくない雰囲気であったが、同情を誘うように彼女は泣き顔を見せる。
魔王ラララはそれに一度、ため息を付いた。
そして、仕方なしといった表情を浮かべたあとに、シアンを思わせる青い瞳をきらきらと輝させる。
「それなら――、若干の世界の龍脈をいじることになるけど仕方がないよね?」
その3日後。
異世界に「なぜか」新たなダンジョンが発見されるのだ――