エセ大日本帝国エセ警察庁 サイバー犯罪相談窓口「ご相談センター」
エセ大日本帝国エセ警察庁サイバー犯罪相談窓口、通称「ご相談センター」は、日々インターネット上でおこる犯罪などの相談を受付、対処するための組織である。
しかし、その組織には多くの問題を抱えており、そしてその問題は今日もますます膨らもうとしていた。
まず一つ目は人材の不足である。なにしろ異世界に来てまで犯罪対策などしようと言う者がいないのであった。
そして意欲があっても能力が低く、そういう人は大抵デジタルデバイドを抱え、規制などに走りがちであった。そして多くのヒトから批判を受けて予算を減らされるという事態を繰り返していた。
そして今回新たに問題となりつつある2つ目は、ウィンドウシステムを使用した《アプリ》である。
ウィンドウシステムとは異世界特有のものであり、「ステータス」と叫ぶだけで表示され、各種いろいろな情報が見えるという似非科学の象徴ともいえるものであった。
ニュートリノを使用した量子系ネットワークということは分かっているが、現在の学者の間でも細かいことは分からずじまいの状態だ。すべてを『量子工学』の一言で片づけられている。
そのような胡散臭いものであり、警察としても何らかの規制を何度かしようとはしてみた。しかし反対の嵐を食らうことになり、規制を言い出すことは即ち予算減額の申告と見なされるようになってしまう。これではだれも言い出すことはない。
最も声の大きな勢力は土着する市民や貴族だ。彼らは従来から既存で使用していたものであり、既得権益を侵すものとして規制に反対した。まして異世界転生者からは超絶強力な拒否反応が返ってきたのである。ウィンドウシステムは異世界の特徴とも言えるものだ。それを規制することなどもっての外とされたのだ。そのような経緯より、現時点では野放しなのだ。
政治方面でも、規制を訴える候補者が次々に落選の憂き目にあっていれば嫌でもその方向性が理解されるのであろう。とある警察に圧力を掛けた政治団体は「まさか地方議員が警察に圧力をかける? できるはずがないでしょう」「警察のやったことです。全ての責任は警察にあります」などと責任逃れの言い訳で抵抗したが、やはりダメであった。
そんな野放しな状況だからこそ、犯罪というのは起こり得るのである。新しいメディアであるからには新しい犯罪だ。マスコミも注目しやすい、特に目立つ犯罪となる。
「それで、この『秘密結社セヤロカー』ですが……」
「あん? またどうせ異世界転生者がアホなことをやっているのであろう? 放置しておけば良いのではないか?」
異世界転生者がアホなことをやらかすのは日常のことであり、事件性の少ないものは放置される。他にも貴重な時間を割くべき詐欺、恐喝、中傷――、などは数知れずあるのである。
世界は悪意で満ちていた。
「ただ、異世界転生者がアホをやるにしてはおかしな点が多くてですね……」
訴えかけるのは若い警官だ。
入社したてのその若い警官は、正義感が高いという気高い利点もあったが、半面融通が聞かないという欠点も有していた。
警官であれば多少の正義感はだれでも持っているものではあるが、その若い警官は特に高かったのだ。
「ほう? 見せてみろ……」
それに相対したのはベテランの刑事である。
テレビドラマで言えば事件解決をする主人公役級の存在であろうか。
そのベテラン刑事は、ベージュのトレンチコートを身に纏い、殺人事件など起こればまっさきに犯人のところにいき「うちのかみさんがねぇ」などと言いそうな佇まいをしていた。ちなみにタバコは吸っていない。さまざまな配慮から小説にタバコを出すのは憚られるのである。
「ほらみてください! この魔法少女の恰好をしたピンクのブロンド髪の少女が持っているマスコット! じたばた動いているじゃないですか。これはゴーストラリア魔王国原産のルーミートではないでしょうか? それにこのコメント欄――、村人Bというアカウントが……」
「バカ野郎! それを早く言え! 全国指名手配――者じゃねーか!」
