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運営A:安藤ロイド



 安藤ロイドはサイタマ市に以前住んでいた日本人である。



 異世界転生してこのエセ大日本帝国に来た安藤ロイドであったが、転生後も「まだここにない出会い」を合言葉とする冒険者ギルド―― Re-IseKai Under ROOTと呼ばれる、国境を超えた全国組織――を利用して首都エドにある某企業に就職し、この異世界であっても結局はプログラマとしての社畜生活を送っていた。



 だが――



(これまでとあまり変わらない……)


 楽しい異世界転生なはずのに、世界は既存の日本とほとんど変わらない。異世界でも灰色の人生を送れということなのだろうか。生活は安定しているにも関わらず、安藤ロイドの鬱憤は貯まりつつあった。なんとテレワークによる自宅オンリーで週休2日も確保できているのにも関わらずだ。



 それは良いことなのか、それとも悪いことなのか。



 すぐに転職できたことは良いことではあるが、どうせであればこの素晴らしい異世界を楽しみたい、と思わずにはいられなかった。



 しかし、しかしである。




システム:大迷惑観音を倒した。


システム:イベントボーナス/経験点10点を手に入れた。


システム:あなたはレベル1になりました。


システム:あなたはレベル2になりました。


システム:あなたはレベル3になりました。






 安藤ロイドはそのウィンドウシステムのメッセージウィンドウを何度も見ずにはいられなかった。


 溢れ出る笑みが止まらない。


 レベルが3ということはスキルポイントが3増えた、と同義であり、つまりは一つスキルが取れるということを意味していた。


 とはいえ、レベルが上がらなくても努力によってスキルを得ることもできるとされている。

 実際に安藤ロイドもスキルをいくつか所持していた。

 だがそれは、《電気工事士》《工事担任者》《ネットワークスペシャリスト》といった職業がベースとなる基本的なものであり、魔法とかのファンタジーっぽいものは何一つなかった。


 だが、レベルを上げて手動で取れるスキルはそうでもない。

 まさにファンタジーを実現できるのである。

 これでワクワクしないようでは、異世界転生する価値はないだろう。


「さて何を取ろうか……」


 もちろん《神聖魔法》スキルを取るのが王道であることは分かっている。《神聖魔法》スキルがあれば、都嬢(どじょう)部隊と呼ばれる、貴族の令嬢が多数いる職場に仲間入りすることができるのだ。

 地元の美少女の令嬢とお近づけになれるのである。完璧だろう。何が完璧なのかは分からないが。

 《神聖魔法》スキルを取れば人々からちやほやされ、まるでバニ〇のように高収入が得られるというメリットもある。健康面での不安も限りなく減るというのも魅力的だ。毎日自分に掛ければ病気にも無縁となろう。

 だがその半面、国民の義務として健康保険料等の各種税率が高くなるというデメリットも存在する。

 その一方で、男性に対し国が推奨しているスキルは《錬金術》である。《錬金術》が使える人はエセ大日本帝国からは国家錬金術師の称号が与えられる。その《錬金術》から得られる石油は、資源の少ないエセ大日本帝国において文字通り『人的資源』足り得る。文字道りの『歩く油田』だ。車を持っていれば軽油を生成でき燃料費が不要になる。そしてなによりもここが重要なのだが、――金になる。毎朝自家石油を絞るだけで遊んで暮らせるのだ。




 《神聖魔法》か《錬金術》。

 そのどちらかを選ぶのが王道であろう。――普通なら。




 そうでない場合は――、今の内にスキルポイントを確定させる必要がある。

 大迷惑観音像事件に巻き込まれた周辺の地域住民で、家の全損などで被害を被った人たちはおよそ100人に登る。それらに薄く経験点が分散されたと考えるとだれかの口から経験点を取得したことが政府関係者に漏れるのは時間の問題だ。《神聖魔法》か《錬金術》を取得して自慢げに政府に申告するのは確実なのだから。


