ともかく誇りたまえ。ロダンよ。おまえが最後のマスターだ
自身のダンジョンの最下層――
魔人であるロダン・ガーゼットは考えていた。
普段はダンジョン内にある農園で、自給自足のため農家の真似事をしているロダンであるのだが、今日だけはなぜか違った。
ダンジョンの最下層、通称『居住の間』と呼んでいる場所で、ロダンはアリスと一緒に床の上に正座させられていたのだ。ロダンとしては正座よりも椅子でポージングする方が好みなのだが、相手のオーダーであれば仕方がない。
「あはは、いやなんじゃろうね。どうして目の前に、ラララがいるんじゃろね……」
アリスの目の前にいるのはそう、《怠惰之魔王たる》魔王ラララその人であったのだ。
「ところで魔王さまは突然どうしてここに?」
ロダンは尋ねる。
そうだ。なぜに突然、高位も高位の魔族、それも魔王さまがこのような場所に来るというのだろうか。
かつて魔王ラララの部下から希望者を選別してダンジョンマスターの職務を与え、ダンジョンを形成した数はおよそ2048もある。
魔王ラララの立場としてはそんな彼らダンジョンマスターの名前すら覚えてはいないだろうに。
「うむ。最近、まだ生きているダンジョンがあるということに気づいてな。とうの昔に滅んだはずなのに。そりゃぁ見に来ない訳にはいかないだろう。アリスの書き込みをIPからリゾルバして住所を特定し、転移魔法で来たのだ」
ここでようやく、ロダンはアリスが何かしたということに気づいた。
ちなみにアリスのダンジョン内の主な仕事は自宅警備員である。
どこかに出かけたということなのだろうか? 後でダンジョンのログをチェックしなければ。
「――でだ。ロダンそして、アリスよ。キミらはせっかく私がダンジョンを与えたというのに、キミたちは一体ナニをしていたのかね?」
「えーっと、そりゃあナニをなのじゃ」
ロダンは、一瞬で魔王ラララの青筋が立つのを見逃すことができず、ぶるぶると震えることしかできなかった。胃には緊張で胃液が貯まりつつある。
「失礼だが、そこなダンジョンマスターはルーミートのモーンスター。基本は獣形態であろう。さすがに獣道はどうかと思うぞ」
「さすがにそのときは魔人形態になってもらうのじゃ。でもねぇ――、そうなると回数がセブンxxxという訳にはいかないのじゃ……」
ロダンはあまりの羞恥に耐えられず顔を赤くせざるを得ない。
なんだよセブンxxxって。案件がなくなってしまうではないか。
「まぁ、まぁよい。しかしこれまでダンジョンを解放せず引きこもっていたとなると、生活費とかはどうしていたのだ? 非課金勢ではジュエルなど、ほとんど得られないだろうに」
「?? ロダンくん。生活できるくらいにはジュエルはあるっていったのじゃなかったっけ?」
「現状それなりにジュエルは頂けておりますが?」
「ロダン。今日の収支は?」
「デイリーボーナスの5、デイリーミッションが5の合計で10です」
「それだけで良く生活できたな。食料は?」
「ダンジョン内に生け簀や農園を作りまして……」
「んー。なるほどねぇ」
魔王ラララが周囲を見た渡す。
部屋には何もない。よほど質素倹約を貫いてきたのだろう。
「ともかく誇りたまえ。ロダンよ。おまえが最後のマスターだ。引きこもっているのが正解だとは思わなかったが、まぁ、おめでとう」
魔王ラララに褒められているようには思わなかったが、ロダンはとりあえず考える仕草をしておいた。
こうしておけば大抵はなんとかなると経験則で知っていたのだ。
「しかしラララよ。ワシはガチャ産でラララが上司ではないというのに、どうしてワシまで正座させられているのじゃろうか?」
「ちょっ。アリスおまえ……」
「ん? なにロダンくん?」
「魔王さまを呼び捨てになど……」
「なんじゃ? 私はガチャ産の魔人じゃよ? ロダンくんが上司であって、私の上司はラララではないのじゃ。――であればチャットのお友達としてタメ口聞いてもよかろうもん、というものなのじゃ」
「ひぃ……」
ロダンはすっかり怯えている。
魔王ラララもさすがに目が点になっていた。
「え? ラララってばワシとトモダチじゃよね? トモダチ?」
「お、おぅ」
ここまで物おじしないトモダチは今まで魔王のまわりにはいなかったのだろうか。
魔王ラララはトモダチという言葉に感動し、身体を振るわせていた。
そんな魔王ラララにアリスは畳かける。
「よしー。じゃぁこれからダンジョンを守る秘密組織を作って世界を蹂躙するのじゃー」
「お? おぅ?」
「いま世界に飛び立つのじゃ!」
「とりあえずヤル気があるのは良いことだな。ロダン。共に励みたまえ。引きこもってないでちゃんと世界を脅かすのだぞ」
こうして、ロダンはダンジョンを世界に向けて開放し、胃の痛くなる日々をさらに送ることになるのである――