進め! スライムダンジョン(注:服だけが溶かされるシーンがあります)★
村人Bがアリスに連れられてダンジョンの1階層目でみたモンスターは、ダンジョンマスターが最初であった。
そこには一匹のダンジョンマスターと呼ばれているモンスターがいたのである。
その名はロダン・ガーゼット。
ルーミートから進化した魔人だった。
ルーミートとはこの異世界独特のモンスターであり、人化をしていない場合、ようするに小さいカンガルーのようなものだと思えば分かりやすいだろう。
青みがかった灰色の毛皮がすてきである。そして真っ赤なグローブを両手に備え付け、パンツは真っ黒なブーメランであった。魔物形態だ。魔物らしく威嚇するように鳴いている。だが、とてもモンスターのようには見えない。
ようするに――。かわいい。
「うはぁ、かわぃぃー。もふもふしたーぃ」
「る、るぅー!」
ルーミートのロダンがかわいい声で鳴いた。
これでレベル120のダンジョンマスターというのだからモンスターというものは分からない。まるでアリスの気を引くために 《魅了》スキルでも持っているかのようである。
村人Bがとりあえず抱きしめてみると、ロダンは足をじたばたとさせて藻掻いた。
「ロダンくんと仲良くなってなによりなのじゃ!」
その様子に、アリスはとても良い笑顔を見せる。
「る。るー?(いや、笑ってないでアリス助けてよー)」
ルーミートの抱き心地は最高だった。
とてもこう――、もふもふしていた。
そう、村人Bの語彙はレパートリーに乏しいのである。
「それじゃぁ、2人が仲良くなったところで、レベルあげするのじゃ! はい、村人Bよ、前進なのじゃ。前進。前進。前進シーン!」
アリスに促がされ村人Bが2歩進んだだけで――、村人Bはトラップに引っかかって最下層に落ちた。
ルーミートと呼ばれるモンスター形態のロダンと一緒に、である。
どばーん!
最下層は、深いプールのような場所であり、落ちた瞬間大きな水しぶきが起きたが、しかし村人Bは死にはしなかった。
「おーぃ! 村人Bや! レベルあげをがんばるのじゃ! ワシは運営Aとチャットでもするのじゃー」
上空からはアリスが何かを言っているようだが、村人Bには遠すぎて聞こえなかった。
なにせ1階層から最下層までには100階層近い差がある。
いきなり戦闘になるのでは? くらいには村人Bは警戒し、アリスからも助言を受けていたのだが、いきなりこのような展開になるとは思っていなかった。
「るるぅー?!(うちの嫁をNTRとかしようと思わないように、徹底的に叩き潰してやるのだー!)」
村人Bと一緒に叩き落されたロダンが何かを言っているが、村人Bの耳には特殊なモンスターの言葉として聞こえており、何を言っているのか分からない。これがあのルー語というやつなのだろう。
そのプールのような場所であったが、なぜか水面が波打ってもいないのに凸凹していることに村人Bは気づく。そして水面は蛍光色にぬめぬめと光っている。
「これはまさか……。こういった水辺には定番のモンスター」
ここは異世界なのだから、それは当然クラゲではない。
「るっるっるっるるー!(スライムなのだ!)」
相変わらずロダンが何を言っているのか理解不能だが、おそらくモンスターの名前でも言っているのだろうか?
村人Bにはロダンの鳴き声からなんとなくこれらが無数の敵だというのは分かった。
村人Bは隠し持っていた高枝切りハサミを取り出すと、スライムに切りかかる。
自宅の部屋に有効そうな武器が他になかったのだ。
普通のハサミは持っていたがそれでどうしようというのだろう。
もっと攻撃力が欲しかったのである。
高枝切りハサミは簡単にスライムを引き裂いたが、それだけで終わってしまう。
逆に高枝切りハサミの方が溶けだすのに気づき、村人Bは慌てふためいた。
「ルー!(ふははー。そのようなものは効かん! 武器などスライムが溶かしてしまうのだ!)」
相変わらずロダンが何を言っているのか村人Bには分からない。
「とにかく、陸に出ないとこれはどうにも……」
この場にいる半透明なスライムを倒せば、たとえ弱くても数は存在するため、相当な経験点とはなるだろう。質より量戦法に違いない。
だが足場のないこの場所では倒す以前の問題だと村人Bは思う。
適当に泳いで進めば壁か何かに突きあたるだろう。無限に広いということはないはずだ。
ばしゃん! ばしゃん! ばしゃん!