 隠し通せるハズはない。

 レベルアップしたことを秘匿することはできないだろう。


 したがって時間はない。

 しばらくすれば町の職員が赤い書類一式を持ってやってきて言葉巧みに錬金術師を『勧める』ことだろう。そうなれば、あれよあれよという間に乗せられて国家錬金術師の道を歩むことになってしまうに違いない。安藤ロイドは流されやすい男なのである。


 なにせ国家錬金術師――。名前の響きだけでとても良い。何かのアニメみたいだ。


 あぁ、名前の響きだけで《錬金術》スキルを取ってしまいそうだ。そうすれば「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」とか言われるのだろうか。


 ちなみに他の職になった場合のデメリットは特にない。今の職を追われることもないだろう。


 ――あるとすれば職員に蔑まれた目で見られることくらいだろうか。


 今後、経験点を取る機会はないだろうことを考えると、友人知人からもバカなことをしたなと言われるだろうが、そもそもそんなやつはいない。友人知人がいなければ関係のない話だ。


 安藤ロイドはゆっくりとその青白い背景に白い縁のウィンドウシステムを眺める。なになに……。バージョンは11らしい。


 その手動で取れるスキルのリストを見ると実に悩ましい――



白スキル《エセ大日本帝国語》(習得済み:レベルmax)

白スキル《ネットワークスペシャリスト》(習得済み:レベルmax)

白スキル《陸上無線技術士》(習得済み:レベルmax)

白スキル《工事担任者》(習得済み:レベルmax)

白スキル《電気工事士》(習得済み:レベル2)

白スキル《プログラミング》(ネットワークスペシャリストに包餡)

白スキル《建築》

白スキル《土地家屋調査士》

白スキル《税理》

白スキル《弁護》

白スキル《農家》

白スキル《造園》

白スキル《配管》

白スキル《消防・警備》

白スキル《ハメ業師》

金スキル《野武士》

白スキル《剣術》

白スキル《格闘術》

白スキル《槍術》

白スキル《盾術》

白スキル《銃術》

白スキル《弓術》

白スキル《販売促進》

白スキル《注目の魅了》

白スキル《臨機応変》

白スキル《行動ためらい》

白スキル《頑張り屋》

白スキル《集中力》

白スキル《読解力》

白スキル《精力回復》

白スキル《食い下がり》

白スキル《数学》

白スキル《危険物》

白スキル《毒物劇物》

白スキル《火薬類》

白スキル《廃棄術(しまっちゃうよ)

白スキル《隠蔽》

白スキル《英会話》

白スキル《ドイツ語会話》

白スキル《ロシア語会話》

白スキル《スピード直線》

白スキル《NTR上手》

白スキル《するどい眼光》

白スキル《猫耳/猫しっぽ》

白スキル《十万馬力》

……

……

……

金スキル《絶対ラッキースケベ》

金スキル《瞬間スピードスター》

金スキル《労働ラストスパート》

金スキル《光蛍百万ボルト》

金スキル《人斬り抜刀斎》

金スキル《鑑定》

金スキル《アイテムボックスx10》

金スキル《どこでも部屋》

金スキル《ヘリコプター》

……

虹スキル《錬金術》

虹スキル《神聖魔法》

虹スキル《勇者》

虹スキル《ダンジョンマスター》

虹スキル《スタジオ》



 安藤ロイドはどうしても《錬金術》《神聖魔法》以外のスキルに目移りしてしまう。

 どれを取るのも悩ましい。すごい効果がある。


 スキルは白と金と虹という3つに分かれており、白スキルよりも金スキルの方が、金スキルよりも虹スキルの方が強力かつ貴重らしい。そしてウィンドウシステム上、白スキルはまだまだ種類があるようだ。


 昔異世界転生した直後に調べた限りでは過去の経験から取れるものと取れないものが違うらしい。また取れてもスキルポイントには差があることもあるらしい。初代の勇者は《気配感知》にスキルポイント10万を必要としたそうだ。一体そのポイントはどこから来たと小一時間相談したいところだ。