全国指名手配『犯』と危うく言いかけたのを止め、全国指名手配者と言い直したのは訳がある。別に村人Bという人物が犯罪をおこした訳ではないのだ。
ただ、非常にハタ迷惑であるということは確かだ。手配犯と言いたくなる気持ちも分かる。
事は、坊主が上手に白虎の絵を描いた屏風――世間的に、上座空想坊主白虎絵巻と呼ばれる御大層な屏風――から始まった。
何を思ったのか、ゴーストラリア魔王国が首相である魔王ラララから、エセ大日本帝国に対し上座空想坊主黒蟲絵巻を渡すとともに、村人Bという人物に対し、その上座空想坊主白虎絵巻を手渡すように依頼が来たのである。
もちろんエセ大日本帝国側は大喜びである。
もちろん政府としてはであるが。
数少ないゴーストラリア"から"の親善だ。うまく村人Bに渡せばさらなる交流も期待できるのだ。これほど喜ばしいことはないだろう。ゴーストラリア魔王国はモンスターなどの天然資源に溢れており、交流がさらに進めば天文学的な国益が得られるだろうことは火を見るより明らか。歓迎しない理由がない。
しかし警察としてはたまったものではなかった。
その失態がおきるまでは歓迎の向きもあったのだが。
エセ大日本帝国では寄贈された、上座空想坊主黒蟲絵巻を喜んで報道に公開し、世間にお披露目した。
それはそうだろう。これほどの快挙を国民に知らせない訳にはいかないのだ。それはゴーストラリア魔王国以外の国に対してもそうである。要は「これだけの関係を持っていますよ」という自慢だ。
だが、そこで異世界転生者のニュースキャスターからの「あのぉ、これってもしかして『モンスターカード・ドロー! この虫野郎!』っていうネタとかじゃないのですかね?」という何気ない一言によって全てが崩壊する。
な、なんということでしょう! 屏風から絵であったはずの黒蟲が出現し、政府高官を襲い、警護班が間に合わず重症を負うという事態が発生したのだ!
その政府高官は黒蟲というモンスターから確かに傷を負った。そのことによってシステムから討伐に協力したと見なされ経験点を得ることができ、ほくほく顔で喜んだそうだが、失態は失態である。
その政府高官はレベルアップを果たし、高位の《治癒術》を取得してなおかつ昇進したのに対し、エセ警視庁のトップにおいては事実上の更迭の憂き目にあってしまった。
そのため、2度と失態を起こさぬよう、上座空想坊主白虎絵巻は空調の効いた防音室で厳重に保管されることになった。
そんな経緯の厄介者の屏風だが、村人Bと呼ばれる人物はまったく名乗り出てこないため、警備保管費用だけが嵩むという事態がおきてしまったのである。
トップは飛ばされ、費用も掛かる。踏んだり蹴ったりである。
やむなく警察は、村人Bを全国指名手配"者"とし、有力な情報提供者には2000万円の懸賞金を出すに至ったのだ。警備人も含めた保管費用が2百万円/月だとすると、およそ1年分の保管費用と考えれば金額は妥当なところだろう。
その後、村人Bを詐称する人物は何人か現れたがいずれも詐欺として捕まり、本人は現れない状況が続いた。そして風化する。人々の関心が薄れ去った今では村人Bの情報などは立ち消えとなっており、費用だけが着々と消化されているのだ。
そんな中、この情報は大きいものとなろう。
しかもゴーストラリア魔王国と関係するモンスター、青白い灰色の毛並みの美しいルーミートの動画と一緒に、である。これはいかにも怪しい。
「とりあえず『エセ科学警察研究所の附属鑑定所』で詳しく調べてもらえ。画像の背景から撮影した場所など、少なくない情報が得られるはずだ!」
「分かりました!」
青白いウィンドウシステムを開きっぱなしの状態で若い警官は併設された鑑定所へ向けてかけていく。
その個人情報のセキュリティ概念のなさにため息をつきながら、ベテラン刑事は考えを巡らせる――
(しかし今になってなぜ……、なんの目的が? )
『3つ目は、最悪の結末を迎えるため、経験点を世界に振りまくのだー』
その配信の最後に語られた胡散臭くも明るいアリスの声は、なぜがベテラン刑事にとって気に掛からずにはいられなかった。