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終わりで~す。
俺はファンテール子爵家三男スリナール。
長男からカズナール、ツグナール、スリナールの俺で、フォーナールと続く。
全員の名前にナールが付くのは、子供に見向きもしない母、ラバナールの名前からナールを取って付ければ少しは愛情も湧くだろうとの父上の計らいから。
まあ、結局母は子供に見向きもしなかったけど。
長男から四男まで年子で生まれ、俺達は精霊術を習得するために子供の頃から厳しい訓練を受けて育った。
年も近いことから競うように訓練し、お互いの精霊を見せあっては自慢し、より親しくなろうと奮闘した。
俺が12歳の時、妹が生まれた。
一族特有のダークレッドの髪とそれよりは明るい赤い目をした妹。
フクフクと可愛らしく力を入れたら直ぐにでも壊れてしまいそうな柔らかな体、シエナと名付けられた妹の名前を呼べばニパッと笑う顔が可愛くて、兄弟全員が夢中になった。
ただ母だけは興味を示さず乳母に世話を任せっきりで、産後すぐにお茶会や夜会にと出歩く始末。
だいぶ育った俺達からすればなんて事はないけれど、生まれたばかりのシエナは母を恋しがってよく泣いていた。
それにも関わらず翌年生まれたシェーラザードは、母と同じ金髪でオレンジ色の目をしていたからか、母はシェーラザードから片時も離れずに甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。
それを羨ましそうに見るシエナ。
その姿が可哀想で、俺達兄弟はどこに行くにもシエナを連れて歩いた。
男ばかりの兄弟なので、少々乱暴な遊びばかりになってしまったが、シエナは何時だって弾けるような笑顔で俺達の後を付いてきた。
シエナの精霊術の教育が始まり、翌年には精霊との契約の儀式を無事終えて、本格的な鍛練に励む中、王家からの命令でシエナに婚約者が出来そうになった。
兄弟全員で反対し、取り敢えず会って相性が悪ければ断っても良いとのことなので、渋々納得した。
実際に会ったファンスール家のガキは、顔だけは良いヒョロガリのクソだったそうだ。
性格が合わないからと断りの返事を出したにも関わらず、まだ幼いことを理由に交流を続けるようにとの命令が下り、シエナへの婚約申し込みの釣書を送ってきた家からは全て断りの手紙が来て、これは明らかに王家からの横槍が入ったことをシエナ以外が感づいていた。
実際、王太子の側近として勤めている次男が、家に帰ってくるなり、
「クソッ!奴らはうちを、シエナを何だと思ってんだ!もうあんな奴等のお守りなんかごめんだ!」
と喚き散らしていた。
話を聞いてみたら、どうやら王家や偉い貴族の間では、精霊術を使える家が2家に分かれているのは無駄だと判断したらしい。
そもそもの在り方が違う2家をどう統一する気なのかと思えば、ファンスールのガキとシエナを結婚させ子供に後を継がせる事で、ファンテール家の方を徐々に衰退させ、ファンスールだけを残す計画をしているそうだ。
流石に馬鹿ばかりではないので、王家や偉い貴族達も次男や叔父、その他にも居る親族の前では上手く隠しているようだが、そこは精霊の力を借りて、密談や企みを全部聞いている一族達。
大至急親戚一同を呼び出し緊急の会議を行った。
精霊の力は自由に使いたいくせに、ファンスールとファンテール家の在り方や精霊との関わり方を全く理解しようとしない王家や偉い貴族達。
長い年月王家を守ってきた実績があるにも関わらず未だ領地も無い子爵家のままの我が家。
攻撃の得意なファンスール家には魔物や賊を倒す度に報奨や勲章を贈るのに対して、我が家には常に一定額の給与しか支払われていない。
それでも耐えて耐えて国のために働いてきた我が一族を、これ以上蔑ろにされるのは許容出来ない、との一族合意が成され、ならばどうやってやり返す、または見限るかの方法を考えだした。
無駄に罪を着せられるのは面倒なので、力を見せ付けるのは最終手段として、やり返したとしてその後の事も考えねばならない。
一族全員での他国への移住を考えると、一番の候補は精霊の国として有名なミョーバイン国。
だがミョーバイン国に行くには四つの国を通りすぎねばならず、距離的に遠すぎる。
同盟国でもある隣国に通報されでもしたら、一族がバラバラにされる恐れもあることから、移住の候補地から考えなければならなくなった。
『ウフフ、何だか面白そうな相談をしているわね?』
『シエナを除け者にするのは気に入らないが、面白そうではあるな?』
『ねぇねぇ、精霊石を使って、皆の精霊が協力すれば、国を何こも渡る事も出来るよ?』
『まあ、訓練と安全な転移場所を確保できればな』
『シエナを叩いたあの男の子から離れる為なんでしょ?協力するよ~!』
『シエナの為になるのならな!』
『『そうそう!シエナのためだよ!』』