 こうしてみると確かに《気配感知》とか《交渉》とかが一覧にないのは妥当なのだろうか。本人がぼっちだから。


 虹、金、白の消費スキルポイントが全て一律3なのはおかしいという話もあるが、取れるスキルの数には上限を設けて調整されているらしい。虹スキルの取得上限は基本的に1だ。これはウィンドウシステムのヘルプに書いてあった。それゆえに上位のスキルは取るのは慎重にならざるをえないだろう。なお、ヘルプには伝統的な全体が青で胸の白いイルカ模様がアイコンとしてあしらわれている。結構うざい。


 ならば取るのは当然、虹スキルだろう。

 希少価値はステータスだ。


 だがスキルの名称からその内容が分からない。

 いや、意味自体は分かるが効果が分からない。


 試しに虹スキルの一つである《勇者》を安藤ロイドはクリックしてみた。

 ウィンドウ上に赤色のWARNINGの文字が浮かび、一つのダイアログが警告をしてくる。

 そこには黄色の背景に黒字で<!>といったアイコンが左側に表示されていた。


「《勇者》になりますか?(Yes/No)」


 慌ててNoを押す。

 魔王討伐の旅にでもいきたいならともかく、こんなのになったら何をさせられるのか。

 地雷スキルとしか思えないところだ。







虹スキル:《勇者》

・勇者になれる。

・いけめんになれる。異性にもてる。

 なお、その代わり男性なら女難の相が、女性なら男難の相が見えるようになる。

・同性の魔人や魔王からの嫌悪感が絶対的に高くなる。

・どんな武器や防具でも使用することができる。

・魔族への攻撃力がx10倍になる(武器のATK含み乗算)

・経験点の獲得量がx10倍になる(減衰前の値に乗算)

・人の家のタンスからお金を引き出しても刑法236条,235条および243条が適用されない(限定列挙)

・スキル取得時に伝説のアイテム「ひのきの棒」をゲットできる。


※注:全邪神および全魔王を倒すと世界を崩壊に導けます。

※トモダチがいないキミにお勧め。孤高の存在になろう!








 なんといってよいのだろう。

 この世界に魔人やら魔王とかがいるのだろうか? いるのだろうな書いてあるから。


 この異世界の世界観的にはとっくに駆逐されていてもおかしくないのだが、もしかするとエセ大日本帝国以外には魔人や魔王はまだ生き残っているのかもしれない。例えばゴーストラリア魔王国だ。魔王国と言っているのだから魔王が確実にいるだろう。

 そうなると、勇者の存在を知られただけで暗殺を送って来たりとかされかねずデメリットしか感じられない。自宅のドアを開けたらトラップでどかんと死亡するとか最悪だ。


 確かに《勇者》スキルを取れば世界から話題というか、問題になるに違いない。

 しかし、この異世界の魔王とか勇者とかの扱いは良く分からないが、少なくとも異世界人にはまるで珍獣のような目で見られることは間違いない。


「次は、ダンジョンマスターか……」


 安藤ロイドがダンジョンマスターの行をクリックすると、同じように青背景に白い縁のダイアログで同じような画面が出てきた。


「《ダンジョンマスター》になりますか?(Yes/No)」


 もちろん、答えは――Noだ。







虹スキル:《ダンジョンマスター》

・ダンジョンマスターになれる。

・ジュエルを消費してダンジョン設定など、さまざまな設備拡張ができる。

 ⇒同時に《アイテムホルダー》スキルの取得をお勧めします。

・ダンジョンマスターを倒すと討伐パーティ内から1人を選んでレベルが1上昇します[注1]


※注1:レベルカンストしていても1上がるよ!

※トモダチがいないキミにお勧め!







 さて、これもどうだろう?

