人間向いてないよ
「ねぇ、もしさ
私達が大人になっても
お互い良い人いなかったらさ
結婚しない?」
ー
「あいつまた3年とヤったらしいぜ」
「まじで?俺も一発…」「お前は彼女がいるだろ」
後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。
「おい聞いてんのか?」
眼鏡の友人が僕の顔の前に、弁当に入っていた冷たい卵焼きを持ってきた。
思わずその近さに瞬きをした。
「ああごめん、なんだっけ?」
ー
新作ゲームの情報をおかずにお昼ご飯を食べ終えた僕は、午後の授業の大方を睡眠で消費して家に帰った。
4月に始めたばかりのアルバイトの開始時間に、自転車で間に合うギリギリまでゲームをしてからアルバイトに向かうのが僕のスタイルだ。
「お、やっときたね」
彼女は先だけが赤く染った髪を結っていた。
「また染めたんだ。店長に怒られるよ」
「どう?可愛いでしょ!ヴァンパイアキスって言うんだって」
他愛ない会話をしながら僕達は4時間のアルバイトを終えた。
彼女は華奢な身体に眼鏡という、如何にも「清楚」といった見た目であった。
彼女とは中学校が一緒だったが、2人で話したことは無かった。高校に入学する頃、たまたま音楽の趣味が合い、SNSを通じて話す程度の仲だった。僕達はそれから少しづつ、CDを買いに行ったりDVDの貸し借りを通じて仲良くなっていった。
いつの間にか僕は彼女に恋をしていた。
「ねぇ、コンビニ行かない?アイスが食べたいな」
アルバイトを終え、休憩室に残っていた僕は彼女の横を自転車を押しながら歩いた。
「俺はコーヒーがいいな」僕は牛の絵柄がついたミルク多めのコーヒー(カフェオレ)を手に取りカゴに入れた。
「この牛可愛いね……ね、私とこの牛、どっちが可愛い?」
考えるまでもない。
「牛だな」
僕は彼女に1つ300円するアイスクリームを奢らされる羽目になった。
ー
「ごめん!今月ピンチ」
友人からのカラオケの誘いを断って、制服のまま最寄り駅へと向かった。
今日は彼女とデートの約束をしている日だ。デートと言ってもプリクラを撮ってタピオカミルクティーを飲むだけの予定だが。
僕は片道60分程度の電車に揺られ、駅に着いた。
マナーモードにしたままのスマホには「改札出て右で待ってるね」と書いてあった。
僕は改札を抜けて左に向かって歩いた。
「本当面白いね。右って言ったのに左に歩くなんて」
「仕方ないだろ。左利きなんだから」
何も仕方なく無い。浮かれていたのか夏の暑さのせいか、僕の判断能力が馬鹿になっていただけだ。
「一生笑ってあげるよ」
僕達は約束通り、タピオカミルクティー専門店に30分並び「黒糖抹茶タピオカ増量」の注文を読み上げ、タピオカミルクティーを片手に地下街を抜けた。
「制服デートなんて初めてだよ。楽しいね」
彼女は、抹茶の味がする暗めのミルクティーを喉に通して微笑んだ。
「楽しいね」
僕は底に溜まった黒いタピオカを吸い込んで、上がった口角を隠した。
「これで付き合ってないなんて不思議だね、私達」
そして現実に引き戻された。僕達はまだ付き合ってすらいない。
帰りの電車は同じだった。
帰りに買った2杯目のタピオカミルクティーを飲みながら、彼女のスマホで動画を見ながら電車に揺られた。
終電ギリギリのためか、彼女と僕以外の人はほとんどいなかった。
「……プリクラ、結局撮ってないよな」
僕はあくまでも思い出したかのように言った。
「あ、もう、なんでもっと早く言わなかったの。仕方ないなぁ、また一緒に行こうね。約束だよ」
また会えることに密かに達成感を感じていた。
ー
「ねぇ、この映画見に行かない?」
バイト先の休憩室で僕は彼女のスマホを覗き込んだ。