現れたのはシエナの精霊のうち3人。
思いがけない協力者が現れ、困難だと思われた移動も一瞬で出来ることが判明してしまった。
シエナの精霊達は七人居る全員が人型で可愛らしい小人のような見た目だが、見る者が見れば相当に強力な精霊だと分かる。
そんな精霊達がシエナの為ならと協力を申し出てくれて、一気に移住へと一族全員の意志が固まった。
だからと言ってすぐに転移と言うわけにもいかないので、まずは根回しと下準備。
ミョーバイン国に居る父上の知り合いを通して、ミョーバイン国王家に我が一族の受け入れを認めてもらい、転移するのに安全な場所の確保。
そしてばれないように少しずつ財産も移さなければならない。
いくらミョーバイン国が受け入れてくれたとしても、無一文では生活が出来ないのだから。
準備に忙しい中、母と末妹のシェーラザードが家を出たり裁判を起こしたりしてきたが、こちらには何の非も無いことが証明され事なきを得た。
陛下の護衛をしていた叔父上が言うには、母の実家であるドービス侯爵と王家の企みによって、扱いにくいシエナよりもシェーラザードをファンスールのガキの嫁にしたらどうかとの意見が出ているらしい。
成る程、母に甘やかされて我が儘放題に育ったシェーラザードは、何でもどんな物でもシエナの物を欲しがっては母によってシエナから取り上げられシェーラザードに渡されていた。
婚約者もそのようになるのだろう。
シェーラザードよりも先にシエナの婚約者が決まりそうで母は面白くない顔をしていたし。
侯爵家から嫁いできた母は、身分が下の我が家が気に入らなかったらしく、結婚当初から我が家に馴染もうとすらしなかった。
六人もの子供を生しておきながら、家だけでなく家族にさえ興味を示さなかった母。
確かに特殊な家ではあるが、完全な秘密主義と言うわけでもなく、家のために家族のために一族と精霊のことを真摯に学ぼうとする者には、丁寧な指導と一般的なものではあるけれど精霊の儀式を受けさせることも普通にある。
母は全く興味を示さず、末妹のシェーラザードも同じように、どんなに丁寧に説明しても教育や鍛練を嫌がり、とうとう精霊と契約すること無く家を出ていった。
着る物から食べ物、小物にとあらゆる物をシエナから奪っていったシェーラザードだが、精霊だけは奪えなかった。
その事が分かってからは、シエナはより熱心に精霊術を学び、厳しい鍛練にも果敢に挑んで、今では父上にも劣らない精霊術の使い手となった。
そして王家主催の狩猟大会の強制参加。
ファンスールのガキと同室にされたシエナ。
目的が見え見えすぎてあきれる程。
王家やドービス侯爵家からすれば、シエナに最後のチャンスをやった気でいるのかもしれないが、我が家にとってもシエナにとっても全く以て迷惑でしか無い話だが。
だがそこで、シェーラザードが何時ものようにシエナのものを欲しがり、ファンスールのガキとやらかした。
確かに濡れ場など見せられたシエナもショックを受けてはいたが、そこは日頃の鍛練の成果なのか、見事に演技をして見せた。
周りの注目を集めるべく大声で悲鳴をあげ、傷付きました!と言わんばかりに震えて縮こまり、父上にすがって震えてたそうだ。
そしてまんまとシエナのものを奪えた事に満足するシェーラザードと母。
それが何を意味するかも知らないで。
内心笑いを堪えながら怒った演技で会場を出て早々に家に帰る。
帰りの馬車の中では全員で爆笑したものだ。
シエナの事を切っ掛けに、叔父と次男が王家から離脱。
散々引き留められたらしいが、シェーラザードの妊娠が発覚したことでその引き留めも緩んだ隙にとっとと城を出たそうだ。
そしてシェーラザードの婚約と結婚。
その早すぎる展開に、他の貴族家から不審に思われるのも構わず、結婚と同時に妊娠の発表までしてみせた。愚かとしか言いようがない。
敏い貴族家なら感づいた者も居たかもしれない。
王家をはじめとしたドービス侯爵とファンスール子爵家の動きに。
ファンテール家を切り捨てようと動いていることに。
魔法よりも一般的ではないものの、世間でも精霊術を使う者は少なくない。
そして精霊術とは、契約した精霊の性質によって得意な魔法も異なる。
我が家では常識として知られていることだが、精霊は負の感情で願い出た魔法を発動するのを嫌う。
契約があるので不可能ではないが、親和性はガクンと落ちる。
滅多に有ることではないが、負の感情が高まりすぎて、その上で精霊を使おうとすると、最悪精霊が闇に落ち魔物化する。
そうなると精霊よりも先に契約者を殺さなければ、精霊はその存在が消えるまで力を振るい続ける事に。
ファンスール家の契約は精霊を隷属させる類いの契約らしく、精霊術での攻撃もバンバン撃つが、我が一族ではあまり攻撃魔法を精霊に願い出たりはしない。
攻撃とは相手を傷付け殺す事もある魔法。
当然そこに生まれるのは負の感情で、我が一族は攻撃の精霊術を使うことはあまりない。
