その5
「里菜に部屋を用意しよう。」
そう言ってユージーンはユージーンの部屋の横の個室を里菜に貸し与えてくれた。
考える時間が欲しくて…少し休みたいと里菜が願い出るとユージーンは快く応じてくれ、里菜は今1人でその部屋の中にいる。
「……。」
ベッドにどさりと倒れ込み天井を見上げる里菜。
今日里菜に起こった出来事は夢ではなく現実らしいが…ユージーンの強い瞳もなく1人でこうしているとやはりこれは夢だと思ってしまう。
「何でこんな事になっちゃったんだろう。」
思い出すのは里菜の家の洗面所の鏡から突き出ていたユージーンの腕。
「あの時…あの手を握らなきゃこんな事にはならなかったのよね。」
手を…差し延べられたユージーンの手を取ったのは里菜だ。
その事について何も言わずに、里菜を元の世界に帰れるように努力してくれると言っってくれたユージーンの度量の深さを垣間見たような気がした。
「ううん…これは夢。」
やはりこれは夢だと自分に言い聞かせて瞳を閉じる。
「目を開ければ、きっと私の部屋のはず。」
それは願い。
次に目を開ける時には何もかもが夢だったと願いながら…里菜は眠りへと誘われていた。
眠る里菜の部屋のドアの前ではユージーンが手を見つめながら、ただ立ち尽くしていた。
「運命が手に入る…か。」
里菜の手の小ささを思い、グッと手を握りしめる。
この世界の共通の通貨であるククルを知らないとなると、やはり里菜は別の世界の人間なのだろう。
別世界から引き込んでしまっただろう里菜。
樽の中で里菜の小さな手を握り里菜をこちらの世界に引き入れた時に、これから何か楽しい事が起きるのではないかと胸がワクワクしたのを覚えている。
送って行くとユージーンの申し出に、里菜がここ日本じゃないの??と首を傾げた時、何故あれ程まで動揺してしまったのかがわからない。
里菜が別の世界の住人だとしても…鏡の向こうからの訪問者だ、あそこまで動揺する程の事ではないように思える。
「本当の意味で…手に入れたいのかもな。」
握りしめていた手をそっと開くと、ユージーンはフッと息を漏らしてその場を後にした。
夢か現実か。
その狭間を交錯する2人が手に入れるのものは何か………それはまだ、何もわからない。