そこにはポニーテールの女の子と短髪の男の子が描かれた、いかにも「恋愛モノ」といった風なアニメ映画の画像が表示されていた。
「来週の金曜日バイト休みでしょ。行こ。約束。」
僕は来週の金曜日に約束していた友達とのカラオケの予定を断ることに、少しの罪悪感も感じなかった。
ー
僕達は片道60分程度の電車に揺られ、駅に着いた。
「少しアクセサリー屋さんに寄りたいな」
「俺も財布買いたいからついでに買おうかな」
上映時間より遥かに早く着いてしまった僕らは駅地下街のアクセサリー屋さんをまわった。
彼女は、蛇の模様が施された指輪を買い。
僕は、彼女が選んでくれた白い財布を買った。
「君は白が好きだもんね」
黒い服を好む彼女は、白くて薄い服を着ていた。
映画を見終えた僕達は、感想と考察を語り合いながらお昼ご飯を済まし、タピオカミルクティーを片手にアクセサリー屋さんへと再び足を運んだ。
「あの子達にサプライズでプレゼントしたいなって思ってるんだけど、どうかな?」
偶然彼女の友人と、僕の友人が付き合っていたので僕達は少し高めのペアブレスレットを買うことにした。
「すみません。ペアのブレスレットを探してて、おすすめとかありますか?」
センスがない僕はとりあえず店員さんへと助けを求めた。
「こちらはいかがでしょうか?"幸せな時間を共に過ごす"というメッセージが込められてまして……」
店員さんは、IからXIIまでローマ数字が彫られた金銀ペアのブレスレットを持ってきた。
聞いているこっちが恥ずかしくなるような説明を受けた僕は、彼女に店員さんの受け売りで説明をした。
「"幸せな時間を共に過ごす"……私、これがいい」
意外にも、彼女はとても気に入った。
僕と彼女はそのブレスレットをレジカウンターへと持っていき、先程の店員さんにプレゼント用のラッピングをお願いした。
「今日は忘れてないよ」
彼女の要望通り、僕達はゲームセンターでプリクラを撮った。
そして真新しい財布の奥に仕舞った。
再び僕達はタピオカミルクティー専門店に30分並び「黒糖抹茶タピオカ増量」の注文を読み上げ、タピオカミルクティーを片手に、あと数分で発車する予定の電車目掛けて小走りで地下街を抜けた。
帰りの電車は相変わらず人が少なく、僕と彼女以外の人は見当たらなかった。
ー
「わかれた」
学校が終わり、スマホに飛び込んできた通知を削除した僕は家へと急いだ。
アルバイト開始まであと1時間。
「あの子達、別れちゃったね」
休憩室でアルバイトの準備をしていた彼女は、そこまで気にはしてない様子だった。
「あのブレスレットどうしようか」
アルバイト生活の僕には中々痛手だったブレスレットを買ったことを、少し後悔していた僕は彼女に問うてみた。
「私達が貰っちゃおうよ。私達、あの子達より幸せな自信あるもん。幸せな時間、共に過ごそうよ。」
もしかしたら僕はその答えを待っていたのかもしれない。
ー
「あ、そうだ。私さ来週の金曜日、家誰も居ないんだよね。遊びに来る?……何でもできるよ。2人きりだし。
したくない?エッチ。」
彼女は声色ひとつ変えずに言った。
僕は突然の誘いに思わず休憩中に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
いや、正確には吹き出した上にむせてしまった。
「いや……遊びには行きたいけど、そういうことはちゃんと付き合ってからじゃないと……」
女性経験がまるで皆無な僕は、後で必ず後悔することを分かっていながらそう返した。
多分これは彼女にとっても、間違った返事だった。
「半端」な気持ちでしたくなかった。
「好き」な人を汚したくなかった。
「自分」じゃ不似合いだと思った。
いや、本当は
「綺麗」な自分を守りたかっただけ。
