魔人アリス・ガーゼット
風呂上がりにピンク色のブロンド髪を後ろにまとめ、ベットでごろごろしながらウィンドウシステムをいじり始める。
アリス・ガーゼットには基本的に子供の頃の記憶がない。
だからといって橋の下で拾ってきたとか、河原で拾ってきたとかでもない。
ガチャ産の魔人モンスターだと明確に分かっている。
モンスターとは、要するに人を楽しませ殺されるための存在だ。
そんな悲しいモンスターの魂は、ゲームを楽しむという程度の幸福追求権――つまり基本的人権すらない、まるで童話のような異世界から生み出されるという。
「そういえば、河原で遊んだことはなかったのじゃ……」
その河原で遊ぶニンゲンどもをアリスは羨ましく思いつつ眺めた。
最近――、ウィンドウシステム内で流行り始めた《アプリ》というシステムがある。
いつのまにか、気づいたらできていたのだ。
そのアプリというシステムからは世界からのさまざまな情報が入ってきた。
そう、それは閉鎖されたダンジョンの外の世界からの情報である。
画面の前では子供にデジタルデバイドを引き起こさせるため、ネット環境から離れて河原でキャッキャキャッキャと子供を楽しそうに遊ばせる動画が映しだされていた。世間への関心を薄れさせ為政者への反抗を削ぐためという。次のシーンはヨットか。ヨットから落ちて溺死しそうな子供を神聖魔法一発で治す姿は圧巻だ。
始めは掲示板でテキストのやりとりするだけのシステムであった《アプリ》であるが、気づけばチャット形式のものであったり、ブログ形式のものであったり、最終的には画像や動画が貼り付けられるようになったりしている。
さらなる進化に期待だ。
アリスからみて、ダンジョンの外の世界はみるからに楽しそうだ。
特に行動系のヤッってみた系(通称スタディ号系)は面白い。
だが、アリスの関心がさらに上回っているのが、お料理番組系である。
異世界の、日本発祥の食べ物は特においしいものが多そうというのが、その感想だった。
中には――犬と一緒に料理するとかいう奇妙奇天烈摩訶不思議なものまである。
ウニ、イクラ、チュートロ、そして極めつけは、とあえずナマだ。
あぁ、食べてみたい。
そして飲んでみたい。
なんでも異世界転生者の中にはビバレッジ会社出身の人材もいたらしく、そのとりあえずナマの喉ごしは近年まれにみる最高の仕上がりだという。それをみるだけで、思わずごくりと唾がアリスの喉を通った。真夜中にみるのはキツイ仕上がりだ。まさに飯によるテロといえよう。
そうロダンくんに話すと、ロダンくんはダンジョンから似たようなモンスターを狩ってきて食べさせてくれるのだが、違うそうじゃない。そうじゃないのだ。
この動画サイトで作っているスシとか、テンプラとか、ハラキリ料理が食べてみたいのだ!
アイテム産ガチャではアイテムも産出し、麻婆豆腐はとても美味しかったが、得られるのはそれとその辛いバージョンだけで、そしてアリスは辛いのは苦手だった。
だが外の世界にいくにはダンジョンを異世界へとコネクトする必要がある。
しかし、それをいうたび、ロダンくんは「許しません」と返すのだ。
いわく、外の世界は怖いと。
外の世界ではお金が必要で、私たちにはそのお金がないと。
家族2人ともレベルカンストの120となり、評価は最高のUsとなっているのに、まだ力が足りないのだろうか? ダンジョン攻略に対するため、その他のモンスターだって大勢いるし、人を腐食させるフッ素系の液体や、ボンベに詰めた硫化水素といった普段は液化ガスとしている暗殺系の気体もそろっている。ダンジョンを外につないだ後、ダンジョンに来た侵略者どもは容易に撃退できるだろう。
外のニンゲンのレベルは1-10くらいで大したことはないのだが、複数人でよって集って来られるとダメなのだろうというのは分かる。それにナゾの兵器とかもあるらしい。そして、さすがに銃とかいった文明の力はこちらにはない。
それでも。それでもだ。
私なら――