村人Bは泳ぎ始めるが、しかし進み始めるにはどうしても邪魔な存在があった。
いま抱きしめているロダンである。
「るー!(さぁ手を放すがよい!)」
相変わらずロダンは何を言っているのか分からない。
だが、なんとなくむかついた村人Bはその手を放さない。
とりあえず村人Bはこの状況を打開する方法を考えてみる。
ここには周辺に大量のスライムがいるわけで。
つまり経験点が文字通りうようよいるわけだ。
なんとかして倒せば、経験点がうようよ手に入るわけだ。
経験点が手に入れば、何らかのスキルが手に入り脱出は簡単となるだろう。
村人Bは異世界では定番のあのセリフを叫ぶ。
「ステータス!」
そして片脇にロダンを持ち変えると村人Bはスライムを逆の手で握りつぶした。
水面に浮かびながら。
ぱーん!
豪快な音を立ててつぶれるスライムだが、ステータスの変化は芳しくない。
メッセージウィンドウには一行表示が増えるのみ。
システム:スライムAABを倒した。経験点を0手に入れた。
(なぜだ? なぜ経験点が0なのだ?)
もう一匹、村人Bはスライムを倒したが結果は変わらない。
システム:スライムBBAを倒した。経験点を0手に入れた。
そこでロダンと目が合う。
「るるー?(ちなみに俺が一緒に行動すると、俺とのレベル差で経験点が減衰するからね?)」
なんとなく言いたいことを理解した村人Bはついにロダンを手放した。
するとどうだろう。
「《飛行!》《魔人化!》」
なんらかのスキルを使ったロダンはなんと空を飛ぶなり魔人の姿となるではないか。
その姿はイケメンであり、妙に恰好が良い。
質のよさそうなマントまで装備していた。
そして村人Bに罵声をあげる。
「お前いきなり抱きつくな! そして落とすな!」
「卑怯だぞ! 空を飛ぶなんて! 俺は濡れているのに!」
「お前がいきなり抱きついたりしなければこんなことにはなっておらん!」
「……。ごもっとも」
「それにな。いきなり嫁のアリスが男を連れてきて、『鍛えてやるのじゃ』とか言われた時の夫の気持ち。それがお前に分かるか! どうしてやろうとかとモンスター形態で脅してやろうとしたら、驚くどころか、可愛だと! 許せん! 俺は男だ!」
「だって、もふもふしたかったんだもの」
「お前、そういうところだぞ!」
「ニンゲンにモンスターのオスメスの違いなど分かりませんよ!」
「だからそういうところだ! このホモ野郎! うちのアリスに手は出さんことは分かったが、俺の身の毛がよだつ!」
「バカ野郎! いくらイケメンといえど、僕は女の方が言いに決まっている!」
「何!? やはりうちの嫁さんを狙っているというのか!?」
「ちっがーぅ! なんでそうなるー」
「俺にとって女とは嫁のアリスだけだからだ!」
「もっと視野を広く持とう! 俺は女性全般が良いと言っただけだ」
「なんだと!? 俺に浮気を推奨する気か? 汚らわしい!」
「だから何でそうなるのだ――」
「こうなったら徹底的に『鍛えてやるのじゃ!』 オールモンスターアクティブ! 目の前の敵、全てを滅ぼせ!」
「マジか! 殺す気か?」
「『鍛えてやるのじゃ!』って言っているだろうが! うちのスライムに攻撃力はない! だがな……」
ロダンは空中で考えるポーズを取って見せる。
「!?」
そのとき、村人Bのパンツのヒモがスライムによって、溶けた。
「うちのスライムは、(主にアリスと遊ぶために)装備だけを溶かすことができるのだぁぁぁぁ! ヤれ! スライムどもよぉぉぉ!」
それに思わず、村人Bは叫んだ。
ア――