「素敵」な自分を肯定したかっただけ。
「健気」な自分を信じたかっただけ。
「そっかぁ。じゃあSwitchしよ!スマブラ私上手いからね!」
彼女は、僕の予想外だった返答にちょっと残念がっていたように見えた。
僕は自分の腕前に自信が持てないままだった。
ー
「お姉ちゃんの結婚式行ってきた。ただいま」
と連絡があった彼女と結婚についての話をすることになった。
コンビニで買った、やけに硬いタピオカミルクティーを飲みながら
「私も結婚したいなぁ。君は結婚したい?」
と聞いてきた。
「俺もしたいかな。1人は寂しいし」
何気ない一言だった。正直この場で「結婚しよう」なんて言えるわけがないし、そもそも僕らはまだ高校生だ。
法律的に結婚できる歳であれ、そういう問題ではない。
彼女が最後の1粒を飲み干した。
「ねぇ、もしさ私達が大人になってもお互い良い人いなかったらさ、結婚しない?」
逆プロポーズ。
僕は最後の1口、ミルクティーを飲み干した。
「結婚しよう」
人生初のプロポーズ。
僕は数人しかいない友人という友人に
「俺さ、将来のお嫁さん決まっちゃった」
と自慢した。
幸いなことに、周りの友人は口を揃えて
「マジか。おめでとう」と言ってくれた。
あとで聞いた話だが、どうやら彼女の方も同じことをしていたらしく、共通の友人から
「〇〇と結婚するの?」とDMが来た。
本当に幸せだった。何年後かも分からない曖昧な口約束に過ぎないのに。
ー
12月。
僕はバイトの制服の上にジャケットを羽織り、自転車に跨る。
「お待たせ」
僕らはいつしかバイトが始まる前に2人で会うようになっていた。
ハンバーガー屋さんでチキンナゲットを冷めぬ間に冷めぬ間にと頬張っていた。これから言う言葉への燃料となるように。
僕は意を決して、
「クリスマスさ……予定、ある?
もし良かったらさ……ご飯でも行かない?」
と口にした。
心音が聞こえてくる。
うるさい!
返事が聞こえないから静かにしろ!
僕はそれを口に出していないことを確認して、固唾を飲んだ。
彼女は目を2回瞬かせた。
「え、予定ない!行きたい!行こう!ね、約束!」
僕はただただ嬉しかった。
初めて自分からデートの予定を立てた。それもクリスマスに。
「嬉しい。楽しみだね!
ね、このナゲットひとつ貰ってもいい?」
彼女は冷めたナゲットに、満面の笑みを浮かべるニコちゃんマークを描いた。
「今の君にそっくり!嬉しそう。」
それ以上の笑みを浮かべたまま、一生にバイトに向かった。
その途中で数少ない友人に
「クリスマス予定できた」
とメッセージを送った。
眼鏡の友人は目を3回瞬かせ、
「なんのゲームのイベント?」と聞いてきた。
「リアルで可愛い女の子と」
ー
僕の「幸せな思い出」はここで全て終わった。
全てが無駄になった。
全てが嫌になった。
全てが信じられなくなった。
全部夢だったら良かったのに。
心からそう願った。
今もそう願っている。
ー
12月23日
僕はSNSを見ていた。
彼女のストーリーが更新されていたので、僕は何気なく開いてしまった。
「半年記念」
ー胸が苦しい。
男と抱き合っていた。
ー息がし辛い。
僕は彼女にメッセージをした。
「どういうこと?」
既読は付くが返信はない。
別のSNSを見た。
「そんな事で病むなんて。君、人間向いてないよ」
僕は数年経った今でもこの言葉が頭から離れない。
これまでもこれからもずっと、この言葉を引きずって生きていかなくちゃならない。
ー
クリスマスイブ。
僕はこの日を最後の出勤日にしよう、と半年前から決めていたため、この日を彼女と同じ時間にシフト希望を出していた。
それが完全に裏目に出た。
僕らは休憩室で一切言葉を交わさなかった。
まるで誰かが死んだ夜の様に静かで、布の擦れる音しかこの世界には存在しなかった様であった。