 勇者とは反対に名前からして人類の敵側にしか思えないのだが。


 それに倒せば1レベル上がるなんて、まるで早く殺されてくださいと言わんばかりだ。

 この世界でレベルを上げたい人は限りなく多い。


 それは文字通り「殺してでも奪い取る」というやつである。


 たとえ1点でも経験点が得られるのであれば、人殺しを躊躇わない人が出てこないとも限らない。いまの時代、温泉地を紹介する女の子のイラストをパネル設置しただけで毒物を源泉に投げ込むようなくそテロリストもいるのである。


 [さまざまな設備の拡張]というのはかなり魅力的な特徴で、確かに凄いのだろうが、ジュエルとかナゾの単語の意味が分からない。それが分からない限り取ったところでメリットはなさそうだ。




「最後はスタジオだな……」


 ネタの傾向からして、あまり期待せず同様にクリックする。

 これが最もナゾのスキルだ。

 たった三行しかない。






虹スキル:《スタジオ》

・安藤ロイド専用のスタジオが作成できる。

・ゴブリン語を使ってステータ画面にアプリを追加することができる。

※便利なアプリアップローダー機能 「ゴーグルプレイコンソール」付き。





 確かに安藤ロイド専用スキルといって構わないだろう。完全なる固有スキルだ。

 なぜなら説明の中に自分の名前まで入っているのだ。これが固有スキルでなかったら何だというのか。

 つまりシステム的にはこれを取れということか? しかしこれ、どう見てもネタネタすぎる。

 そもそもスタジオが作成できると書いてあるが、魔術工房を作ってどうすのだというのだろうか。



 安藤ロイドのスタジオ。




(うーん……)




 一介のプログラマとして意味の分かる繋がりであるそれは、しかしそれでも意味が分からなかった。

 ステータス画面にアプリを追加できるとか、ゲームでも作れと言うことなのかもしれない。


 このゲームとインターネットのような異世界で、である。







 もしも、この異世界でアプリを作ったら――








(おもろそうかもしれない……)心の中の悪魔がネタに走れと囁く。



 例えば掲示板とか作ったら面白そうではある。


 むろん、既にこのエセ大日本帝国内ではエセインターネット環境はある。だが当然ながらにして通信料がかかっており、使用するにはさまざまなデバイスを用意する必要がある。通信料を固定にすることもできるが確実に料金はかかるのだ。


 それがウィンドウシステム化して無料で出来たらどうなるだろう?

 だれもがそんなシステムの方を使い倒すのではないか。

 なによりNH〇が受信料を払えとか言って来そうにないのが良い。そんなことをしたらタダ乗り(フリーライド)も甚だしいであろう。



「しかし未知の言語か、覚えるの面倒だな……」



 既存(Java)言語であるならば分かるし、なんならいくつも開発したことがある。

 しかしウィンドウシステムで使用する言語は、ゴブリン語とかいう未知言語らしい。だって説明にそう書いてある。

 だが、新しい言語を覚えるのはプログラマとしてもしんどいものだ。

 同じ言語であってすら try/catch/finally や collection/stream といった新概念を覚えるのは楽しいが辛くもある。


 これまでも COBOL や python 、rubyといったさまざまな言語が現れては消えていった。

 そして、どうにも役にたつのか分からないということを加味すればなおさら。

 pythonはAI分野で使われているのでともかく、rubyとかはほんとにしんどかった。

 未知言語の習得というのはなかなか躊躇する。


 だが、この言語はいかにも頭が悪そうな名前で、覚えやすいような気がしないでもない。


 そして、もしもこれを使いこなしてしまったら?


 もしもスタジオを使いこなし、世界に掲示板などをばらまくことができたなら?


 誰でも使える〇チャンネルのような世界が異世界に登場したら、世界はどうなってしまうのだろうか?


 この異世界において、ウィンドウシステムはだれでも使えるものだ。

 そのシステムベース上で動くシステムともなれば、異世界中から注目の的になるだろう。


 一方でマネタイズは難しいだろう。お金を得るためのインターフェースがないのだから。完全な趣味になるに違いない。

 しかし多少の努力で己の自己顕示欲が満たせてしまうのは実に魅力的だ。

 安藤ロイドは掲示板上のクソみたいな書き込みを見ながら愉悦に耽る自分を想像し、知らず笑みを浮かべていたのに気づいた。


「《スタジオ》になりますか?(Yes/No)」


 警告色の文字が目に悪い。だが――
















 ――こうして、安藤ロイドは、構わず「スタジオ」と呼ばれる言語開発スキルをクリックしてしまった。





 そして――





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