あまり無いだけで使えないとは言ってないがな!稀にとても好戦的な精霊がいたり、攻撃が得意な精霊もいるので、そう言った精霊と契約したものはあまり外に出さないで領地で魔物や賊を狩る仕事をしている。
ファンテールが攻撃も得意だと知られないために。
これ以上良いように使われないために。
移住の許可も転移場所も調い、精霊石も一族全員分揃い、さて決行は何時にするかと一族会議が開かれた。
今回はシエナも参加していて、ちょっとだけ言い方を変えて今から移住の準備をするかのように装ったけど、嘘ではない。
決行の日はシェーラザードの子供の契約が完了した祝いのパーティーの日と決定した。
態々王家からも出席するように言い付けてきたので、軽い仕返しも兼ねて参加してやることに。
「シエナ、この際だから言いたいことは全部言っちまえよ!今後会うことも無い奴等なんだから、スッキリして旅立ちたいだろ?」
「フフフ、そうね、そんな機会があったら言いたいことを言わせてもらうわ」
弾む声と笑顔で、既にシエナの中では母やシェーラザード、ファンスールのガキの事は過去の事と割りきっているのが分かって安心した。
移住の話が出た当初は、自分の事が切っ掛けになったと少し落ち込んでいたからな。
そしてパーティー当日。
やはり王家を始めドービス家もファンスール家も、我が家の精霊との関わり方を一切理解してなかった事が判明。
シェーラザードだけは少し気まずげな顔をしていたが、今更そんな顔をしても遅い。
俺達の掲げた精霊石は、精霊の力を借りて一人残らずミョーバイン国の転移場所に運んでくれた。
知ってはいたがあまりの事に驚いて声も出ない。
暫し呆然と顔を見合せ、そして徐々に喜びが湧き出し、全員が爆発したように笑い声を上げた。
長い年月虐げられてきた我が一族は、本当の意味で解放された。
それからは忙しくも穏やかな日々を送った。
我が一族の精霊術はミョーバインの精霊術の中でも特殊だったらしく、何処へ行っても引っ張りだこになり、秘密にしていた鍛練方法も徐々に公開していった。
国民と共に精霊が身近に暮らすこの国ならばと父上を始め一族皆が賛成したから。
ミョーバインの第二王子で、次期将軍との呼び声も高いディーズ王子が、俺達兄弟と父上に勝負を挑んできたのは、移住してきて三ヶ月くらい経った頃。
妹のシエナを口説く前に、俺達に認めて欲しいそうだ。
精霊術も使っての対戦は、俺達兄弟の全敗。辛うじて父上は勝ったが。
その強さを認めた俺達は、ディーズ王子がシエナを口説くのを邪魔しない約束をした。
あまりに熱烈に口説いてくるディーズ王子に、戸惑い始終困り顔のシエナを何度も助けたくなったが、段々とその表情が柔らかくなっていくのを見て、兄弟一同安心して、ちょっとだけ背中を押してみた。
幸せそうに笑うシエナ。
前に居た国では、母親に見向きもされず、随分と可哀想な目にあっていたシエナ。そんなシエナが前の国では見られなかった表情もするようになって、一族全員が安堵したのはシエナには内緒の話。
元居た国が滅んだのは一年も経たない内。
あまりの呆気なさに笑う事も出来なかった。
王都に住む多くの人が亡くなったそうだが、ハッキリ言って同情する気にはならなかった。
何せ、王家を守る結界を張っていたのは俺達一族だ。
精霊術を使っていたとはいえ、その労力は並大抵のものではない。
そして王都に住む人間は、漏れ無くその恩恵に与っていた。
それは周知の事実であるにも関わらず、王家がファンテールを切り捨てようとした動きを見て、ファンテールに対してこれ見よがしに有りもしない噂をばら撒いては笑いものにしていたのが王都の住民達だ。
年端もいかない子供達は生き残ったと聞くし、俺達には罪の意識など全く湧かない。
そして何故かシェーラザードの子供を我が家で預かることに。
ナラザードと名付けられた赤ん坊は、ファンスールの契約で、その小さな体に見合わない巨大な精霊と契約を結ばされて、このままでは魔物のように扱われる恐れがあったから。
シェーラザードにもファンスールのガキにも全然似ていないナラザードは、何故か何の関係もない俺にそっくりで、俺が抱いて歩いていると何時も親子と間違われる。
子供の頃のシエナに似たニパッと笑う顔を見ていると、邪険にも扱えずついつい面倒を見てしまう。
「ククク、良いじゃないか、シエナをあやすのもお前が一番上手かったし、精霊の相性も良いんだから、お前が面倒をみろよ!お父さん!」
長男にからかわれ、
「お父さんじゃねーー!俺はまだ独身だ!」
つい叫んだら、ナラザードがキャッキャと手を叩いて笑いだした。
なんか俺ばっかり損な役回りじゃね?納得いかないんだけど!
読んで頂きありがとうございます!
今後の予定はまた別の短編を月曜日から一日一話更新。
今度の話は全3話です。
そちらも読んでいただけると嬉しいです!