職員さんが「今日は最後の日だね。いい思い出にしてね。ほら〇〇さん、今日この子最後だからさ、お疲れ様って言ってあげなよ」
と言った。
この人に罪はないはずなのに僕は恨んだ。
彼女は「よく頑張ったね。お疲れ様。」
とだけ放って、そのまま仕事に向かっていった。
それが労いの言葉なのか、よく分からなかった。
もうその日のバイトは何をしたか全く覚えていない。
頭が回っていなかった。何も考えたくなかった。
バイトが終わり、休憩室。
僕はもうこの女とは関わりたくなかった。
出会った時からずっと騙されていたのか。
明確に「付き合う」と決めた瞬間があった訳では無いのに、勝手に裏切られた気持ちになっていた。
「……やっぱり明日はナシにしよう。店には俺が連絡いれとく。お疲れ様」
「うん」
僕は初めて自分から立てたデートの予定を辞めることとした。
これ以来一切関わることは無くなった。
最後の「お疲れ様」を交わせただけマシな終わり方だったと思う。
やっぱり僕に人間は向いていなかった。
彼女の言う通りだった。
ー
ー
ー
僕はボロボロになった白い財布に「11月 給料」
と書かれた茶封筒を、端が折れたプリクラの向こうへと押し込んだ。
幸せだった日々を蔑ろにして、無かったことにして、そうやって奥へ奥へと押しやっていく。
「新しい幸せ」を上乗せできるだけの隙間を増やすために。
「寒いのは嫌いだなぁ」
僕は1人、苦くて暑い缶コーヒーを乗せて車を走らせる。
あとがき。
初めまして。作者の檸檬生活です。
まずは「人間向いてないよ」を読んでいただき本当にありがとうございます。
実はこの作品の凡そ8割は、私自身が経験した恋愛の実体験です。
多少物語としての色を加えてる部分もありますが、ほとんどが実体験であり嫌な思い出です。
初めてこう言った小説を書いたので、色々と至らない部分でしたり読みにくい部分が沢山あったと思います。
以降解説に入らせていただきます。
ー
解説
「僕」は仲良くなって(冒頭)からずっと彼女に恋をしていました。本当に純粋な気持ちで好きだったので、デートのお誘いであったりお呼ばれであったり結婚の話であったりが本当に嬉しかったのです。
また、あの時点で「僕」は女性経験がない為、「初めての行為は好きな人と。結婚する人と」と思っています。
しかし、彼女の方はと言うと、12月23日に「半年記念」というストーリーをあげているため、「僕」と仲良くなってから(冒頭)よりずっと誰かと付き合っていたということになります。
「僕」への恋愛的な気持ち、と言うよりかはキープ、もしくは「自分の言うことを何でも聞いてくれる人」と認識していたのでしょう。
自分からしかデートの予定を立てなかったり、性行為に誘ってみたり(共に「僕」がチキン野郎だったというのも相まっておりますが)ということから見て取れます。
また、結婚の話については本当に学校の友人や親に言ってたみたいで、本当にそのつもりだったらしいです。
つまり半年前から付き合っていた人と結婚するつもりは無かったとのことです。(友人は、彼女が誰かと付き合ってることを知らなかったそうです)
自分の欲望を満たしてくれるかもしれない、そんな人が「僕」だったのでしょう。
お呼ばれを断ったことで、「全部聞いてくれる人」ではなくなりましたが。
もしかしたら「結婚する」ことで、そういう関係になる、そしたら行為ができるということだったのでしょうかね。
クリスマスのお誘いを「僕」からした時には、快く許諾をしたため、付き合っている人とはそもそも約束をしていなかったのだと思います。
お誘いをした日は割とクリスマスに近かった記憶があるからです。
ー
本当に、本当にありがとうございました。