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道すがら……




「それで……、彼女はどうするよ?」


「困りましたわね……」


 キャロルを後ろに(みなと)とスノーはひそひそと話をする。

 喫茶店を出た道すがらだ。


 駅に近い喫茶店から(みなと)の自宅まではそれなりに離れていた。(みなと)の家は公営の古臭いアパートなのだ。異世界転生をしたときに支給を受け、卒業と同時に追い払われる仮の住まいである。


 休日の朝という時間帯では道路上を歩くヒトの姿は彼ら3人しか見られない。

 どこかに出かけるのであればもう家を出ているだろうし、そうでなければ、家でごろごろするだろう、そんな時間である。



「やっぱり今日は中止してわたくしだけ帰るというのは……。残念だけれど……」


「(アリスが)悲しむぞ」


「ですよねぇ」


 後ろにキャロルがいるため(みなと)はアリスの名前を伏せて言う。

 アリスはスノーが持ってくる服をずいぶんと楽しみにしている。それが実現しないとなると暴れるのは必死だろう。なだめるには相当の労力が必要だ。

 そしてスノーにとっても一人だけ帰るのは経験点が得られるチャンスがフイになることを意味しており、帰るのはどうしても名残惜しかった。



「あー。(アリスのために)服だけでも持とうか?」


「すみません。ありがとうございます」


 スノーの持っていた赤いスポーツバックを(みなと)は手に取った。そのバッグは服がぎっしりと入っていたのか、かなり重い。


「あー。すまんね。こんな重いの、ずっと持たせてしまって」


「ところで、どうせ渡すから良いのですけど、ここで分かれた場合、(みなと)さんは私の服だけ持って帰る変態さんのように見えるのではないでしょうか?」


 スノーは後ろをちらりと見る。

 そこには碧眼の目を三白眼にしたツインテ金髪縦ロールの姿があった。


「なによっ! そんなに二人して乳繰り合って! 一体全体、スノーおねぇさまと貴方はどんな関係なのよっ」


 どうやら第二ラウンドが始まったようだ。

 (みなと)の頭の中では、ボクシングのカーンという鐘の音が聞こえていた。

 このままではアメリカボクシング界いにしえのオープンブローが放てるようになるかもしれない。


「なにぉ! 乳繰り合ってなんてしてないだろうが! というか……(ちらっ)……、そんなこと許されないだろうがっ」


「ちょっと、(みなと)さん? なに見てるんですか?」


 スノーはそれは、とても大きかった。


「許されます?」


「答えはNoです」


「のぉぉぉ!!」


 その様子にキャロルはさらにエキサイティングな表情で怒りを示した。

 まるで茹でたように真っ赤である。


「もしかして、もしかして貴方は! スノーおねぇさまの何かだったりするわけですの!」


「えーっと、(みなと)さんは――お友達かしら?」

「えーっと、お友達からレベルアップできるようにガンバります!」


 正確には秘密結社セヤロカーの仲間かしら? などと考えていたスノーであるが、そんなことは言えないので曖昧に答える。

 一方の(みなと)は「お友達」という言葉にショックを受けつつも前向きであった。経験点の話が絡まないのであれば、まぁこんなものだろう。


「ガンバってください」


 お友達からレベルアップすると何かスキルが貰えるのかしら? などと考えていたスノーではあるが、とりあえず「ガンバって」という他ない。


「ちょっと待って! そこはガンバらなくていいわよ! あなたスノーおねぇさまに何をする気!?」


 ぷりぷりと怒り出すキャロルに対し、(みなと)にはキャロルに対して一つだけ優位な点があった。


「たとえば――、チャットでくどくとか?」


「うっきー。スノーおねぇさまと既に家でチャットをするような仲ですのね! わたくしとは少ししかしていませんのにっ」


 ハンカチを取り出したキャロルはくやしそうにそれをクチにする。


(やべ……、そうこうするうちに家についちまった……)


 さすがに話ながらでもずっと歩いていればそのうちに目的地につくのは当然だろう。


「じゃぁ、(今日はキャロルもいるから中止にして)別れる?」


「そうねぇ……。そうしましょうか?」


「スノーおねぇさま、分かってくださったんですね!? このクズ男なんて忘れて、わたくしのところに帰ってきて! ――って、あなた何故スノーおねぇさまのバッグ持っているのよ! それって、おねぇさまの古着が入っているのでしょう? そんな裏山――じゃない、そんなものをナニに使うのよこの変態虫野郎!」


 激高するキャロルをなんとかなだめようとスノーがフォローに回る。


「キャロル! その服は――そう、そうよ! (みなと)さんにあげたのよ」


「それは何故なんですの!? こんな、こんな変態鬼畜やろうに! おねぇさまの大事なモノをあげるなんて!」


「えーっと……(ここはアリスにあげるとか言えないならなんて言えばいいのかしら)……、そう、そうよ! (みなと)さんにはそう! 女装癖があるから! 女物の服とか必要としているのよ!」


 スノーのフォローは、まったく役に立っていなかった。


「ちょっ。僕がいつそんな女装好き変態男子に……、これは(――しかしアリスの存在を出すわけには行かないからな――)、そう! その通り! 僕は女のものの服がダイスキで、女装のためにスノーさんからたくさんのアドバイスを貰っていたのだ!」


 (みなと)はアリスの存在を隠すために甘んじて女装癖を受け入れざるを得なかった。

 ちなみに、女装と称してスノーからたくさんのアドバイスを貰ったのは嘘ではない。


「うは! 女装好き男子――。もしかしてめくるめく耽美なBLなのねっ!」


「この話の一体どこの文脈にBLが出てきた!」


 そのとき、(みなと)の身体に悪寒という名の電流が走る。


「えーっと。運営さんとかどうかしら?」スノーは冷静だった。


「スノーさんは具体的なナマモノをやめろ! 僕はノンケだ!」


 そんな言い争いをしていると、突然、(みなと)の家の玄関の入り口ドアが開かれた。

 そこには新たなる女の姿がある。


「うるさいのじゃ! ご近所迷惑なのじゃ! ヤるならうちに入ってからさっさとヤるのじゃ! ワシを楽しませるのじゃ!」


 小柄なピンクのブロンド髪の少女が、ふりふりのピンクのドレスを身に纏い、よりご近所迷惑な声を発していた。


 そのドレスのことを、村人Bはなぜか――肉肉苑(にくにくえん)の服と呼んでいた。














(僕のアリスの存在をこの女に隠そうとした努力は……)


 村人Bががっくりと膝を折ったのは、まさにこの時であった。




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[良い点] 村人Bの振り回されっぷり
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